全国就業実態パネル調査「日本の働き方を考える」2019残業規制で雇用者の11.3%が賃金減 茂木洋之

【このコラムのPDF版はこちら

生活に直結する残業規制

2019年4月より大企業を対象に働き方改革が導入され、2020年4月からは中小企業にも導入される。いろいろな改革が実施されるが、特に労働者の生活に直結するものは、時間外労働の上限規制だ。時間外労働(休日労働は含まず)の上限は、臨時的な特別の事情がなければ、原則として月45時間・年360時間となった。労働時間が減少するため、余暇時間の使い方は人的資本の蓄積などに大きな影響を与えるだろう。また残業代の減少に伴って、所得も減少するため、人々の消費行動などにも影響すると予想される。

このように労働者の生活に大きな影響を与える残業規制だが、残業の実態についてはあまり理解されていない。たとえば、残業代の支払われ方のルールや、サービス残業をしている人の割合を調べたものは少ない。本コラムでは残業の実態を調べ、働き方改革の賃金への影響を考察したい。

適正な残業代が支払われない雇用者が16.3

リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査(JPSED)」を使用する。まず残業代のルールについて調べてみる(図1)。「昨年(2018年)12月時点についていた仕事について、所定の労働時間を超えて仕事をした場合には、ルール上、残業代はどのように支給される決まりとなっていましたか」という質問を使用する。

図1 残業代のルール(2018年)
6-1.png

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」
注1:12月時点で雇用者だったサンプルに限定している。
注2:「残業時間に応じて、残業代が支払われる」には残業時間に上限がある場合や、一定の時間を超過した場合に残業代が支払われる場合を含む。
注3:サンプルサイズは31049。
注4:ウエイトバック集計をしている。

残業時間に応じて残業代が支払われる人は、雇用者のうち61.9%となった(図1)。また残業時間にかかわらず固定の報酬が支払われる人は、雇用者のうち23.8%となった。残業時間にかかわらず、固定の報酬が支払われる人は、雇用形態別にみたところ、正規雇用者は31.3%、非正規雇用者は12.7%だった(図は割愛)。正規雇用者における割合が高いのは、このような支払われ方をする人が特に管理職に多いからである(※1)。

次に、残業代の実態について調べてみよう。「昨年(2018年)12月時点についていた仕事について、あなたは実際に残業を行いましたか。また行った場合には、実態として残業代はどの程度支払われましたか」という質問を使用する。すると、16.3%もの人が残業しているにもかかわらず、適正な残業代が支払われていない結果となった(図2)。つまり、サービス残業をしているわけである。また残業代が適正に支払われずに残業している人は、適正に支払われて残業している人よりも、残業時間は1.64倍長いことが、計算したところわかった(※2)。労働時間が長いと、メンタルヘルスが損なわれるという報告もある。特にKuroda and Yamamoto (2016)では計量分析によって、サービス残業時間は有意にメンタルヘルスを悪化させることが示されている。仕事における努力に対して報酬が見合わないため、労働者のストレスが増加している可能性がある。上記の人たちにはただちに適正な残業代を支払い、労働時間を適正水準に戻す必要がある。

図2 雇用者の残業代支払いの実態
6-2.png

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」
注1:12月時点で雇用者だったサンプルに限定している。
注2:サンプルサイズは31049。
注3:ウエイトバック集計をしている。

残業規制で賃金減少

最後に、残業規制で収入に影響がある人たちの割合を調べてみよう。雇用者のうち、「残業時間に応じて、残業代が支払われる人」をグループAとする。グループAかつ「残業を行って、すべての残業時間に残業代が支払われた人」をグループBとする。

次に、残業規制に抵触する労働時間を計算する。原則となっている年360時間の上限を、月平均30時間の時間外労働と考える。1日の所定内労働時間を7.75時間とし、月19日労働すると仮定する(※3)。すると、労働時間上限は、月178時間となる(※4)。また原則となっている最大月45時間の上限を、時間外労働の上限値と考える場合も計算し、それを月193時間とする(※5)。

グループAかつ「月労働時間が178時間以上」の人と、グループAかつ「月労働時間が193時間以上」の人の割合を調べてみる。同じことを、グループBについても調べる。結果は図3である。

