労働政策で考える「働く」のこれから「起業」をキャリアの選択肢とする4つの鍵

キャリアトランジションのもう1つの選択肢 「起業」

日本においては、「起業」という選択をする人は多くはない。就業者全体に占める雇用者の割合は9割近くに及んでおり、雇われない働き方を選ぶ個人は少数に留まっている。100年キャリア時代に、「起業」は個人が自己の能力を最大限活かし、また、自らイノベーションを起こす主体となるために欠かせないキャリアトランジションの形態となっていく。今回はキャリアトランジションとしての「起業」を取り上げる。

図表1 100年キャリア時代の就業システム

日本の開業率5.2%は欧米諸国の半分程度

日本の開業率は国際的に低い水準で推移している。開業率は2015年で5.2%であり、米国9.3%(2011年)、英国14.3%、ドイツ7.3%(2014年)、フランス12.4%などと比較して低く、また、過去から一貫して低い水準にある(図表2)。

図表2 開業率の国際比較
出所:中小企業庁「2017年版中小企業白書」

独立・起業という選択肢はどの程度選ばれているか、を個人の側から見ると1年間で25.3万人の起業者が出ている(2012年)が、近年、その人数は減少傾向にある(図表3)。また、就業者全体に占める割合も0.5~0.7%程度で横ばいとなっており拡大していない。

図表3 起業者数の推移
出所:総務省「就業構造基本調査」
※起業者は、過去1 年間に職を変えたまたは新たに職についた者のうち、現在は自営業主(内職者を除く)となっている者をいう

日本で起業というキャリアを選ぶ人の数が増えていない背景にあるのは、起業に向けた環境が十分でない点である。世界銀行が調査している、ビジネス環境ランキングにおいて、「起業のしやすさ」の項目では日本は調査対象190カ国中で106位※1 の順位であり、起業時の手続き面の煩雑さや開業の際のコストが特に課題となっている。

「起業も高齢化」、既に起業家の3分の1が60歳以上

こうしたなかで、起業者の属性にも大きな変化が表れている。それは年齢である。かつて起業家の中核となっていたのは20~30代の若い世代であったが、現在では60歳代以上のシニア層による起業が32.4%と全体の3分の1を占めるまでとなっている(図表4)。

減少する女性起業家比率

男女比では、男性69.7%、女性30.3%となっており、女性の比率は近年低下傾向にある※2 。ただし、起業希望者については男性66.6%、女性33.4%と、女性の比率は1979年以降で最も高い水準となっている。これは、希望者が増える一方、実際に起業する者は減っている、というギャップの構図を表しており、女性が起業家となる際の課題は解消されているとはいえない。

図表4 起業家の年齢層
出所:総務省「就業構造基本調査」
※起業家は、過去1 年間に職を変えたまたは新たに職についた者のうち、現在は自営業主(内職者を除く)となっている者をいう

このように、日本では起業はキャリアの選択肢として一般的ではなく、若年層の減少や女性の少なさからも、一部の人に限定された選択肢となっている状況にあるといえる。シニア層では増加しているが、その動きを社会にとってより有用なものとするための支援を考える時期にある。「組織がイノベーションを起こし、個人に分配する」という観点ではスタート後の成長度合いも重要となるが、新興市場において、上場企業以上の成長率となった企業は4.3%※3 と少数にとどまっており、現状としては規模が留まるケースが多いといえよう。

ビジネスに必要な人的ネットワーク、資金、経験の深刻な不足

ビジネスを起こし事業を運営していくにあたっては、ヒト・モノ・カネが重要である。仕事仲間を集め、取引先を開拓するには人的ネットワークが有効である。カネに関しては、開業資金に加えて、事業を運営していくには経理・財務のスキルも求められる。さらには、起業の経験やその支えとなる仕事の経験も課題となる。たとえば経験については、国際調査※4 において、「新しいビジネスを始めるために必要な、知識、能力、経験を持っていますか」という質問に対して、日本人の指数は11.01と、米国(62.40)、イギリス(56.96)、ドイツ(43.79)と比較して著しく低い。調査対象66カ国中最低の数値となっており、我が国において起業というキャリアを踏み出すには、心理的にも高いハードルが存在することを浮き彫りにしている。

