女性役員に聞く昇格の実態株式会社ルネサンス 執行役員 ソフト開発部部長 望月美佐緒氏(前編)

正しいと信じることを実現するためには、 それを可能にする立場を自分で手に入れるしかない

株式会社ルネサンスは、スポーツクラブの運営を中核に、企業フィットネス、健康経営サポート、地域支援事業、介護ビジネス等、ヘルスケア事業を全国で展開する企業である。業界固有の慣習を改善する提案から始まった望月氏の取り組みは、結果的に全社を変革することとなり、自身も執行役員へと昇格した。そのプロセスを詳しく追っていこう。

大好きな職場に見つけた、大きな矛盾
分不相応な壮大な課題を自ら課した新人時代

大学卒業後インストラクターとして働きはじめたのは1984年のことだった。その3年後、ルネサンスに出会い転職した。スポーツクラブのインストラクターとして顧客接点の最前線で働く日々は、自身の努力が顧客の喜びの声としてダイレクトに反映されるため充実感に溢れていた。しかし、その一方で、業界の仕組みが未整備であるがゆえの矛盾が、同社にも存在した。その矛盾への義憤を覚えたことが、後の職業人としての人生を左右する志を生むきっかけとなった。

「同僚のスタッフが働きやすい環境ではない。頑張っているスタッフがいても会社のサポート体制がない。そういう状況に疑問を抱き、なんとかしたいと思ったのです」

スポーツクラブの運営は、社員とアルバイトという雇用契約のスタッフと、個人事業主の立場でスタジオレッスンを担当するフリーのインストラクターで構成されていた。エアロビクスブームが沸き起こった時代背景もあり、高いテクニックを有した層の厚いインストラクターと業務委託契約する事で、魅力のあるレッスンが展開されていた。
結果として、人材育成に対する優先度が低く、インストラクター達の自主性に任されていた価値観に、業界ならではの危うさを感じていた。

「サービス産業においては、顧客接点はすごく重要だと思っていました。ルネサンスで特にその重責を担うのはインストラクターやトレーナーなどの指導者です」

スポーツクラブでは、インストラクターが顧客と直に接しながらサービスを提供する。インストラクターの技術やメンタリティなどがサービスの評価を左右するのだ。したがって、スタッフの技術向上やメンタリティの維持のためのサポートは、サービスの質の向上には、必須なのである。

しかし、商売道具であるウェアや音源を購入するのも全て個人の負担であり、会社からの支援体制は皆無であった。この状況に、自身も現場の指導者であった望月氏は問題意識を強く持つに至った。

さらに、会社の方針や目標をインストラクターと共有する事は無く、インストラクターの自主性に任せた状況となり、顧客満足の向上に組織はあまり寄与していない事態が発生していた。

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「例えば、やる気のある現場スタッフは、自身の技術を、より一層磨くために自主的なトレーニングをします。そのためには、有償のレッスンやセミナーなどを受講することもあります。またウェアやシューズも消耗品ですから、自らが頑張れば頑張るほど、コストがかかる構造だったのです。優秀なスタッフほど自己負担が増えますが、残念ながら会社のサポート体制が未整備のままでした」

社員やインストラクターの方々が技術を磨くことは個人の意欲に任されており、必要経費も全て自己投資では、スキルのばらつきは広がるばかりである。当然、意欲のある方々のモチベーションを保つことも難しくなる。

一方、80年代後半から90年代の初め、顧客の多くは若い世代で、営業のゴールデンタイムは夜だった。女性社員が結婚や出産によって夜間勤務が難しくなると、社員として勤務を続けることが難しくなり、アルバイトとして勤めるしか道がなかった。それは、たとえ自ら投資をしてスキルを磨き、キャリアを積んでも、それに見合った報酬を得ることができなくなるということになる。

「2つの改革が必要だと思いました。一つは器である会社の体制を変えていくこと。もう一つは、中身である人材を組織的に育成すること。例えば社員が、結婚や、出産によるブランクを経験したとしても、『この人だったら1レッスン3000円払っても、5000円払ってもいい』と評価される特別な人材であれば、フリーインストラクターとして働き続けることができる。それは、お客様にも常に高品質のレッスンを体験していただけることへとつながる。そうしなければ、問題は解決しない」

望月氏は、現場指導者として顧客接点を持ちつつ、組織の改革も行っていく。改革の日々はこうして始まった。

直訴で得たポジションで
プログラムの改善とリクルーティング

会社を変えるという志のもと、望月氏は、様々な改善や新しい策を周囲に伝えた。自分が正しいと思ったら、たとえ相手が創業社長である斎藤敏一氏であっても、本音で意見を上申した。
入社から5年がたった1992年、人事異動でスタジオ部門(※注1)のスーパーバイザーに就任することとなった。要望されたミッションは、スタジオのプログラムの標準化と働く環境の整備であった。店舗拡大を目指す会社にとっては、インストラクターの増員とクオリティーの向上は、戦略上重要な課題であった。望月氏が温めていた改革のアイデアを実行に移す、最初のチャンスでもあった。

