専門家が語る、現地人材採用のコツインドネシア進出の「理想」と「現実」

土肥幸之助氏

インドネシアの日系・外資系企業で、現地人材のニーズが高まっている。労働法の定めにより外国人が人事部門に就けないほか、外国人に対する就労許可が厳しくなっていることが背景にある。インドネシアで人材紹介事業を行う土肥幸之助氏が、現地で採用を成功させるための6つのポイントを提案する。

◆ 日系企業は、自社の「採用力」を正しく把握すること、また、駐在員が交代しても揺るがない中長期的な育成計画を策定すること、計画の策定や実行には経営層が主体的に関与すること。
◆ 採用候補者に対しては、担当する仕事業務を明文化すること、自社で働くメリットを明確にアピールすること、期待や評価方法を明確にしておくこと。

インドネシア進出の「理想」と「現実」

世界第4位の豊富な人口、さまざまな天然資源、広大な国土・経済水域を有し、成長著しいインドネシア。従来、日系企業の進出は、資源投資・輸出型の製造業が主体であった。しかし近年は、中間層マーケットへの期待から、サービス業など多様な業種の企業が事業を展開している。
大きな魅力を秘める一方で、多くの日系企業や経営者を悩ませているのが「人材」の問題である。ここ数年、駐在員など外国人就労者に対するビザ発給が厳格化されていることから、現地人材の育成・管理職登用・権限移譲は、待ったなしの段階まで来ている。しかし、明確な対策が見いだせず、苦戦している企業が多数見受けられる。

「人材」の問題は、幹部候補人材の採用難と、人材育成を継続するしくみやリテンションの難しさに集約される。これらの問題を理解した上で、インドネシアの採用マーケットから、優秀な人材を獲得して長期にわたって戦力化するための方策を、以下に記したい。

幹部候補の採用と、継続的な育成・リテンションが難しい理由

インドネシアで一般的に幹部候補と言われる大卒者はわずか6.8%で、希少価値がある(2013年・インドネシア中央統計庁)。先人のお陰で日本製の商品や日本文化に対する印象は非常に良いものの、「親日国家なので、日系企業で働きたい現地の優秀な人材は多く存在するはず」という考えは誤解である。採用ブランドでは欧米系企業の後塵を拝しており、ローカル企業や財閥系企業の存在感が増す中、もはや日系企業というブランドでプレゼンスを発揮できることはないと考えたほうが賢明である。
日本語を学んだインドネシア人は日系企業を志望する確率が高い。ただし、高い「日本語力」と「実務スキル」を兼ね備えている人はかなり稀である。最も重要な「実務スキル」を見誤らないためには、「日本語力」のある人材を必要とする場合、通訳担当と実務担当とを分けて採用するなど、採用マーケットに合った現実的な工夫で、候補者のターゲット層を広げるとよいだろう。

また、インドネシア人が仕事をする上で大切だと思うものは、「高い賃金・充実した福利厚生」が最も高く、「明確なキャリアパス」がそれに続いた。転職した理由は「賃金への不満」、「労働条件や勤務地への不満」の順に高い(リクルートワークス研究所グローバルキャリアサーベイ2012年実施)。
インドネシア人の多くは欧米型のキャリア志向を持ち、転職に対する抵抗感が薄い。また、インフレに伴って上昇している最低賃金や平均賃金が人々の転職意欲を後押しし、希少価値のある優秀な幹部候補人材は常に企業の採用ターゲットになっている。そのため日系企業からは、「ようやく採用した人材が短期間で転職してしまい、企業に定着しない」という悩みが頻繁に聞かれる。

日系企業には、駐在員の任期が短く、長期的な視野に基づいた組織計画や育成計画が立てにくい、また実行しにくいという側面がある。さらに従業員側も、トップの交代で経営方針が変わった場合、その変化を敏感に察知し自社を一歩引いた目で見て、その後も働き続けるか否かを、客観的かつ慎重に検討する。人材育成とリテンション対策では、駐在員が交代しても引き継がれるような育成や管理職の登用計画を策定し、優秀な社員を引き止めておくことが肝になる。