「起業」を通じて100年キャリアを築くには

このように起業は現在、日本で決して広く浸透しているとはいえないものの、超高齢社会が進展する我が国において、雇われて働くのとは違う、新たなキャリアづくりの可能性を有している。起業を通じて、社会のイノベーションが生まれていくことも強く期待される。起業を通じて個人の100年キャリアから組織のイノベーションを生むという好循環をつくり出すうえで、課題となる具体的なポイントは何だろうか。

第1に、「若年起業家が少ない」点である。本稿でも見たように近年、若年層の起業家が大きく減少している。若い起業家は社会にイノベーションをもたらす成長する組織をつくるためにも欠かせない存在であり、また、今後の100年キャリア時代を生き抜いていく若い世代においては、起業という経験を若年の段階で踏むことでキャリアの選択に大きな広がりが出ることになるのではないだろうか。

第2に、「シニアが、起業に必要なスキルを十分もっていない」点である。自らの経験を活かし社会に役に立つために起業をするシニアが多いことは心強いが、たとえば、スモールビジネスを始めるシニアにとって、資金管理の問題など、自信のある仕事の経験ではカバーできないスキルの不足が原因による困難な状況も生まれている。

第3に、「起業に必要な経験の蓄積に、大きな男女格差がある」点である。女性は、知識・経験、人脈など、起業に生かせる無形の資産が、構造的に少なくなりやすい。というのも、改善されてきているとはいえ、これまで女性は就職した会社で補助的な業務につくことが多く、いざ事業を起こしたり拡大しようとしたりするタイミングで武器となる、商品開発や営業、マーケティング、マネジメントなどの経験が不足しやすいのである。

第4に、「起業などの"雇われない働き方"は、バリエーションが多様である」点である。事業に対する経営責任の程度には多様なバリエーションがあり、たとえば、本業のかたわらに月2時間する副業と、個人事業主としていくつかの企業の仕事をかけもちするのと、起業家としてベンチャーを起こすのでは、その負荷はまったく異なる。こうしたグラデーションに対して、課題も異なり、また、支援の方法も多層的になる必要がある。

「起業」というキャリアの広がりから始まる、
100年キャリア時代の好循環

「起業」というキャリアトランジションによって、個人が自己の能力を最大限活かし、また、自らイノベーションを起こす主体となることができる。個人の活躍によって、組織・社会がイノベーションを持続的に生み出す。そして、生み出された利益が個人に投資・分配される。個人はこうして得た能力や収入を支えとして、再び挑戦に踏み出すことができる。また、「転職」と「起業」が互いに行き来でき、個人にとっての選択肢が担保されていることが、セーフティネットとなりうるのである。

この好循環を阻む4つの論点、
(1)若年層の独立・起業の急激な減少
(2)シニアへの独立・起業に必要な能力の付与
(3)男女間"経験"格差が女性の起業の可能性を狭めている問題
(4)雇われないキャリアのバリエーションへの理解と対応
について検討する。

各論点を掘り下げるとともに、その解消に向けた糸口を示し、100年キャリア時代にあるべき「起業」というキャリア選択の姿を指し示していきたい。

※1 世界銀行「Doing Business」
※2 総務省「就業構造基本調査2012年版」 たとえば、1982年には起業家の42.0%が女性であった
※3 中小企業庁「2017年版中小企業白書」より作成
※4 グローバル・アントルプレナーシップ・モニター。具体的数値については、みずほ情報総研(2017)「起業家精神に関する調査事業」を参照

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中村天江
大嶋寧子
古屋星斗(文責)

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