労働政策で考える「働く」のこれからキャリアは、自分と、「人的ネットワーク」の2つでつくられる

キャリアトランジションは自分だけではできない

キャリア形成に関する既存の調査研究では、年齢や学歴、職歴や、能力、志向といった、本人の特性に着目することが非常に多い。キャリアとは本人が働いてきた軌跡なので、本人の特性に注目するのはきわめて自然だ。しかし、「組織で働く」という行為は、複数の人員で構成される集合体において、自分自身が何らかの役割を果たすことであり、他者とのかかわりなくして成立しない。キャリア形成において「人とのかかわり」は、本人の特性同様、本質的な意味をもつはずである。

実際、このような問題意識のもと、既存の調査研究を読み込んでいくと、キャリア形成のさまざまな場面における「人的ネットワーク」の影響を指摘している調査研究にいくつも出会う。そこで本稿では、人的ネットワークが、就職や転職、起業などのキャリアトランジションにどのような影響をもたらすのかについて、代表的な研究概念をいくつか紹介する。

「人的ネットワーク」とキャリア形成

最初に、人的ネットワークの定義について整理しておこう。我々は「100年キャリア時代の就業システム」における8つのカテゴリーの1つに、「人的ネットワーク」をおいた。ここでの人的ネットワークとは、個人のキャリアにおいて「家族や友人、人脈が、キャリアトランジションや幸福感の基盤となる」ものであり、人的ネットワークには、家族・友人・人脈と幅広い人間関係が含まれる。

このような人的ネットワークとキャリアトランジションの関係を表す代表的な研究概念には、以下のようなものがある。

<人的ネットワークとキャリアトランジションの関係>

  • 他者を通じてキャリアを選択する「モデリング」
  • 就職や転職など、新たな仕事情報を伝達する「紐帯」
  • 入社後の組織適応を促す「社会化エージェント」
  • 深刻な貧困につながる「社会的降格」

図表1 人的ネットワークとキャリアトランジション
※筆者作成

「モデル」の存在によってキャリア選択が変わる

まず、就職や起業といった個人のキャリア選択は、「モデル」の影響を受けることが知られている。たとえば、下記のような話を聞くことはないだろうか。

  • Aの両親は2人とも仕事でよく海外に行く。Aも大学生のときに留学した後、グローバル企業に就職した。
  • Bの学校の先輩はみな、地元で就職して、仕事や遊びで県外にでることもほとんどない。Bも地元の会社に就職するつもりだ

Aも、Bも、身近な人の働き方をモデルにして(モデリング)、そのモデルと同じようなキャリアを目指している。ある職業についている人が身近にいれば、就職の選択肢にその職業が入るのに対し、そのような人がいなければ選択肢にはなりにくいことや※1 、周囲に起業家がいるかが、起業を志すかに影響を与えることが知られている※2

このように、個人が、他者の行動やその結果を観察することで、何かを代理的に経験し、行動が変化する事象を説明するのが、アルバート・バンデューラの「社会的学習理論」である。人はモデルを見ている間に、モデルの活動の象徴的な特徴を学び、これを自身が同じことを行うときの道標とする※3

就職先や転職先の情報は「紐帯」によってもたらされる

仕事を探す主な手段には、求人情報サイトやハローワークに加え、「縁故」がある(図表2)。家族や知人、以前の仕事の同僚は、本人の能力や適性について理解しているため、縁故は効率的・効果的な入職経路となり得る。フリーランスが仕事を獲得するうえでも、人とのつながりは重要である※4

図表2 転職入職者の入職経路
出所:厚生労働省「平成29年雇用動向調査結果」より作成

人的ネットワークが、キャリア選択の情報伝達経路となることを体系化したのは、マーク・グラノヴェターの「弱い紐帯の強み(The Strength of Weak Ties)」の理論である※5 。グラノヴェターは、人同士のかかわりを、家族や職場の同僚のように毎日顔を合わせる「強い紐帯(Strong Tie)」と、学生時代の友人やかつての仕事仲間といった「弱い紐帯(Weak Tie)」に分け、ふだん接点をもたず、知っている情報が異なる「弱い紐帯」のほうが、転職に役立つ情報をもたらすことを実証した。

その後の研究により、就職と転職、ブルーカラーとホワイトカラー、日本と米国、調査の実施時期によって、「弱い紐帯」と「強い紐帯」の影響は異なることが明らかになっているものの、新たな仕事に関する情報入手と人的ネットワークには密接な関係があることは確かである※6

