第4章 論点提示 個人としてできること、企業だからできること個人編(1)「私」個人の「生き生き働く」を考える

個人の中のさまざまな「生き生き働く」成分を知る

前章の「1600人の記述に現れた事実」では、自分が生き生き働いている状態は人それぞれであることが明らかになった。回答の中には、「それなりの評価をもらっているとき」など、仕事の状態を挙げるものもあれば、「家族の笑顔があるとき」など、働いた結果としてもたらされるプライベートの時間に及ぶもの、また、労働時間一つとっても「計画的に余裕を持って仕事をこなしているとき」、それとは対照的に「忙しくて休む暇もないとき」を挙げる声もあった。

自分の考えていた生き生き働いている状態とは異なる回答に対して、意外だと感じた人も多いだろう。中には、これまで自分でも気づいていなかった要素を発見し、刺激を受けた人もいるかもしれない。

私たちは普段、「自分がどういう状態で働いているときに、生き生きとしているのか」を考えることがない。生き生き働くための要素には、個人では変えられない労働条件や組織風土ももちろんあるが、まずは、自分自身が真に求める働き方、自分に合った仕事の進め方が何なのかを、明確にする必要があるだろう。

そこで、第4章 個人編では、「『私』個人の『生き生き働く』を考える」と題して、個人が生き生き働くための働き方について考えていきたい。
第1回では、アンケートから得られた多種多様な「生き生き働く」ための要素を紹介する。第2回は、自分にとって必要な「生き生き働く」ための要素の見つけ方をキャリアアドバイザーなどへのインタビューから考える。第3回は、生き生き働いている個人に話を聞き、どのようにして自分の「生き生き働く」を実現したのか、その過程を紹介していく。

他者から知る~何があれば生き生き働けるのか

第1回では、機縁法(※)によるアンケートの結果をもとに、働く人たちはどのような要素があれば生き生き働けると考えているのかを検討する。

回答者のプロフィールは以下の通りだ。N=101表1.jpg職業は、マーケティング、企画、営業、販売、エンジニア、コンサルタント、事務職、自営業、会社役員、講師・教諭、医療関係者、フリーター、音楽家、弁護士、児童保育支援など多岐にわたる。

Q「あなたにとって生き生き働くために欠かせないことを教えてください」

まず、回答者にとって生き生き働くために欠かせない要素をできるだけ多く挙げてもらった。上限として10個の枠を設けたところ、回答者が挙げた要素の平均は5.6個だった。少ない要素で生き生き働ける人もいれば、多くの要素を求める人もいるようだ。あるいは、自覚している要素は3つだが、実際には気づいていない要素がもっとある、という人もいるだろう。

ここでは、個人の中のバリエーションを見るために、すべての枠を埋めた7人のうち、要素が全く異なった2人を取り上げよう。2人の回答内容を、第3章で提示した構造仮説をもとに紹介する。構造仮説では、「生き生き働く」ための要素を、4つの項目に分けて説明している。

第1 ベース ―― 最低限整っていなくてはならない要素。お金、健康、労働条件、心理的安全性など
第2 Why ―― 何のために働いているのかの自覚。働く目的、自分らしさ、貢献感など
第3 Relation ―― 家族や職場の仲間、顧客など人との関係性
第4 How ―― 自分にとって望ましい仕事の進め方や仕事との関わり方

それでは、AさんとBさんの回答を見ていこう。Aさんは40代の女性で会社員、Bさんは20代の男性でコンサルタントである。

Aさんが「生き生き働く」ために必要な要素10個図1.jpg
Bさんが「生き生き働く」ために必要な要素10個

図2.jpg

Aさんが挙げた要素は、4つの項目すべてに分かれる。Howの中では、「体調維持のためのトレーニング」と「仕事以外に熱中することがある」というプライベートの側面も不可欠の要素に挙げている。挙げられた要素を見る限り、Aさんは、生活全体でのバランスを大事にしているようだ。「後輩の成長」と「責任と権限」といった要素からは、ある程度裁量権を持っているように思われる。

一方のBさんの回答は、上部3つの項目に均等にまたがっている。そして、10個すべてが仕事に直結する要素である。「後輩」や「権限」を持つAさんとは異なり、「チーム」「協働」「成長実感」といった言葉が並ぶ。同僚たちとの協働を要する仕事に集中している時期なのかもしれない。

