動き始めたフランスの働き方改革Vol.3 PwCフランス

「働き方改革が成功する企業と失敗する企業の差とは」

フレデリック・プチボン氏
アソシエイト

PwCフランスで組織改革時のマネジメント・アドバイスなどが専門のプチボン氏は、パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌ校で応用社会学、組織改革を教える社会学者として著名だが、今回はフランスのフレキシブルワークを含む労働環境に関するエキスパートとして、現況について伺った。

「労働市場の柔軟化」がカギとなる今年の大統領選?!

今年(2017年)フランスは大統領選挙がありましたが、無所属で30代のエマニュエル・マクロン氏が当選し、フランス政界に激震が走りました。マクロン氏は2014 年に36 歳という歴代最年少で経済大臣に就任し、2015 年には商店の日曜営業を可能にするなどの条項を含んだ通称「マクロン法」を成立させました。

マクロン氏の政策のキーワードは「柔軟性」であり、その労働政策は"フレキシキュリティ"を優先課題として、週35 時間労働制の一部撤廃といった労働市場の柔軟化を掲げました。フランスではなかなか解決されない高失業率や、テロなどの治安問題で憂鬱な雰囲気の一変が期待されています。

新規雇用の87%はショートターム労働

フランスは伝統的に無期限労働契約(CDI)が大半で、行政機関などに至っては未だ終身雇用の考えが大半であり、雇用側と労働者の関係は労働契約で結ばれた以上の "心理的な契約関係"と例えられるほどです。つまり、安定性と手厚い保護を得る代わりにキャリアの発展性などは一部のエリート層などを除いて期待はできません。

対照的に新規雇用に関してはショートターム労働の雇用が増えています。2015 年の新規雇用の87%は有期限労働契約(CDD)でした。2000〜2012 年の間でCDD による雇用は75%も増えています(※1)。

社会・経済学者のベルナール・ガジエ氏(Bernard Gazier)の理論によると、現在の労働市場は「金のかご(エリート層)」「鉄のかご(一般従業員)」「ミニジョブ」の3 つのカテゴリーに分けることができます。「ミニジョブ」に関しては、フランスの労働市場には多くの規制があり、ドイツほど浸透しているわけではないのですが、最近の傾向として挙げることができます。

成功例として語られるオレンジのケース

フランスの労働組織改革で必ず例として挙げているのがオレンジ(旧フランス・テレコム)の事例です。社員が立て続けに職場で自殺するというショッキングな事件から10 年が経ちますが、オレンジは現在、労働組織改革という面でフランスの代表的な成功例となっています。当時のフランス・テレコムは国営の独占企業で行政機関的な風潮がありました。それが民営化で急激に通信市場の競争に晒され、利益重視の経営陣から成果を求められたマネジャーたちがストレスから自殺に追い込まれてしまったのです。

この事件はフランス社会を震撼させました。これを機に、フランス・テレコムでは大々的な組織改革が実施されました。テレワークも改革の一環として導入され、「就労時間外にはメールに返答する必要がない」などの労働上の規則が明確化されました。

労働組織改革においては、一時的な措置ではなく、一貫性のある労働組織(労組)を導入し、それを維持していくことが重要ですが、この点については、現在まで様々な改善の努力を続けているオレンジは評価されており、フランス社会全体の労組の底上げ効果が期待されています。社会モデル構築については国の努力だけではなく、各企業の努力が不可欠と言えます。

ルノーの新しい労使合意が話題を呼ぶ

2017 年1 月に締結されたルノーの新労使合意は非常にバランスの取れた素晴らしい合意と言えます。具体的な内容は「職場におけるクオリティ・オブ・ライフ」「社員の育成・キャリアパス」「接続を切る権利」「フレキシブルな労働条件」など、最近注目されているテーマに比重が置かれています。

ルノーは2013〜2016 年の間にも労使合意を結んでいますが、当時は業績が低迷しており、子会社日産の好調により辛うじて救われている状況でした。そのため、労組側も競争力強化と生産性向上のために、給与の凍結やアウトソーシングの増加などの点で譲歩せざるをえない状況でした。しかし、合意が功を奏して、2016 年には記録的な好業績を達成するなど、ルノーは状況改善に成功しました。

