3.義務教育からシニア層まで続く自律的なワークスタイルの提供

 

 

フィンランド労働健康研究所

 フィンランド労働健康研究所は、労働者の健康維持と職場の機能改善のための調査・研究を行う研究機関で、研究所のスタッフは約800名。中央研究所のほか、6カ所の地域研究所がある。

 

 

 

 

 

 

<フィンランド労働健康研究所 マリオ・ワッリネン博士> 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィンランドの自律的な人材の育成は義務教育段階に始まり、シニアまで及ぶ。フィンランドでは、国立の労働健康研究所がワークアビリティという概念を開発し、人間は図のように健康をベースに、コンピテンス、価値観、仕事内容の4つの階層から労働能力が構成されていると分析している。また、長年にわたり、人の労働能力の追跡調査を行ってきた。

 

 その結果、マリオ・ワッリネン博士は、「上司との関係が良好で自由度の高い働き方をしている人は、そうでない人に比べて長く働くことができる傾向がある」ということがわかったという。

 

 フィンランドでは、ワークアビリティ理念と密接した運動が展開され、官民挙げてシニアの労働力向上に着手した。

 

 たとえば、政府は、高齢者の法定雇用義務を2005年から68歳まで延長し、それまで60歳から65歳まで働いた場合は年金加算金を2.5%上乗せしてきたが、63歳から68歳まで働いた場合には4.5%にまで引き上げている。こうした取り組みの結果、フィンランドでは1990年代半ばには20%を切っていた60歳から64歳の労働人口比率は40%以上に、65歳から69歳の労働人口比率も5%から10%以上に倍増した。

 

 そして、シニアの人たちがより健康で生き生きと働くことができる取り組みを率先してモデル的に取り組んだ企業が、ヨエンスーにあるアブロイ社である。

 

 

 

 

 

アブロイ フィンランド・ヨエンスー

 カギ・セキュリティ設備では世界トップクラスのシェアを占めているアブロイ社。世界90カ国に輸出。創業は1920年。2001年からシニアがより長く生き生きと働くことができる「高齢マスタープログラム」を採用し、世界的に注目を集めている。社員数は750人。

 

 

 

<アブロイ HR担当次長 ヘイキッ・ポウティアイネン氏 プロフィール>

 

 現在66歳で勤続46年目を迎えた。従業員としては最も長い勤続年数を誇る(年齢では68歳の従業員が最年長)。

 

 

 

 

 

 

 

<アブロイ シニアクラブ会長 トゥーラ・スウィフコ氏 プロフィール>

 

 55歳以上の従業員から構成されるシニアクラブのリーダーで、2014年6月5日に勤続40周年を迎える。夫も同社で勤続40周年を迎えたほか、息子も今年20周年を迎える。

 

 

 

 

 

 


 フィンランド発高齢マスタープログラムとは

 

 

 勤続46年と従業員のなかでは最長の勤続年数となるヘイキッ・ポウティアイネン氏は、「20年前はたくさんの若手が入り、若い人たちは『おじいさんは、ここから追い出そう』という態度だった」と言う。それが今では、「シニアを尊敬し、あと何年かすれば高齢マスターになれる」という空気に変わったと、プログラム導入の成果を説明する。

 

 社員は55歳になると高齢マスタープログラムの対象になる。もともとアブロイ社の勤務体系は、1日8時間働き、1週間にカギ製作のノルマをこなせば、出社・退社時間には柔軟性があった。それに加え、プログラムでは「高齢マスター休暇」が与えられる。たとえば、59歳だと年間5日、63歳では10日間である。また、費用の大半を会社の負担で観劇、スポーツなどレクリエーション活動を行うことができるほか、専門医による出前の医療講座を会社で受講することも可能になる。勤続40周年の場合は、ホテルで盛大に顕彰され、1カ月のボーナス休暇がさらに付与される。

 

 シニアクラブ会長のトゥーラ・スウィフコ氏は、「高齢者は仕事の疲れからの回復に時間がかかる。だから、ボーナス休暇は、若い人以上にありがたみがある」とし、彼女自身は高齢マスター休暇にはクロスカントリースキーに出かけるという。

 

 58歳になると腹筋、腕立て、2キロのウォーキングという体力検査もある。彼女によれば、この検査に「合格・不合格」ということはないが、もし足を悪くして立てなくなったなどの場合は配置替えになると言う。