「社会化エージェント」が入社後の適応を促す

就職や転職などのキャリアトランジションを通じて、新たな組織に参入した個人が次に直面するのが「組織社会化」である。組織社会化とは、その組織ならではの規範や仕事の進め方を身につけ、組織の一員になることであり、ヴァン・マーネンやエドガー・H.シャインによって理論化された※7

企業による組織社会化施策の例

  • 人事部がSNS上で内定者のコミュニティを運営する
  • 転職者の受け入れ時に相談相手となる先輩社員をおく
  • 海外事業所に異動する社員に、駐在経験者から経験談をレクチャーする

組織社会化がうまくいけば、満足度やモチベーションは向上し、失敗すれば、離職意向や早期離職につながることがわかっている。この組織社会化を促す存在を「社会化エージェント(Socialization Agent)」という。社会化エージェントの代表的なものが、上司やメンター、同僚などである※8

労働市場の流動性が高い海外では、組織社会化への関心は高く、膨大な研究蓄積がある。一方、日本では発展途上のテーマではあるものの、近年、社会化エージェントに焦点を当てた研究が増えつつある。特に「即戦力採用」として、入社後の立ち上がりを転職者に任せきりにしやすい中途採用においても、上司や同僚によるサポートの重要性が指摘され始めている※9

キャリア形成を困難にし、貧困につながる「社会的降格」

ここまで、人的ネットワークがキャリアトランジションを促進する理論について紹介してきた。反対に、人的ネットワークの喪失と、キャリア形成や経済的な困窮が相補的に進んでいくことも知られている。

  • 20歳代・卒業後就職できず→非正規→正規→給与が支払われないため退職→家族関係が悪化→ネットカフェ生活
  • 40歳代:正規・現業→正規・現業・非正規繰り返し→家族関係上トラブル→寮へ移動→退職・退寮→建設日雇い・野宿生活

出所:特別非営利活動法人釜ヶ崎支援機構・大阪市立大学大学院創造都市研究科
『若年不安定就労・不安定住居者聞取り調査』報告書 ―『若年ホームレス生活者』への支援の模索」

これは、釜ヶ崎支援機構と大阪市立大学が聞取りを行ったネットカフェ難民などの事例の一部である※10 。ほかにも、仕事や収入が不安定になる過程で、人的ネットワークが失われていく事例がいくつも出てくる。

仕事を失い収入が途切れると、家族関係が悪化し、それにより家を出ざるを得なくなる。住所がないと定職につけず、ますます経済的に困窮する。金銭的なゆとりを失えば、知人に会うこともできない。借金を繰り返せば、周りの人は離れていく。事態がさらに悪化すると、カウンセラーなど福祉の支援者とも関係を断ってしまう。

このように、貧困にいたる過程で、カウンセラーや知人、家族といった人的ネットワークを失い、それにより事態が不可逆的に深刻になっていくことを、セルジュ・ポーガムは「社会的降格(Social Disqualification)」と表現した※11 。社会的降格で見られるように、社会生活を送るのに必要な財や社会関係が欠けていることを社会的排除という。逆に、そのようなものが満たされている場合を、社会的に包摂されているという。

豊かな人的ネットワークが、明るいキャリア展望を生む

以上、キャリアトランジションと人的ネットワークのかかわりについて紹介してきた。ここで取り上げた研究や理論は、人的ネットワークとキャリア形成の関係を表すものの一部でしかない※12 。それにもかかわらず、人的ネットワークは、キャリアトランジションにさまざまな形で影響を与えていた。

人的ネットワークの重要性は、リクルートワークス研究所の分析でも明らかになっている(図表3)。ふだん、「同じ部署の同僚」だけとつき合っている人よりも、「社外ネットワーク」「スクール・講座・大学」「ボランティア・NPO」など、社外のコミュニティにも所属している人のほうが、これからの人生やキャリアに対して、明るく、前向きなイメージをもっているのである。

図表3 所属コミュニティと「キャリア展望」の関係
※値は因子得点。
出所:リクルートワークス研究所「人生100年時代のライフキャリア」

あらためて考えてみれば、「働く」とは社会参加の一形態のため、社会関係である人的ネットワークとキャリアトランジションに密接な関係があるのは当然である。近年、職業寿命の長期化により、キャリア形成の重要性が増している。キャリア形成に大きな影響を与える人的ネットワークにも、もっと注目すべきである。

人的ネットワークに関するキャリア政策の検討

海外も含めれば、人的ネットワークに関する研究蓄積は多数あるものの、どのような人的ネットワークをもつかは個人の自由であるため、あらゆる政策介入がただちに認められるわけではない。節度のある政策検討が必要なのは言うまでもない。その一方で、誰もが十分な人的ネットワークをもっているわけではないからこそ、人的ネットワークに関する知見の蓄積や検討が必要でもある。大きく3つの政策検討が必要だと思われる。