こうした状況下での今回の新合意締結は、さらなる競争力の強化に向けた大きな前進として注目されました。「今後3 年間で3600 人の正規従業員(CDI)を新規雇用する」「生産設備の刷新に5 億5000 万ユーロ規模を投資する」などの約束がなされています。これに対して労組側は、繁忙期には1 日1 時間の労働時間延長を受け入れ(ただし、月に8 日、年間では50 日までに限定される)、労働時間の弾力化を望む経営側に歩み寄った形となったのです。このような労使間の対話の実践はモデルケースとして迎えられています。

"聖なる休息の日"日曜労働への国民のコンセンサス

日曜労働を可能にするマクロン法には与党内でも反発が多く、可決への道は非常に困難でした。実際、会期中に一度だけしか使えない票決なしの採択(憲法第49 条3 項)をあえて行使して可決へ持ち込みました。日曜労働の広範な解禁は、フランスの労働法制の歴史的大転換と言っても過言ではありません。しかし、法案可決が困難だったにもかかわらず、最終的に国民のコンセンサスが得られた背景には、各企業における交渉の段階から、個人のレベルで問題が検討され、個々の状況に応じた配慮がなされたことがあります。

例えば、家を購入したばかりの若いカップルが日曜労働を歓迎したケースでは、報酬面での厚遇、代休の確保が約束されました。コンセンサスを得るための議論は各人を納得させる必要があるので時間がかかります。また、従業員に対するプレッシャーをいかに軽減できるかに議論を集中させる必要があります。極端な例ですが、ドイツのフォルクスワーゲンでは、週末は会社のサーバー自体をオフにして社員がメールにアクセスできない状態にし、強制的に「接続しない権利」を推進していますが、こういった方法はフランスでは受け入れられないでしょう。

多種多様なコワークスペース

昨今、オフィス内にコワークスペースを設ける企業が増えています。社員がより効果的に快適に作業できる環境を提供するという理由に加えて、オリジナルなコワークスペースは企業のイメージアップにつながる効果があります。

最近で印象に残っているのはアクセンチュアです。アクセンチュアではフランスでもまだ少数派の"デスクシェアリング"を推し進めています。オフィス内には定位置のデスクがなく、モバイルツールを駆使してその日のスケジュールや作業に合ったスペースを早い者勝ちで確保するのです。コンサルタントは主にミーティングのために出社するので定位置のデスクが必要ない。同社はテレワークも進んでいて、外出の多いコンサルタント、事務職にもテレワークが広まっています。

それから、ダノンも面白い事例です。オフィススペースを「デスクスペース」と「コワークスペース」の2つに分け、「コワークスペース」は使用目的ごとに12 種類に色分けし、例えば、赤はクリエイティブスペース、黄色は少人数でのミーティングルーム、ピンクは電話スペース、紫は昼寝スペースなどと、非常にうまく構成されています。

専門家の視点から見た、「成功する企業と失敗する企業」の差とは?

職業柄、数多くの企業を見てきましたが、困難な状況に陥る企業というのは、事前に世の中の変化を先取りできず、変化に対応した柔軟な組織改革・労働条件を導入しない企業です。社員を育成せず、キャリアパスも考慮しない企業も成長できません。大統領選挙でも、雇用問題が重要なテーマですが、政治家はフランス的な社会モデル、雇用保全の立場にこだわり、各就労者の能力やキャリアの発展を支援することの重要性を忘れてしまう。

アルストム(鉄道車両)の例では経営危機に陥ったベルフォール工場で一部の事業打ち切りを決めた際に、工員400 人の解雇を食い止めようと政府が介入し、使い道のない鉄道を発注することで一時的に工場閉鎖を回避しました。しかし、工業セクターの衰退を認め、将来性のある業種へとキャリアパスを援助するほうがよほど工員たちのためになります。政治的要素がからむとセンシティブになるのはフランスの特徴なのかもしれません。

プロフィール

フレデリック・プチボン氏
プライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)フランスのアソシエイトとして主に組織改革時のマネジメント・アドバイスなどを専門としている。
1992年より、パリ第一大学パンテオン・ソルボンヌ校のマスタークラスにて応用社会学・組織改革の講座を担当。関連の書籍・レポートも多く出版、社会学者としても活躍している。