 





暗黙知を継承する補完関係の構築でシニアが尊敬、尊重される企業へ

 

 

 高齢者はたくさんの知識とノウハウという暗黙知を持っている。アブロイ社が2001年に高齢マスタープログラムを始めたのは、暗黙知をどのように若手に継承していくかということが出発点であった。高齢マスタープログラムの本質は、シニアが尊敬・尊重され、大事にされているという点だ。

 

 ポウティアイネン氏は、「シニアが尊敬される要因は、チーム内でのシニアによる若手への労働指導がある」と言う。アブロイ社では、シニアと若手の補完関係を念頭に置きながらチーム構成を行っている。アブロイ社は、こうしたシニアによる若手社員への暗黙知の継承がシニアの自信、若手のシニアへの尊敬の念を生むとしている。

 

 フィンランドの年金制度は、63歳未満で職員が退職し年金を受給した場合、雇用していた企業が年金費用の80%を負担しなければならないという法律がある。この法律の存在が、企業が長く従業員を雇用しようとするインセンティブになっている。

 

 それでも、フィンランドで高齢マスタープログラムを採用し、シニアのリテンションに取り組む企業はそう多くはない。ポウティアイネン氏は、アブロイ社の高齢マスター休暇について、「なぜ、給与を払って休ませるのか」などと、ほかの企業から聞かれることがある。しかし、ポウティアイネン氏は、実は、高齢マスターのほうが若手や中堅社員よりも病欠が少なく頼りになる存在であること、そして何よりも会社の内外に社員を大切にしている企業という「社徳」を示す意義があること強調した。ヨーロッパのメディアを中心に取り上げられることが増え、最近もオラス社という水道部品メーカーから高齢マスタープログラムを学びたいというオファーを受けた。アブロイ発のシニアマネジメントが広がりつつある。

 

 

 

<アブロイ OB会長 マウリ・ハクリネン氏 プロフィール>

 

 自動車の修理工場でマネジャーや教師を経て1971年にアブロイ社に入社。アブロイ社のOB/OGで構成されるOB会(会員数145名)の会長を務める。現在74歳。長女と2人の孫を持ち、現在は妻と2人で暮らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

老後に悠々自適の生活をもたらす在職中と退職後の連続性


 2005年に65歳でアブロイ社を退職したマウリ・ハクリネン氏。

 

 現在は、妻と2人で月額約80万円程度の年金を受け取る。税引き後でも50万円ほどは手許に入る。ローンの支払いを終えた自宅と別荘、車2台を所有し、うち1台はキャンピングカー。この車でヨーロッパを回ることもある。ホテル代がかからないため、旅行費用は年間30万円程度。年金から支出し、余ったお金は貯金にまわしているほどだ。

 

 ハクリネン氏によれば、こうした生活水準は、「恐らくフィンランドでは中の上、30%くらいではないか」という。公的年金がハクリネン氏の生活の下支えとなっているのは間違いない。

 

 しかし、彼にとって大事なことは今をどう生きるかということだ。彼は、アブロイ社の高齢マスタープログラムを4年間経験した。少しずつ増えていった休みを活用して、かつてはよく行っていたスキーを再び始めたり、モーターレースの運営に関わった。ハクリネン氏によれば、年々労働環境が厳しくなるなかで、「収益に重点を置く仕事や会社に、人間性を吹き込んだ」と高齢マスタープログラムを評価する。

 

 以前は、会社の繁忙期にOBが駆り出されたこともあったが、現在では若い人たちの仕事を奪わないよう、カギの試作品のモニターとして会社に協力する程度の関わり方だ。

 

 しかし、ハクリネン氏の日常は忙しい。厳寒期にマイナス20度を下回ることもあるこの地域で、日々、クロスカントリースキー、ジム通いをしながら、近くに住む孫の世話もする。取材をしたときも、「湖に隣接したサウナに行き、冷水浴のため凍った湖に穴を開けて飛び込む」と微笑んだ。

 

 退職後にやりがい、生きがいを見出せず要介護に陥ってしまうシニアは少なくない。在職中から徐々にやりがい、生きがいを見出し、退職後にそれまでの生活を断絶させないこと。これが悠々自適の生活をもたらすことをハクリネン氏は教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

▲ページTOPへ戻る