Section1:世界で評価を受けた研究者

杉本氏は現在、メゾスコピックの研究に取り組む。修士課程の院生としては例が少ない、ファースト・オーサーとして数々の論文を執筆した。大学3年生までは“普通”の学生だった彼が、研究室に入り、急に火が点いた。そのきっかけとは?

 

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杉本 泰氏(神戸大学 大学院工学研究科博士課程)

 

Hiroshi Sugimoto_1989年生まれ。大阪府堺市の公立高校卒業後、神戸大学工学部電気電子工学科に進学。3年生の後期から藤井稔研究室に所属し、メゾスコピックの研究に取り組む。メゾスコピックとは、マクロスコピック(巨視的/目に見える大きさの物質)とミクロスコピック(微視的/1ナノメートル以下の微細な原子)の境界部分に位置する物質の領域のこと。杉本氏はEuropean Materials Research Societyなど国際会議での発表の機会や、「ヤング・サイエンティスト・アワード」の表彰につながった。

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  聞き手 中竹竜二氏(日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)

 

 

 

修士のときに、博士課程を対象とする賞を受賞

 

中竹 杉本さんの研究は国際的に評価されているとのことですが、そもそもどんな研究をしているのですか?

 

杉本 半導体技術の進化はご存じの通りめざましく、2010年の時点で開発された「Core i7」は、1センチメートル四方程度のチップの上に10の8乗個、つまり1億個以上のトランジスタ(信号を出す素子)が乗っていることになります。この数はどんどん増えていっていますし、処理能力も加速度的に増しています。数の増加に伴ってより小さい素子が必要であり、そのため、ナノスケールの半導体の研究がより重要になってきています。

 僕は、数ナノメートルの半導体結晶(半導体ナノ結晶)について研究しています。特に液体に溶かした半導体ナノ結晶を対象としており、この液体を何かの表面に塗布し、水分を蒸発させると、半導体のナノ結晶だけが残った膜ができる。インクジェットプリンタで出力するかのように、大面積電子デバイスを簡単に作成できることから、盛んに研究が行われています。しかし、半導体ナノ結晶は溶液中で容易に凝集してしまうという問題があるのです。凝集すると、凹凸ができて均一な膜にならず、間に空間ができてしまう。結果、電流が流れず、電子デバイスとしての意味を失うのです。たとえば太陽電池というのは、光を電流として取り出す仕組みです。いくら発電してもそのプロセスで取り出せなかったら、何の意味もないということになります。これを解決するためにさまざまな研究が各国で行われていますが、その成果の1つが僕の研究です。単純化して言えば、ナノ結晶の表面に導電性の層を作ることで、溶液中で安定して分散しながら、電流もしっかり流れるものを開発しました。論文を4本投稿し、基本的には博士課程を対象とする「ヤング・サイエンティスト・アワード」を修士課程で受賞することができました。

 

中竹 ファースト・オーサー(筆頭著者)として論文を書くのは、修士の学生では珍しいことだといいます。それはどんな意味を持つのですか?

 

杉本  ほとんどの大学で、修士課程の学生が研究に携わる場合、先生の指示に従って実験の作業にあたることがほとんどなのです。ファースト・オーサーとは、研究のアイデアを発想し、そのやり方やプロセスをデザインして実際に実験も行った人です。ですから、作業を主に担当する修士の学生がファースト・オーサーになることは、普通ないのです。一般には博士課程以上ですし、修士の学生自身もそんなことができるとは思っていません。

 僕の場合、担当教授である藤井稔先生に研究のアイデアを持ちかけたところ、「面白い」とおっしゃって、実験にGOサインを出し、また、そこで得た成果を僕自身に論文として書かせてくださった。だから、ファースト・オーサーになり得たのです。

 

 

 

 

「任せて、やらせればできる」と心から信じる師の存在

 

中竹 1つは、藤井先生の教育方針のおかげ、ということになりますね。

 

杉本  そうです。そもそも、神戸大学は自分が合格できる偏差値の範囲から選んだだけなんですが、結果としてはすごくよかったと思います。電気電子工学系の研究室は就職に有利で、博士課程にあまり研究者がいない。そんな理由で「上の空洞化」が起こっているのです。一般的には作業しかできない修士だった僕が、ファースト・オーサーとして論文を書けたのは、そんな背景がまずあります。

 そして、もちろん、おっしゃる通り、先生の人柄によるところがいちばん大きいですね。先生自身が神戸大学の出身で、自らを特別視するような意識がそもそもない。どこかで急に火が点いて、頑張って教授になった人なんです。だから神戸大学の学生に対して、「任せて、やらせればできる」と心から信じているのだと思います。

 

中竹 杉本さんご自身には、火が点いた瞬間はあったんですか?