2人のHowに注目してほしい。「仕事以外に熱中することがある」や「ワークライフバランス」は、最近多くの働く人の間で大事にされている要素だ。しかし、「ちょっとのストレス」「体調維持のためのトレーニング」「理論と実践(実感)の往復」といった要素は、普段働く際に意識していないという人もいるのではないだろうか。このように、他者の回答を参考にすることで、自分では気づかなかった「生き生き働く」ための要素を考え始めるきっかけになるかもしれない。
そして、これらのなかでも「どうしても譲れない働き方」と「あったら嬉しい働き方」に分かれるのではないだろうかと考え、次に、優先順位の高いものを選択してもらった。

Q「中でも優先度の高い上位3つは?」 

回答を項目別に見ると、Why102件、ベース81件、Relation74件、How46件だった。
実際の記述を一部見てみよう。

Why「やりがい」「顧客・社会への貢献実感」「知的好奇心が満たされる」「成長できること」「自分色」「思想・世界観への共感」「モチベーション」「使命感」「自分が楽しいと感じる」「人生の目標設定」「次の世代につなぐ事業」「プライド」「働きがい」「生きがい」「納得感」「人の変化を感じられる機会」「世のためになるという見通し」「国際交流」「夢があること」「刺激」「必要とされている感覚」「職場のミッションや価値が自分のライフミッション・価値と一致する」

ベース「給与」「睡眠」「平和」「設備が良いこと」「バリアフリー」「勤務時間」「ストレスの少ない通勤経路」「休暇」「健康」

Relation「サポートしてくれる同僚」「想いを共有できる上司」「家族の存在」「たくさんの人に出会える」「信頼される」「部下のひたむきさ、元気をもらえる」「気遣い」「人との対話」「風通しの良さ」「家族から応援してもらえる」「共通の目的を持つ仲間」「チームワーク」「つながり」「助け合う仲間がいる」「尊敬できる上司」「自分良し相手良し世間良し三方良し」「できない・知らないことをバカにしない」「業務に関わっていただいている方々とのつながり、新規開拓時の新しい出会い」

How「スケジュールの調整しやすさ」「創意工夫の余地がある」「音楽など芸術に親しめる余裕」「スキルを活かせる」「自分のペースで働ける」「自分が満足する完成度を達成できる環境にいること」「自分らしく過ごせる時間が取れる」「趣味」「時間に追われない」「自分で考えて動いていける」「エンパワーされる」「在宅勤務も選べるかどうか」「評価されることを楽しむ」「チャレンジできる環境」「オーバーワークの回避」「邪魔されない」「収入を得て、食事や旅に出かける」「自由な勤務体制(ラッシュを避けての通勤など)」「ワークライフバランス」「自分の自由な時間が持てる」「正当な評価」

ベースの回答例が少ないのは、多くの人が同じ要素を記述したからである。特に「給与」と「健康」「休み」が多かった。ベースは最低限の要件なので、さほど個人差がないが、残りの3項目は人によって特徴の異なる豊かなリストになった。

どうしても譲れない「生き生き働く」ための要素

上位3つに選んだ要素は、その人にとっての「どうしても譲れない働き方」であると考えられる。「どうしても譲れない働き方」における4項目の組み合わせは40通り確認され、こちらも多様であることが示された。表2.jpg
「どうしても譲れない働き方」に、健康や時間、金など、ベース(パープル)だけを挙げた人もいるが、そうではない人の方が圧倒的に多い。スキルを活かせる、創意工夫の余地があるといったHow(オレンジ)だけを挙げた人、使命感ややりがいといったWhy(ブルー)だけを挙げた人、気遣いやチームワークなどRelation(グリーン)だけを挙げた人、3つの異なるカテゴリーの要素を挙げた人、とそれぞれであった。

このような「どうしても譲れない働き方」は、人によっても異なるが、人生のステージやこれまでの働き方にも大きく影響を受ける。職場や上司が変わるなど、変化があったときに初めて気づく要素もあるかもしれない。

これまで仕事で重視するものと言えば、給与や勤務地、労働時間などわかりやすい「ベース」の要素のみで語られがちだった。しかし、個人に尋ねてみると、「時間に追われない」「使命感」「大切な家族」といった、「ベース」では説明することのできない要素も大切にしていることがわかる。先に紹介したように、自分が生き生き働いている状態として「計画的に余裕を持って仕事をこなしているとき」を挙げる人もいれば「忙しくて休む暇もないとき」を挙げる人もいる。

