フランスの「働く」を考える接続を切る権利(フランス企業の導入事例)

2017年から施行された「接続を切る権利」はフランスの専売特許と⾔われるものの、法的拘束⼒がないことから、従業員の「権利」を具体的にどのように尊重するか戸惑う企業も少なくない。3度のロックダウンでテレワークが急激に発展し、テレワークを行う従業員の働きすぎる傾向が問題視されるポストコロナにおいて、より一層「接続を切る権利」への注目度は高い。施行から5年が経過し、具体的な変化を求めて積極的に取り組む企業や、形式的に憲章を掲げるのみの企業など導入方法は様々だ。試行錯誤を重ねたフランス企業の現在の状況を具体例を通して考察してみたい。

従業員の判断に任せる「信頼型」

様々な斬新な取り組みで名を知られるHRのパイオニアでもある、ネスプレッソ・フランスでは、2018年に社員のQOWL(※1)向上に関する企業合意の枠内で「接続を切る権利」を導入している。勤務時間外はサーバーをブロックするという案も検討されたが、あえて実行には移さなかった。柔軟さを優先し、従業員の労働者としての「成熟度」を試す方向を選択した。

勤務時間の厳格な管理は、従業員の生活事情を尊重する就業形態に支障をきたす恐れがある。平日は託児所に子供を迎えに行くために早めに退社する代わりに、日曜日の夜にゆっくりと作業したいという幼い子供を持つ親への柔軟性がその例だ。つまり「接続を切る権利」の存在とその実効性については、管理職、従業員の両者が熟知していることが前提で、その上で、具体的な導入方法については成熟した一人の労働者としての判断に任せるという「信頼型」を取っている。

大量の電子メールにストレスを感じている

ネスプレッソ・フランスは「接続を切る権利」の延長線上の取り組みとして「デトックスメール」プロジェクトを発進させた。これは、従業員を対象にしたQOWL向上に関するフラッシュ調査において「受信するメール数が多すぎることをストレスに感じる」と表明した従業員が大半だったことが発端で始まった。大量の電子メールは、地球を汚染することに加えて、対応するための時間は無駄に長く、受信ボックスに未読メールが増えれば増えるほどストレスを募らせるなどのマイナス面が多い。また、従業員同士の対面コミュニケーションが減る原因になるなど、QOWLの面からも指摘できる部分は多かった。

「デトックスメール」プロジェクトは2019年夏期休暇直前にスタートした。仕事の効率とQOWLを改善するために、「10の実践」とともに3週間にわたってまずテストが行われた。「10の実践」は、例えば「着信メールのアラートを消す」「Outlook機能でメールの受送信可能な時間を設定する」「1日に対応するメールの限度数を決める」「口頭で済ませる癖をつける」などである。テストが開始されてから、送受信されたメールのデータを取り、従業員全員で日々統計をシェアするなどして、プロジェクトが参加型であることが強調された。

テスト期間終了後の分析結果では、メール受送信数はテスト前と比べておよそ3分の1に減った。また、テスト期間終了後もメール受送信のデータ診断ツールはいつでもアクセス可能に設定し、従業員が随時統計を観察することができるようにした。メール数が減ると従業員同士の会話は自然と増えた。また、QOWLの新たなプロジェクトが従業員側から多く提案されるなど、思いがけない嬉しい誤算もあった。ネスプレッソ・フランス社での取り組みは反響が大きく、その後多くの企業で取り入れられた。

「デトックスメール」プロジェクトは2019年の「Bloom at Work」アワード(※2)において「ゼロユーロのアイデア賞」を受賞している。ネスプレッソ・フランスのHRは社員らの要望を上手く汲み取り、彼らと力を合わせて試行錯誤を重ねることで、押し付けではない実質的な「接続を切る権利」を導入し成功に導いている。

勤務時間中の「接続を切る権利」

17のグループ会社、1万4000人の従業員がいるトータルでは、2019年に「接続を切る権利」を含めた企業合意 « One Total, Better Together » が締結・導入された。「接続を切る権利」については、全従業員の88%が導入に賛成している。30歳以下のマネジャークラスでは、95%が賛成していることから、待望の制度であったことがうかがえる。合意が結ばれてすぐに、HRを中心としたチームが結成され、まずは社内でのPR活動がスタートした。研修やワークショップを開催し、具体的な対策を普及していった。トータルでは、従業員が勤務時間外に受けたメール、電話、メッセージに対応しないことで「キャリア、昇給、評価に支障をきたすことは一切ない」とするスローガンを明確に掲げている。

企業合意には、仕事で使用するPCなどを勤務時間外に使用することを避けるため、自宅へ持ち帰らないようにする、という一文が存在する。また「接続を切る権利」が効果的に作用するためには、マネジャーが部下の仕事量について正確に把握する必要があるため、定期的に面談が行われる。また、仕事のノルマは「接続を切る権利」を考慮したボリュームであるべきとされている。