「エアロビクスやヨガなどのプログラムを実施するスタジオ部門は、ハードウェアでの差別化が難しく、インストラクターの力量による差が一番出やすいのです。そこでプログラムの内容が標準化されていなければ、どうなるでしょうか。同じエアロビクスのクラスのはずなのに、インストラクターによって内容が全く異なるという事態が発生します。これはよろしくありません」

顧客が「思っていた内容ではなかった」「案内と違う」と感じることなく、納得し、満足してもらえるようにするには、クラスの内容をマニュアル化して流れを決め、標準化する必要があった。また、全国のスタジオで、どのインストラクターのクラスを受講しても同じクオリティーの効果を得るには、すべてのインストラクターが個々のプログラムの内容をよく理解し、それを最高の品質で提供できなければいけない、そのための教育が必須となる。
そして、教育効果の向上のためには、適切な評価が必要であり、品質の向上には良い人材を採用することが近道である。結果的に望月氏は、インストラクターの方々に活躍してもらうための人事のサブシステムまでを担うこととなった。

「定期的に、技術を磨いてもらうための勉強会を全国で展開しました。回を重ねるごとに、勉強会は単なる技術を学ぶ場ではなく、インストラクターの査定の場にもなっていきました。そして、各インストラクターの集客データ等の実績も踏まえた評価制度が出来上がりました。」

もちろん、社内やインストラクター自身の理解が簡単に得られたわけではない。時には泣くような思いをしながら、それでも突き進んだ。結果は次第に現れた。ルネサンスに、優秀なインストラクターが集まるようになっていった。

肩書きだけではない、
実力でリーダーになってみせる

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当時は、インストラクターがスポーツクラブを選ぶ「売り手市場」だった。しかし、ルネサンスは望月氏の改革が功を奏し、「ルネサンスでは育成もしてくれる」「能力向上ができる」と評判を呼び、人が集まるようになっていた。このことで、優れた人材を選ぶことができるようになり、インストラクターの質の向上は、もちろん、売上にも好影響を与えた。

一方で望月氏は「個人としての価値を上げる」という課題も自身に課し、結果を出すことにこだわった。1997年には、当時のフィットネス業界で最大の組織だったアメリカのインターナショナル・ダンスエアロビクス・アソシエーションの大会のプレゼンターに選ばれている。多忙ななか、なぜ国際的な大会のプレゼンテーターになるチャレンジをしたのか。望月氏は「私のレッスンや仕事の仕方をみていて推薦してくださった恩師(ネバダ州立大学のメアリーサンダース教授)の存在が大きかったと思います」と語った。そして、このチャレンジは、自分自身が実力と実績と言う“ステータス”を持ったインストラクターになることで、自身の発言や行動が説得力を持つという自身の考えを実証することになるのである。

「そもそも、実力差や能力差が目に見えてわかる仕事です。肩書きに頼った言葉には誰もついてきてくれません。インストラクターをマネジメントするには、自分自身が実力を備えたインストラクターであることが絶対条件なのです。その実力は組織の枠を超えたところで評価される必要があるのです」

社外での評価を得ることともう一つ、望月氏は大きなハードルを課していた。社内では常に「集客トップ」であることだった。

「競技に加え、現場の売上という実戦の場でも、絶対に自分がトップにならないと話を聞いてもらえないと思っていました。そこが私の原点です」

想像以上の「改革」の進行に、望月氏は多忙を極めた。そして、社長の斎藤氏(現会長)はそのような彼女の姿を冷静に観察していた。踏み出した「改革」の歩を、一気呵成に進めることを後押しするために、社外のリソースを投入することを提案した。

「たぶん斎藤さんは、私が一人でやるのは難しいと感じて、助け舟を出してくださったのでしょう。私以上に実力がありステータスのある方の力を借りられるように取り計らってくださったのです。私と同じように指導者の質を上げることが顧客の満足度を高めることにつながるはずという想いを持つ方と一緒に、インストラクターの教育をスタートさせました」

さらに、フィットネスに関する特別な技術や知識を持った人々を募って、「アドバイザーチーム」を作った。メンバーのなかには、世界的に活躍しているような各分野のトップクラスも含まれており、改革を全国の店舗で展開するうえで大きな影響力を発揮した。

(後編に続く)

TEXT=森裕子・白石久喜 PHOTO=刑部友康

望月美佐緒 プロフィール

株式会社ルネサンス 執行役員 ソフト開発部部長
略歴:
1984 大学卒業後株式会社永新不動産Doスポーツプラザ心斎橋アスレチック課に入社
1987 ヒューマンライク総合学園ヘルス&スポーツ学院専任講師
同年 ルネサンス企画(現ルネサンス)入社
1988 ホテルニューオータニ大阪店 配属
1992 スタジオ部門スーパーバイザー
1997 IDEAプレゼンター
1999 スーパーバイザーチームリーダー IAFCプレゼンター
2001 営業サポート部部長代理 IHRSAプレゼンター
2003 教育部部長 (12月JASDAQ上場)
2004 品質管理部部長
2005 執行役員就任 ソフト開発部部長
2009 新規事業推進チーム兼務
2011 商品開発部部長兼務
2013 執行役員 ソフト開発部部長