このような、仕事にじっくり取り組みたいか、スピーディに仕事をしたいか、あるいは多様な業務をしたいか、一つの仕事を突き詰めたいかといった仕事の進め方については、一概にどちらが良いと断定できない。結局のところそれらの判断は、個人にしかできないのではないだろうか。個人の選択に偏りがあるのか、アンケート結果からあぶりだしてみよう。

自分が決める~生き生きするための働き方

給与、場所、時間といったベース以外に個人が望むのは、どのような働き方なのだろうか。第3章の調査結果で、対照的な回答傾向が確認された項目についてどちらをより望むのかを尋ねてみた。結果を順に確認してみよう(N=101)。

Q. あなたは仕事において、次の各要素でAとBどちらの比率が高いと、生き生き働けますか?比率が高い方を教えてください。

Whyグラフ1.jpg
グラフ2.jpg働く意味(Why)に関連する質問は2つあった。傾向を見ると、「好きなことを仕事にしたい」寄りの人が多かったが、「仕事は収入を得る手段」なのか「仕事は自己実現のための手段」なのかについては、やや「自己実現」よりだった。

Relationグラフ3.jpg

人との関係(Relation)に分けられる質問は、「一人で取り組む」仕事と、「他者と協働する」仕事のどちらを好むのか、というものだった。やや「他者と協働する」に寄っているが、「どちらともいえない」人も4分の1ほどは存在しており、かなり好みが分かれるようだ。

Howグラフ4.jpg
グラフ5.jpg
グラフ6.jpg
グラフ7.jpg仕事の進め方(How)についての質問を確認しよう。「スピードが求められる仕事」よりは、「じっくり取り組める仕事」にやや偏りがあり、「決まった仕事を依頼される」よりは「自分で一から仕事を作る」方に偏っている。しかし、「どちらともいえない」を選択した人が3割近くいることも無視できない。「一つのことを突き詰める仕事」よりは「多様な業務をする仕事」にやや偏っており、「仕事を計画通りに進める」よりも「臨機応変に対応する」ことを好む人がやや多めである。

これらの調査結果からは、どちらの働き方も支持されていることがわかる。しかし、このように選択肢を提示されていれば選ぶことができるが、そうでない場合は難しいかもしれない。仕事選びの際に、例えば、「計画通りに進められる仕事を希望します」「目標は自分で立てさせてください」などの要望を伝えた経験のある人はどれくらいいるだろうか。これらも、「私」が「生き生き働く」ための要素の一つではないだろうか。

「私」の中の「生き生き働く」成分とは

生き生き働いている実感を得るには、まず自分自身が、どのような要素がそろっていると心地良いのかを具体的に自覚することから始まる。例えば「やりがい」一つにしても、掘り下げれば、「専門性を探求する」ことかもしれないし、「お客様から感謝の言葉」をもらうことかもしれない。あるいは、「自分で決めたことに責任を持てる」ことを選ぶ人もいるだろう。人それぞれに異なる意味が見つかるはずだ。人との関係の中でも、「上司」に関する記述は、「理解ある上司」「尊敬できる上司」「想いを共有できる上司」「信頼のおける上司」といったバリエーションがあったことを考慮すると、やはり、個人が望む働き方は、100人100通りに存在すると考えられる。

本稿では、これまでに明らかにされてこなかった、「私」が「生き生き働く」ための要素について、アンケートで記述された内容をもとに具体的に確認した。

次回は、プロの視点を借りて、どのように「私」の「生き生き働く」ための要素を見つけるのかを考えてみよう。何人ものクライアントの「生き生き働く」をともに考えてきた、キャリアアドバイザーたちへの取材結果を報告する。求職中の人は仕事に何を求めているのか、キャリアアドバイザーは本人が気づいていない「生き生き働く」ための要素をどのように掘り起こしているのかを紹介する予定だ。

調査対象 本プロジェクトメンバーの直接的、間接的な友人・知人・家族
調査時期 2019年9月21日~30日
調査手法 機縁法によるオンラインアンケート
回答数 101名

※機縁法とは、調査実施者本人とその関係者の周辺で調査対象者を集める手法。身内ならではの正直な意見を聞けるメリットがある。個人のストーリーを浮き彫りにしやすくするために今回はこの手法を用いた。

文責 石川ルチア