なお、トータルでは、勤務時間内であってもそれがランチ休憩などの休憩時間であれば、勤務時間外とみなされ「接続を切る権利」が適用される。フランスでは現在トータルの例のように、勤務時間内の「接続を切る権利」が議論されるようになっている。ITの発展で、ランチ休憩時、中抜け時など、いつでも「繋がり」続けられる。フランスでは、そうした状況を改善しようとする動きが活発になっている。

14万人の従業員を抱える巨大な組織であるオレンジ(旧フランス・テレコム)でも同様の動きがある。オレンジは人事マネージメントの先駆者であり、様々な工夫に富んだアイディアを導入していることでも知られる。「接続を切る権利」に関する企業合意も、他社に先んじて早々と2010年に締結している。そんなオレンジが最近熱心に取り組んでいるのが、勤務時間内の「接続を切る権利」だ。昼食時間はもちろんのこと、会議中にも適用される。会議中の電話やメールの受信は従業員の集中を妨げるとして問題視され、会議が始まる前に参加者の携帯の電源をオフにする。これはテレビ会議などを行うテレワーク中の従業員にも適用され、明確な対策として従業員からの評価も高い。具体的に効力のある取り組みが従業員の意識に働きかけ、「接続を切る権利」の普及に役立っている。

なお、オレンジではテレワークを導入する従業員に対しオンライン研修を行っているが「時間をコントロールするテクニック」と題された項目の受講が必須となっている。これは、ポスト・パンデミックの超デジタル時代におけるハイパーコネクション状態をどうやって抜け出すか、オンとオフの付け方を明白に示す内容だ。また、デジタル化に関する企業合意では、取り組みの具体例の一部に、希望する従業員やチームについて、メール、電話、ズーム会議、チャットなどに費やされた時間を算出し、データを分析して、ハイパーコネクション状態を解決する手立てにするというものがある。ハイパーコネクションが続く従業員を割り出し、データから編み出された解決策が個々に提案されるという。

アラートメールの抑止効果

ラ・ポスト(仏郵便)はフランスが「接続を切る権利」を法制化する以前の2015年に、すでに同様のルールをQOWLに関する企業合意で導入している。勤務時間外のメールと電話の使用方法について、「送ることを避け、受け取っても対応しない」というシンプルなルールを確立している。例えば、勤務時間外にメールを送ろうと送信ボタンを押すと「接続を切る権利」についてのルールが表示され「このメールは勤務時間内に送られるべき」というアラートが表示される。どうしてもメールを送らなければならない場合は、もちろん送ることはできるが、幾つかの段階を経る必要があるため抑止効果が高い。ラ・ポストでは「接続を切る権利」が保証される時間帯は月曜日から金曜日の20時から7時半の間と、土曜日・日曜日の終日である。特にマネジャークラスには、模範的行動が求められている。

ミシュランでは、2016315日に主にマネジャーの作業量を制御する目的で「接続を切る権利」に関する企業合意が結ばれている。勤務時間外に電話やメールを送ることは控えるようにすること、またその間に受けた電話やメールに対応する必要はないという内容だ。なお、現在ミシュランでは主にリモートで仕事をする従業員に対するアラートに注力し、勤務時間外での仕事をできる限り制限しようという動きがある。具体的には、従業員が月に5回以上勤務時間外で会社のサーバーに接続を行った場合、その従業員のマネジャーにアラートメールが送付される。メールを受け取ったマネジャーには、従業員と面談を行う義務が発生し、仕事のボリューム、仕方、改善点などについて話し合いが持たれる。

コロナ危機を経験し、ポスト・デジタル時代を生きるフランスの労働者にとって「接続を切る権利」は、多様化するワーク・スタイルを成功に導く一つの重要なツールである。今回のリサーチで多くの従業員と話をする機会に恵まれたが、中には所属企業が憲章を掲げるのみで、具体的な取り組みを怠っていると不満を訴える人も多かった。一方、自ら率先してQOWLを実践し、企業側を動かすような行動力を示した人もいた。労働者のそれぞれが必要なレジリエンス力を身につけ、環境の変化や危機に備える時代となったのだ。テクノロジーとの関わり方は今後も大きな課題であり、個人・組織のレジリエンス力が試される時代となることは確実であろう。

(※1)Quality of Working Life(クオリティ・オブ・ライフ)
(※2)「Bloom at Work」アワードはフランス産のQOWLアワードとして広く認知されており、特に、プロジェクトレベルで申請できるため、手軽なところも相まって毎年多くのプロジェクトから応募がある

TEXT=田中美紀(客員研究員)