労働政策で考える「働く」のこれから「研修から経験へ」女性起業支援の第二フェーズ

起業の担い手として注目される女性

これまで起業の担い手は男性が多かったが、今後期待されるのが女性である ※1。起業家の女性比率は3割程度と男性に比べ決して多くはない ※2が、新規開業後に、融資を受けた企業経営者に着目すると、女性の割合が年々高まっており、1991年度の12%台から2017年度は18%台となった(図表1)。まだ少ないとはいえ、本格的な事業立ち上げにかかわるシーンのなかで、女性はゆるやかにその存在感を増している。
女性の起業は、女性ならではの視点による新しい商品・サービスを生み出すだけでなく、100年キャリアの時代にふさわしい働き方を切り開くエネルギーがある。ここでは後者に着目しつつ、女性の起業が今後より活発化していくための課題を考えたい。

図表1 開業者に占める女性の割合
出所:日本政策金融公庫総合研究所「2017年度新規開業実態調査」
※日本政策金融公庫が2016年4月から同年9月に融資を行った企業のうち、融資時点で開業後1年以内の起業6706社へのアンケート調査。

自分らしい働き方をつくる手段としての起業

日本では組織に新たに参画しようとするとき、過去の知識や経験だけでなく、さまざまな業務に従事できるか、残業や転勤などにも対応できるか、組織への適応力があるかなど、「全人格的な職務遂行能力」が問われるケースが少なくない。

そうした事情から、職務や経験にこだわりがある人や育児や介護で働く時間に制約がある人、ブランク期間があるなどの理由で仕事への真摯な姿勢を証明しにくい人などの場合、組織へ新たに参画するハードルはぐっと上がってしまう。

それに対し、起業に必要となるのは、資金のほかには、商品を開発するアイデアやそのための知識、顧客を開拓し、売り上げを立てていく知識、人を巻き込み組織をつくるノウハウといった「経験」や「知識」であり、過去の就業履歴やブランクの期間、年齢などが直接問われることはなく、働き方も自分でデザインすることができる。

女性起業家の場合、起業する前にはパート・アルバイトや専業主婦だった人がより多いことが知られている。起業は、さまざまな制約が生じやすい女性が自分らしい働き方を生み出す手段となっているといえるだろう。

女性起業家は柔軟な働き方を積極的に創出

さらに女性による起業は、起業家自身のみならず、父親・母親、地域住民、学び手、介護者をはじめ、さまざまな社会的役割を担う人材が、その役割を果たしながら活躍できる就業機会やフレキシブルな働き方をつくり出す力が大きいといえる。

実際に、従業員が2人以上の事業(創業1年以内)に絞って比べると、経営者が女性の場合は従業員のうち女性の割合がより高い傾向にあることが明らかにされている ※3。さらに、柔軟な働き方や休暇を取得しやすい職場づくり、コミュニケーションの促進に取り組む割合も高いように、従業員がそれぞれの事情にあわせて働ける職場づくりにより積極的である(図表2)。経営者自身の経験から、あるいは、女性従業員が多い職場の特性から、フレキシブルな働き方やきちんと休暇を取れる職場の重要性を知っており、そうした職場づくりに積極的に取り組む傾向があるのだろう。

図表2 開業者の性別に見た働きやすさにかかわる取り組みの実施状況
出所:日本政策金融公庫総合研究所(2013)「女性起業家の開業」
※1.日本政策金融公庫の融資時点て開業5年以内(開業前含む)従業員が2人以上の事業。 2.回答割合の多い順に上位7位までとし、残りは掲載していない。

無形の資産が不足しやすい女性起業家

一方、女性が起業する際に大きな弱点となるのは過去に組織で身に付けた知識・経験、人脈など、起業に活かせる無形の資産が少なくなりやすいという点である。少なくともこれまで、女性は就職した会社で補助的な業務につくことが多かったため、いざ事業を起こしたり拡大しようとしたりするタイミングで武器となる、商品開発や営業、マーケティング、マネジメントなどの経験が不足しやすいのである。

