2020年東京オリンピックにおける人材レガシーロンドンとリオデジャネイロの失敗から考える、東京オリンピックの警備人材の確保

東京オリンピックを機に発展してきた日本の民間警備

警備はオリンピックを支える最も重要な産業のひとつである。国際的な注目が集まるオリンピックはテロの標的となり得るし、ひとたび事故が発生すれば平和の祭典どころではなくなってしまう。

興味深いことに、日本の警備業界とオリンピックの間には深い縁がある。業界最大手のセコムは先の東京オリンピック(1964年大会)の2年前に創業し、東京オリンピックの警備をきっかけに大きく躍進した。また、当時の組織委員会・事務局次長によって開催翌年に創業されたのが、業界第2位の綜合警備保障(ALSOK)である。

人材調達という観点からみると、警備業界には他の業界とは異なる難しさがある。実際に近年のオリンピックでは、ロンドンとリオデジャネイロの2大会で続けて、警備を請け負った民間企業が人材調達に失敗しているのだ。こうした経緯を受けてか、東京オリンピックではセコムとALSOKがともにオフィシャル・パートナーとなる"オールジャパン体制"が敷かれている。

2度目となる東京オリンピックで、警備業界は人材調達にどう対応していくか。また、世界へアピールする絶好の機会を活用し、どのような新しい姿をみせるだろうか。以下では警備業界の人材調達の特徴や過去の大会のケースを振り返りながら、東京オリンピックに向けた課題と可能性を考察していく。

警備業界の人材調達が難しい3つの理由

東京オリンピックを支える警備人材の調達が難しいと考える理由は3つある。1つ目は、人材調達の規模が大きいことだ。2012年のロンドン・オリンピックでは約4万人、2016年夏に閉幕したリオ・オリンピックでは8万5,000人の警備要員が動員された。東京オリンピックでは5万850人の動員が予定され、そのうち2万1,000人が警察官、1万4,000人が民間警備員である。日本における民間警備人材の総数が約54万人(※2)であることを考えると、いかに大規模な動員かがわかる。

2つ目の理由は、恒常的な人材不足である。厚生労働省の発表によると2014年度の警備業界の有効求人倍率は5.95倍であり、全職業平均の1.52倍はいうまでもなく、人手不足といわれる建設業の3.69倍と比較しても圧倒的に人が足りていない(※3)。

最後の理由は、警戒レベルの変更によって必要な警備員の数が大幅に変動することだ。国内外でのテロや事故の影響を受けて、現地政府が警戒態勢を厳重にすることがある。こうした変更は突発的かつ大規模であることが多いため、ただでさえ容易ではない警備人材の採用やトレーニングが需要に応えきれなくなるリスクは高い。

Photo by Jason Alden/Getty Images

民間企業が人材調達に失敗し、軍が動員されたロンドン

様々なレガシーを生み出したロンドン・オリンピックにおいて、大きな騒動となったのが警備人材調達の失敗であった。

同大会では、世界最大級の民間警備会社であるG4Sが、1万4,000人の警備員を派遣する予定となっていた。ところが開催まで残すところ2週間というタイミングで、同社が契約通りの人数を調達できないことが判明し、急遽3,500人の軍人により不足分をカバーすることになったのである。

背景にあったのは、段階的な警備人員数の増加であった。当初G4S(要説明)が動員する予定だった警備人材は2,000人だったが、警戒レベルの見直しによって最終的には14,000人まで増加した。短期間での大量採用が難しかったことや、採用から開催までの期間が長く、初期に確保したはずの人材が途中でいなくなってしまったことなどから、最終的に派遣した警備人材は1万人程度にとどまった。

ロンドンの学びを活かせなかったリオデジャネイロ

大会運営のノウハウは各大会を通して継承されるため、リオデジャネイロの組織委員会は警備人材の調達が困難なことを理解していたはずである。しかしそれでもリオ・オリンピックでは同様の失敗が繰り返された。またしても警備人材の調達が間に合わなかったのである。

開催数カ月前に世界中で相次いだテロを懸念し、ブラジル連邦政府は開催前月となる7月にセキュリティ・チェック要員を3,000人増やすと発表した。しかし、これを受託した民間企業Artel Recursos Humanosは500人しか人材を調達できず、開催直前になって警察が退役者などを動員して不足分を埋めることになった(※4)。

受託した企業は人材調達を主な業務としていたが、過去に警備人材の調達に携わったことはなかったという。さらに調達済みの500人についてもオンラインテスト程度のトレーニングしか受けておらず、危険物が発見された際の対応などは何ら教えられていなかったそうだ。リオ・オリンピックの失敗からも、警備業界の採用とトレーニングの難しさが想像される。

Photo by Mario Tama/Getty Images

東京オリンピックならではの工夫で人材不足に挑む

ロンドンやリオデジャネイロのケースにみられるように、東京オリンピックにおける警備人材の調達も困難を伴うことが予想される。冒頭で紹介したように、警備業界トップのセコムとALSOKによる "オールジャパン体制"で万全を期しているが、それでも1万4,000人の動員は容易ではないだろう。警戒レベルについても、東京オリンピックのこれまでの経緯をみるかぎり、大きく計画が変更される可能性はゼロではない。

それでも、警備業界にはポジティブなレガシーの兆しもある。東京オリンピックではロンドンと同様に、行政・民間企業・市民ボランティアによるセクターの垣根を 越えた人材調達"トライセクター人材ポートフォリオ"が組まれる。有効求人倍率が極めて高いにもかかわらず警備人材が不足する理由のひとつに「イメージ」があるといわれるが、1万4,000人の民間警備員と9,000人の"セキュリティ・ボランティア"の活躍は、それを覆していくかもしれない。

さらに、テクノロジーの進化は人材調達のあり方を一変させる可能性を秘めている。近年、警備業界はカメラによる画像認識やドローンなどを用いた無人警備システムの開発に力を入れている。省人化を促進するサービスが拡大していくことで、より少ない人員で充実した警備体制を実現できるようになると期待されている。

このようにセクターを超えた協働や、テクノロジーの活用により警備人材を最小限に抑えることができれば、恒常的な人材不足を乗り越えていくことができるだろう。

56年ぶりの東京オリンピックにおいて、日本の警備業界はどんな新しい姿を世界に向けて発信していくのだろうか。人材調達への影響とあわせて注目したい。

客員研究員 石川孔明

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