第4章 論点提示 個人としてできること、企業だからできること企業編(1)個人と企業の「生き生き働く」を繋ぐ

「生き生き働く」を巡る個人と企業のギャップ

前回までの個人編では、自分が「生き生き働く」ための成分やその見つけ方など、個人としてできることを考えてきた。その一方で、自分だけでは変えることが難しい要素があることにも言及してきた。働く時間や働く場所の自由度、権限の委譲や仕事の進め方など、個人の多様な「生き生き働く」を実現するために、企業には何ができるだろうか。

本章では今後3回にわたり、なぜ企業が個人の「生き生き働く」について考える必要があるのか、どのようにすればそれが実現できるのかを、企業側の視点から考える。

第1回の今回は、なぜ企業が個人の「生き生き働く」について考える必要があるのか、その理由に対する近年のエビデンスを紹介するとともに、企業における個人の「生き生き働く」の実現を阻んでいる要因について言及する。

「やりがい」問題は企業業績に影響

個人の働きがいや生きがいの低下は、今に始まったことではない。第1章で述べられたように、これまで課題となってきた長時間労働や有給休暇の取得率の低さに対して、柔軟な働く制度の導入などを行ったことにより、働く環境は改善されてきている。しかし、そこで働く人の意識は変化しておらず、やりがいの低下、達成感や充実感の低さなどの問題は放置され続けてきたことがデータに表れていた。

しかし、この「やりがい」問題は、個人だけでなく、企業業績にも明確なインパクトを及ぼしていることが近年の調査結果から明らかになってきている。

「働きがいのある会社」についての調査を、世界60カ国で実施している、Great Place to WorkGPTW)は、2018年の研究レポートの中で、働きがいの高い企業では低い企業に比べて、企業業績が高くなるといった調査結果を発表している。

このレポートでの「働きがい」とは、「働きやすさ(快適に働き続けるための就労条件や報酬条件など)」と「やりがい(仕事に対するやる気やモチベーションなど)」のこととされている。「働きやすさ」と「やりがい」の双方が高い職場では、双方が低い職場より、売上の対前年伸び率が37%以上高くなったことが示されている。

個人と組織の成長の関係

個人と組織の成長の関係については、エンゲージメント(engagement)概念で説明されている。エンゲージメントとは、個人と組織の成長の方向性が連動していて、互いに貢献し合える関係のことである。

エンゲージメントと業績についてアメリカの労働者を対象としたGALLUP社の調査(*1)では、エンゲージメントと業績は相関していることが明らかにされている。調査では、エンゲージメントについて4つの概念で尋ねている。「BASIC(自身への期待を知り、業務遂行に必要な物が揃っている)」「INDIVIDUAL(最善を尽くし、賛辞を受け、人間として扱われ、仕事を奨励される)」「TEAMWORK(意見の尊重、重要性の実感、メンバーの仕事の質、友人の有無)」「GROWTH(成長についての会話やその機会がある)」の4つだ。
調査の結果、エンゲージメントが低い人は高い人よりも、欠勤率が37%上がり、収益性が15%下がり、生産性が18%下がるという結果になった。その損失をコストに換算すると、エンゲージメントが低い従業員へ支払っている給与の34%にも上ることが判明しているのだ。
そして、このエンゲージメント調査は、155カ国の労働者に対して実施されており(*2)、アメリカではエンゲージメントが34%だったのに対し、日本は6%と国際的に見ても低いことが示されている。

前述の通り、企業業績と従業員のモチベーションの関係については我が国においても1980年代には、すでに議論が始まっていた。個人の「生き生き働く」の実現を阻んでいる企業内部の要因は、いったい何だろうか。

従業員の「生き生き働く」について人事が抱える現代の課題

そこで、リクルートワークス研究所主催の「Works Roundtable 2019」で、日本企業18社の人事部長に対して「個人が『生き生き働く』ことに対し、企業としてどのような課題を感じているか」を聞いたところ、以下のような回答が挙がった。

「個人のやりたい仕事をやれる機会の提供ができていない」
「企業の考える『生き生き』と個人の考える『生き生き』が一致するのかわからない」
「価値観の多様化への対応に課題感がある」
「ワーク・ライフ・バランスにおける、ライフの領域をどこまで企業がサポートすべきかわからない」
「社会の変化に対応した、部下のマネジメントができるマネジャーの育成が難しい」
(一部を抜粋)

これらの内容からは、参加したすべての企業が個を活かす取り組みの必要性を感じながらも、個人を取り巻く環境や働く意識が多様性を増す中で、次に打つ手を見出せない企業の苦悩がうかがえる。

もちろんこれまでも、多くの企業が従業員の働くニーズをくみ上げ、それを人事施策として反映してきた。しかし、働くニーズの多様さは従来以上の広がりを見せている。個人の多様化するライフスタイルや働くニーズに、企業はどう対応するのか。個人が「生き生き働く」ことに、企業はどこまでコミットできるのだろうか。

モチベーション管理を一律の制度で行うのは不可能

個人編にも記したように、「生き生き働く」ためには、個々人が、自分がどうすれば生き生き働けるのかを自覚すること、そして生き生き働ける環境を自らつかむことが大切だ。企業がモチベーションをマネジメントする時代は、すでに終焉を迎えている。自分の働きがいを個人がセルフマネジメントする時代となれば、企業は個人のセルフマネジメントを支援する枠組みが必要だ。
こうした状況にもかかわらず、「働きがい」の実現方法を個人に委ねることなく一律に制度で管理していることそのものに、個人の「生き生き働く」の実現を阻害する要因があるのかもしれない。

続く第2回では、社員エンゲージメントが90%であり、個人が「生き生き働く」ことを実現しているグーグル社の個を活かす取り組みを見ていく。
グーグル社の取り組みから、「生き生き働く」ことを実現する個人と企業の関係性の在り方を探っていきたい。

(*1)State of the American Workplace(2017
(*2)State of the Global Workplace(2017

文責 奥ノ木辰哉