上記だけから判断すると、インドネシアは給与アップのために転職を繰り返すジョブホッパーが多い国で、現地人材の採用や管理職の登用は困難に見えるのだが、私は個人的に、決してそうではないと考えている。
日系企業がインドネシアの採用マーケットで優秀な人材を採用し、長期にわたって戦力化するために6つのポイントを提案する。

採用を成功させるための6つのポイント

1)自社の「採用力」を正しく把握する
→採用マーケット全体における自社の立ち位置を把握し、同じような候補者を探している競合会社(同業界や同業種とは限らない)と比較した強み、弱みを正確に認識することが肝要である。候補者が自社をどう見ているのか、何が他社との差別化に繋がるのか、客観的な分析からスタートする。場合によっては待遇面を相場に合わせて改定する必要もある。

2)任せる仕事内容、求める人物像をシャープに言語化する
→ジョブ・ディスクリプションという概念に慣れていない日本人からは少々骨の折れる仕事ではあるが、責任範囲、権限、具体的な仕事内容についてできる限り文章に落とし、「何を任せたいのか」を明らかにする。そこから逆算して、どんな人に応募してほしいのか、定義し、対外的に示すことが必要である。

3)自社で働くメリットを、明確にアピールする
→ジョブ・ディスクリプションで定めた人物像は、どのようなメッセージや雇用条件に振り向いてくれるのかを検討し、採用活動(広報、面接でのアピール)に反映させる。従業員へのヒアリング等を通じて材料を集め、できる限りリアリティのある情報を打ち出すと良い。

4)双方への期待を、入社時点から正しく認識する
→経営者と従業員の信頼関係を築くためには、従業員がなぜ自社に入社すると決めたのか、何を得たいと思っているのか、何が達成できたら幸せなのかをきちんと認識することが大切といえる。採用後は、ジョブ・ディスクリプションに基づいて、期待することと評価方法を確認しておくことが必須である。

5)中長期的な育成計画を定め、徹底的に運用する
→ 一貫性のある育成や登用を継続させるためには、人事戦略や方針を策定し、社内に周知して運用していくことが理想である。入社時点での本人の期待と、入社後の状態にズレがないか、双方が期待した方向に正しく進んでいるか、定期的に面談を重ねて確認し、必要があればその都度、修正していくことが望ましい。駐在員が交代しても揺るがない人事制度や育成方法が必要である。

6)上記1)~5)について、経営層が主体的に関与する
→インドネシアでは、人事部門のポジションに外国人が就けないという法律があるため(2003年労働法第13号第46条)、駐在員がすべてコントロールすることは難しいかもしれない。しかし、人事部門や外部のエージェントに任せきりにするのではなく、上記プロセスに経営層が関与することで、結果的に経営戦略や戦術の実行力が高まると考えられる。

「事業は人なり」。インドネシアに身を置いて事業を営むなかで、自分自身が痛切に感じている。一社でも多くの企業が、採用力の向上に成功することを願ってやまないと同時に、人材業に従事するものとして、課題解決に引き続き邁進していきたいと強く思う。

土肥 幸之助(どい こうのすけ)氏
RGF HR Agent Indonesia(PT. BRecruit Indonesia)ゼネラル・マネジャー
2008年、リクルート(当時)に入社。
国内で5年間、HR事業部門に所属し、リクルートの海外における人材紹介事業、RGFに参画。
インドネシア拠点の立ち上げに際し、社内公募への応募を経て、2013年にジャカルタに赴任。
現在は、在インドネシアの日系企業向け人材紹介事業の責任者を務める傍ら、多国籍・ローカル企業への人材紹介事業も、インドネシア人のカントリーマネージャーと共に推進している。1984年富山県生まれ。一橋大学社会学部卒。