実際、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2017」により、退職経験がある自営業主(非農林業、雇人あり)の前職の働き方を見ると、男性のうち7割が前職正社員で、職種別には管理職や営業職、専門・技術職が多い。一方、女性のうち前職正社員は4割と低く、その代わりに前職パート・アルバイトが3割を占める。また、前職の職種は事務職とサービス職が6割を占めている(図表3)。

図表3 自営業主(雇人あり、非農林業)の前職
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2017」
※退職経験のある自営業者(雇い人あり、非農林業)のデータ。

女性の起業は、「手段」の支援から「濃い経験を積む」ための支援へ

女性の起業をもっと身近に、もっと成長が期待できるものとしていくために、何が必要だろうか。
女性の起業に対する支援は、既にさまざまな形で行われている。その内容を見れば、学生向けの起業家教育や創業スクール、情報提供などの座学、相談会の開催、助成金や低利融資、ビジネスコンペや販路開拓等の支援など百花繚乱だ。

とはいえ、事業の立ち上げにかかわる経験を着実に積むことができるのは、やはり実際の「仕事」であろう。その点からは最初に就職した会社で、あるいは起業後の段階で、女性が仕事を通じて起業にも役立つ知識や経験をより多く積めるような支援の形を考えていくべきではないか

そのための方策のひとつとして、大学生や就職後間もない時期の女性をターゲットとする啓発が考えられる。学生や会社に就職して数年以内の女性のうち、将来の起業を予定する人は少ないかもしれない。しかし、100年キャリアという時代を視野に入れた場合、人生のどこかで転職や独立・起業に踏み出す可能性はこれまでよりも高まる。そうした社会の変化を展望したうえで、会社でのどのような経験が、将来事業を起こしたり、転職する場合に役立つのかを知っておくことは、女性が就職する際によりチャレンジングな仕事を選んだり、今いる会社で新しい仕事や昇進の機会に手を挙げる理由を増やすのではないか。

もう1つ、起業にチャレンジした女性が早期に経験と実績を積めるよう、事業の機会そのものをより積極的に配分していく方策も考えられる。米国では、女性起業家支援の観点から、各連邦機関の政府調達における受注総額のうち5%を女性が所有する中小企業に確保する目標が設定されている ※4。女性が就職した会社での経験に恵まれてこなかったという弱点を補うために、日本でも政府調達において一定割合を女性経営者に確保するといった方策が検討されるべきだろう(図表4)。

図表4 経験の蓄積に着目した女性の起業支援
出所:女性起業にかかわる既存支援については、内閣府男女共同参画局「女性起業家を取り巻く現状について」を参考にしている。
※緑色は創業にかかわるフェーズ(学生起業を除く)と女性起業にかかわる既存支援。オレンジ色が経験蓄積に着目した女性起業支援。

※1 起業とは事業を起こすことであり、①自分の知識やスキルを活かして、個人で組織などから請け負った業務を遂行するフリーランス、②飲食店などの小規模事業での起業、③自ら仕組みや組織をつくり、顧客を開拓し、売り上げを立てていく狭義の起業などが含まれる。ただし、ほかの組織がつくった仕事を遂行するフリーランスや飲食店と区別し、自ら新しい仕事をつくり出す③のみを起業と呼ぶ場合もある。①~③の間の境界線があいまいなケースもあるが、本稿で起業という場合は、主に③を想定している
※2  総務省「就業構造基本調査2012年版」
※3 日本政策金融公庫総合研究所(2013)「女性起業家の開業」によれば、従業員のうち女性の割合を見ると、開業時、調査時点ともに女性起業家は男性起業家を10%ポイント以上上回っている
※4 OECDが2017年10月に公表した"The Pursuit of Gender Equality: An Uphill Battle"によれば、米国では1994 年の「連邦調達合理化法」で各連邦機関の政府調達における元請け・下請け受注総額のうち女性所有中小企業に5%を確保する目標が設定されている。この目標を推進するため、2011年2月に施行された女性所有中小企業プログラムなどさまざまな手段が講じられている。2015年度に5%の目標は達成され、女性所有中小企業の受注額は178億ドル(日本円で1.9兆円<1ドル=108円>に上った

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中村天江
大嶋寧子(文責)
古屋星斗

次回 『「起業支援」は産業政策からキャリア支援政策へ』 2/27公開予定