図3 残業規制で賃金に影響を受ける人の割合(2018年)
6-3.png

出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」
注1:12月時点で雇用者だったサンプルに限定している。
注2:サンプルサイズは30922。労働時間が欠損値のサンプルは除外しているため、図1、2とサンプルサイズが異なる。
注3:ウエイトバック集計をしている。

確実に影響を受けるのは、グループBかつ月労働時間が178時間以上の人だ。雇用者の8.7%(約488万人)となった(※6)。これらの人はすでに残業時間の上限以上働いていると解釈でき、残業時間が削減されることにより、確実に残業代は減少する。また、グループAかつ月労働時間が178時間以上の人も大きな影響を受けると考えられる。これらの人は雇用者の11.3%(約633万人)だ。つまり約10%の人は、残業規制の影響を大きく受けると考えられる(※7)。

また残業時間が上限いっぱいでなくとも、この改革により労働時間は減少傾向となるだろう。雇用者のうち、「残業時間に応じて残業代が支払われる」61.9%(約3469万人)もの人が賃金に関して何らかの影響を受けるとみられる(図3)。厚生労働省「毎月勤労統計調査」によると、2019年の所定外給与(残業代)が現金給与総額(名目賃金)に占める割合は、調査産業計で6.1%となっており、残業代は賃金の大きな要素となっている。残業代がなくなるわけではないが、残業規制のインパクトの大きさがうかがえる。

求められる残業規制への対応――鍵は生産性向上

周知の通りの人手不足の時代にあって、さらに今年の4月から残業規制が中小企業にも適用される。これは、(経済学の生産関数でいうところの)インプットの減少を意味する。このまま何もしないと、産出量は減少し、雇用者報酬も減少していくだろう。雇用者報酬の減少は消費の減少につながり、経済が縮小しかねない。何らかの対応が必要となる。労働力のインプットの増加については、日本は女性や高齢者の就業率がかなり高まっており、これ以上どれだけ伸ばせるは疑問の余地が残る。

残る対応は、やはり労働生産性の向上である。ここでは、労働生産性の向上を広義に捉えるべきだ。まずは、人的資源の最適配分(optimal allocation)の達成である。成長産業への労働力の移転や、転職市場を整備するなど、適材適所な人材配置が求められる。

もう一つは、IT化や機械化による業務の効率化などを積極的に導入することだ。特に労働と補完的な資本を蓄積し、1人当たりのアウトプットを増加させたい。またテレワークをはじめとする、柔軟な働き方も積極的に導入すべきだろう。残業規制が、生産性向上の突破口となることを期待したい。

(※1)管理職(課長級以上)では、68.4%である。
(※2)残業時間=1カ月の総労働時間―(1日の所定内労働時間7.75時間×19日)として計算した。
(※3)週5日労働×4週間=20日とする。また月1日程度祝日があるため、1日分減算した。
(※4)原則となっている年360時間の上限を、月平均30時間の時間外労働と考えた。1日の所定内労働時間7.75時間×19日+30時間=177.25時間。よって月178時間以上を、労働時間の上限を超えて、残業代をもらっている人の基準とした。
(※5)原則となっている最大月45時間の上限を、時間外労働の最大値と考えた。1日の所定内労働時間7.75時間×19日+45時間=192.25時間。よって、月193時間以上を、労働時間の上限を超えて、残業代をもらっている人の2つ目の基準とした。
(※6)総務省「労働力調査」より計算した。以下同様である。
(※7)雇用者のうち、グループA(グループB)かつ労働時間が月193時間以上の人は4.3%(3.2%)となった。

参考文献:Kuroda, S., and Yamamoto, I. 2016. “Workers’ mental health, long work hours, and workplace management: Evidence from workers’ longitudinal data in Japan.” RIETI Discussion Paper, 16-E-017, Research Institute of Economy, Trade and Industry.

茂木洋之(リクルートワークス研究所/研究員・アナリスト)
・本コラムの内容や意見は、全て執筆者の個人的見解であり、所属する組織およびリクルートワークス研究所の見解を示すものではありません。