まず、長期的なキャリア形成の節目に人的ネットワークが与える影響に対する知見の蓄積である。長期雇用のもと内部労働市場が高度に発達してきた日本では、海外に比べ、労働移動と人的ネットワークの関係についての研究が少ない。今後は、職業人生の長期化により、転職や起業する個人が増えていく。人的ネットワークという観点からキャリアトランジションのメカニズムを解明し、施策を検討していく必要がある。

次に、人的ネットワークとキャリア形成の関係を、当事者である個人にしっかりと伝えていくことである。どのような人的ネットワークをもっていれば、個人のキャリアトランジションが円滑になるかの構造的な知見を、現時点では、一般的な個人はほとんどもっていない。人的ネットワークに関するトピックスを、キャリア教育の授業や、キャリアコンサルタントの資格試験に組み込むことで、知識の伝搬ができるようになる。個人の知識が増えれば、長期的には、その個人が企画する企業の施策や社会の制度も変わっていく。そのためにも、個人に情報を伝えていくことが非常に重要である。

最後に、人的ネットワークに関する調査研究にもとづく、具体的な施策の設計である。たとえば、「人物の特徴を知る社員を介した採用のほうが、適切な評価ができる」という知見からは、かつて自社を辞めた社員の「出戻り歓迎」施策が出てくる。かつての同僚の多くが優秀だというのであれば、その人物が再び活躍する可能性は高く、「一度辞めたら二度と会社の敷居をまたがせない」といった慣習は不毛でしかない。

また、モデリングの知見からは、キャリア教育のプログラムで、学生が目標とし得る人物との出会いを組み込む重要性も浮かび上がる。だが、キャリア教育の授業では、外部から人を招聘する予算のないものもあると聞く。講師による講義だけが、キャリア教育として最善かは再考の余地があるだろう。

このような具体策に関しては、どのような施策が有効かを調査したうえで、助成金や事業化を検討していくことが期待される。

個人のキャリア形成は、ともすれば個人だけで行うものだと考えてしまいがちだ。しかし、実際には他者とのかかわりのなかで、学び、成長し、新たなチャンスを得ていく。職業人生が長くなり、キャリア形成の重要性が増しているからこそ、人的ネットワークという観点からキャリア形成施策を再考する時期に来ている

※1  Danesh Karunanayake Margaret M. Nauta(2011),"The Relationship Between Race and Students' Identified Career Role Models and Perceived Role Model Influence"
石黒 格、杉浦 裕晃、山口 恵子、李 永俊 (2012)『「東京」に出る若者たち―仕事・社会関係・地域間格差』
※2  Robert F. Scherer, Janet S. Adams, Susan S. Carley, Frank A.Wiebe(1989)"Role Model Performance Effects on Development of Entrepreneurial Career Preference"
リクルートワークス研究所(2018)「産業政策からキャリア政策としての『起業』」/column/item/policy/1802_05/
※3  A.バンデュラ(2012)『社会的学習理論 オンデマンド版―人間理解と教育の基礎』
※4  ダニエル・ピンク(2014)『フリーエージェント社会の到来―組織に雇われない新しい働き方』
※5  M.グラノヴェター(1998)『転職―ネットワークとキャリアの研究』
※6  渡辺 深(2014) 『転職の社会学―人と仕事のソーシャル・ネットワーク』
※7 Schein, E. H. (1967), "Organizational Socialization and the Profession of Management,"  Industrial Management Review, Vol. 9, pp. 116.
Van Maanen, J. and E. H. Schein (1979). "Toward of Theory of Organizational Socialization," Research in Organizational Behavior, 1: 209-264.
※8  Fisher, C. D. (1986), "Organizational Socialization: An Integrative Review," In Rowland,   K. M. and G. R. Ferris (Eds.), Research In Personnel and Human Resources Management,
Vol. 4, pp. 101-145.
※9 『経営学習論―人材育成を科学する』中原 淳
リクルートワークス研究所(2017)「メンバーシップ型の日本での転職―『転職=即戦力』幻想の先へ」/column/item/policy/1712_03/
※10 特別非営利活動法人釜ヶ崎支援機構・大阪市立大学大学院創造都市研究科(2008)「『若年不安定就労・不安定住居者聞取り調査』報告書―『若年ホームレス生活者』への支援の模索」
※11  セルジュ・ポーガム(2016)貧困の基本形態―社会的紐帯の社会学
※12  夫婦のキャリア形成では、役割分業や同調行動が見られることなどもよく知られている。

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中村天江(文責)
大嶋寧子
古屋星斗

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