 

杉本  はい。3回生までは、正直、特に頑張ることもない普通の学生でした。バイトと麻雀に明け暮れ、修士には行くつもりだったので「そこそこ勉強はしておこう」というような。自信が持てることも何もなかったんです。

 ただ、ふと我に返って、理系の学生にとって、座学の講義ばかり聞いていても意味がない、研究こそに価値がある、と気付いて、3回生の後期から早期配属制度を活用し、藤井研究室に入りました。そこで、一切、麻雀とも縁を切って。

 入って半年くらいは、まずは作業だけ。毎日毎日、朝から晩まで。時には徹夜もありました。すると、言われたことをやるだけでなく、何かそこに意味付けをしたくなる。これだけ徹夜したんだから、何かを得たいと思って必死に調べました。とことん考えて、考えたことを先生に提案して、承諾を得て実験をしたら、小さな成果が出た。それがすごく面白くて、そして、自分にもできるという実感を得て、そこから研究にハマっていったのです。

 

中竹 もう、一生、研究の道を究めるという感じですね。

 

杉本 いえ、そうでもないんです。今は、「この材料に気持ちが入っている」感覚ですね。僕たちの分野の場合、研究でいちばん価値があることは、誰もやっていないこと、新しいことで成果を出すことなんです。それに今、心を奪われています。だから今はこれがしたい、ということが大事ですね。ある著名な教授に「君くらいのときがいちばん楽しいよ」と言われたことがあります。何も考えずに研究に打ち込めることが幸せ、と、その教授は言いたかったのだと思います。

 だから、今はこの素材の研究に夢中ですが、もしかしたら次は企業に入るかもしれないし、全然違う仕事をするかもしれない。政治や経済、企業の動きにもすごく興味がある。研究で多様なモノの見方をして、それによって自分の考えを導き出すクセがついてから、テレビを見ても、新聞を読んでも「これはどういうことだろうか」と深く考えるようになりました。それによって、興味の幅も広がっています。だから何をやるかわかりませんが、いずれにしても、いつでも、夢中になれることに集中できる場で生きていたいと思いますし、それはできると思います。

 

 

 

 

研究一本でなくていい。自由に生きる人への憧れがある

 

中竹 日本人の多くは、そんな風に思えない。スポーツの分野がまさにそうで、その競技に邁進することが美学のようになっています。だから、「ほかのことは考えるな」という指導が現場では一般的です。しかし、最近では、海外のトップアスリートを見ると、ほかの競技やほかの分野で学んだことがパフォーマンスにつながっている例がいくつも出てきています。杉本さんは、なぜ、そういう考え方に到達したんですか?

 

杉本 国際会議などで、海外の学生や研究者、この分野で働いている人に会ったことが大きいですね。「一生サラリーマン」みたいな人が全然いない。博士号を取得しても、次のキャリアは特許庁だったり、コンサルタントとして活躍していたり。すごく、自由に幸せに生きている。そんな彼らに対する憧れがあるのかもしれません。

 

中竹 藤井先生も、その「憧れ」のうちの1人ですか?

 

杉本 そうです。今まで出会った人のなかで、いちばん楽しそうに生きている。だから付いていこうと思いました。先生は一度、民間企業の研究所に勤務して、そこでも成果を挙げられていたにもかかわらず、大学に戻ってきた。その理由は、「やりたいことがあるから」。そして、僕たちのような学生をたくさん抱えて、イライラすることもあると思うんですが、それでも「めっちゃ面白い。次、こうしたらいいんちゃうか」みたいな、いいリアクションで僕たちを鼓舞してくれる。こんな大人、見たことないな、といつも思います。

 

中竹 杉本さん以外にも、研究室で「火が点いた」学生はいるんですか?

 

杉本 「ハンダ付けやっておいて」と言っただけで、「教わっていないから無理です」という学生がいる一方で、先生や僕にインスパイアされる学生も出てきています。僕について言えば、僕のことを「すごい」と思っているというよりは、「なめている」と言ったほうが正しいかもしれません(笑)。僕自身がそもそもすごい学生ではなかったので、そんな僕が作業を一生懸命やって、そこで考えて成果を出した、ということに勇気付けられるのでしょう。後輩が、「こうしたほうがいい」「でもこうするとこういう問題が出てくる」というような会話を楽しそうにしています。僕も教授も、それはとてもうれしいことだと思っています。

 

中竹 周囲に楽しそうな大人がいる。それにインスパイアされる。企業にもそんな場が必要なのかもしれません。杉本さんの話を聞いていると、まさに「人は人で磨かれる」と確信できます。