Section1:世界に日本を発信する5人組

それぞれテーマを持って世界一周をした5人の若者による組織「CiRCUS(サーカス)」。「世界とのかかわり方をリノベートする」を理念に掲げて発足した。若い世代の個の可能性をつなげ、世界に発信していくことを目的とする、彼らの活動に迫る。

 

—————————————————————————————————————————————————————

◇青木 優氏(オーギュメントファイブ、アシスタントプロデューサー)

 Aoki Yu_1989年生まれ。商業高校から明治大学に入学。20万人の読者を持つブロガー。映像制作やイベント設計、メディア戦略に携わる

*写真左

 

◇大村貴康氏(一般社団法人日本国際化推進協会 代表理事、㈱営業課 取締役)

Takayasu Omura_1989年生まれ。世界の若者をつなぎ、「日本語ネットワーク」の構築に力を注ぐ。獨協大学卒業後、大手企業に入社。退職後、現職。

 *写真左から2番目

 

◇成瀬勇輝氏(CiRCUS代表、米国財団法人ジャパンエキスポ財団 参与)

Yuki Naruse_1989年生まれ。米国バブソン大学留学を経て、現在は日本文化や日本の若者を世界に出していくプロジェクトを主宰。

 *写真右から2番目

 

◇金田隼人氏(㈱営業課、取締役 人材戦略室室長)

 Hayato Kaneda_1990年生まれ。大学時代から、大村氏とともに活動。獨協大学卒業後、株式会社営業課に取締役として参画。

 *写真右

—————————————————————————————————————————————————————

 聞き手 中竹竜二氏(日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)

 

 

 

「大人」や「世界の若者」に触発されて世界一周

 

中竹 皆さん、全員が世界一周を経験しているんですよね? しかもバラバラに。

 

成瀬 はい。それぞれ時期も目的もまったく違いました。僕は「Nomad Project」と銘打って、世界の起業家に会うことをテーマにしていました。大村と金田は世界の学生をつなぐプロジェクト、青木は日本のポップカルチャーの伝道を、そしてもう1人、今日、ここにいない濱田真里は、世界で活躍する日本人女性のインタビューをしながら世界を回っていたんです。

 

中竹 なぜ、世界一周をしようと思ったのでしょうか?

 

大村 僕はある新聞で、「ゆとり世代が社会にやってくる」といった記事を読んで、どうしても納得がいかなかった。そこで、その新聞社を訪ねて、その記事を書いた人に会ったのです。そして、「ゆとり世代という言葉を入れると、多くの読者に読んでもらえる。内容的には、揶揄しているわけでもなんでもない」と言われました。そこで、もし僕が世界中を回って、僕らの世代のリアルな事実がその記事と違っていたら、擁護する記事を書いてほしいとお願いした。それがきっかけです。

 

成瀬 僕の場合は、米国留学中のショックが大きかった。起業家教育で有名なボストンのハブソン大学に通っていたのですが、そこは中国や韓国からの留学生が多く、日本人は僕1人だけ。「日本には世界で活躍する若手起業家はいないのか」とボコボコに言われるんです。ああ、それを僕らがやらなくちゃ、と思いました。本来は世代は関係ないのですが、20代にそういうカッコいいロールモデルがいない。だから、それを作るには、まず世界を旅して世界の若い起業家のことを知ろう。そして世界に若者を送り出して、日本の風土を変えていこうと思ったんです。

 

青木 僕は、それほどはっきりした思いがあったわけではありません。もともと高校の商業科に行っていて、偏差値がすごく低かった。大学に行きたいと言ったら、先生に無理と言われてしまい、それが悔しかったんです。そこから勉強を本格的に始め、明治大学に入学しました。大学時代には、インターンシップでネットショップの店長を任されました。そこで自分で考えたことで売り上げが伸びるのがうれしかった。トライして、成果を出す。この面白さにハマってしまって。いつか世界でビジネスをしたいと思って、だったら世界を見に行こう。そう思ったんですよね。

 

中竹 たくましいな、と思ったのは、皆さんがそれぞれ「スポンサー」を付けたり、独自の方法でお金を稼いだりしていることです。

 

成瀬 大村、金田は出発前に企業を回って、資金集めをしました。

 

大村 要は、内向き志向じゃないということを言いました。企業は今後グローバル化せざるを得ません。「御社は今後、世界に出る若者が必要になる。その役に立つことができる。それは、海外人材も、日本から世界に羽ばたく若者も、私が巻き込んでいくからだ」と。100社くらい回りましたが、「君の将来に出資するよ」といってくださって、お金を出してくれた会社がけっこうありました。部長が決済できる金額を戦略的に設定したので、出しやすかったのかもしれません。でも、こういう大人はいるんだと、うれしかったですね。

 

金田 僕の場合は、もうちょっと効率がよかったかもしれません。学生時代、ビジネスコンテストの学生の団体を主宰していて、そこで企業の人事と知り合う機会が多く、活動を評価していただいた。一緒にイベントやろうとか、そういう話もあって、ずっとお付き合いがありました。そういう方たちに、世界一周するときもご挨拶して出資していただいたんです。

 

青木 僕は、「商売」です。古着を買ってきて、mixiなどのSNSを通じて売りました。これが世界一周の資金になりました。自分でブログを立ち上げた後は、20万ページビューという、個人にしてはかなり多い読者が付いたおかげで、広告料が毎月自然に入るようになりました。

 

 

 

 

一人ひとりの世界観が変われば、世界は変わる。だから世界とつながる

 

中竹 世界一周を経て、今、皆さんは「日本」を発信して世界とつながろうとしている。それは、どんな思いを持ってのことなのでしょうか?

 

大村 「世界の若者をつなぐ」ということです。僕は世界27カ国を巡ってきたのですが、そこで世界の大学生と語り合いました。実際には苦労の連続で、毎日、大学に行って、学生に「飛びこみ営業」するようなものでした(笑)。でも、僕らの思いを伝えると、それこそ国費留学をするような優秀な学生たちと、「僕らが世界を変えるんだ、守るんだ」というような強い使命感でつながることができました。

 今でもそのつながりは生きていますし、彼らと今、SNSやスカイプでコンタクトを取りながら、日本をテーマにしたビジネスを立ち上げようとしています。

 そして、この世界の大学巡りは、次の代の金田、そして後の世代にも、というようにゼミの後輩に引き継いで、既に4期目。これがずっと続けば、世界は縦横無尽につながって、みんなが友達になる。そんなことをしたいんです。

 

金田 「世界を変える」ことを究極噛み砕いたら、一人ひとりの世界観が変わることだと思っています。その積み重ねが、徐々に世界のあり方に変化をもたらします。だから、世界の大学巡りや「Nomad Project」によって、日本人として日本の魅力を語り、一人ひとりがお互いの理解を深めて近い存在になることが、まずは必要。僕らが世界とつながろうとしているのはそういう理由です。

 もう1つは、実際に僕が世界を巡ったら、日本語を学んで日本をリスペクトしてくれ、日本の文化が好きだと言ってくれた若者がたくさんいたんです。かつては技術大国だった日本ですが、おもてなしの精神やポップカルチャーなど、日本の価値のあり方がすごく変わってきていると海外の方から学びました。そういうところをあらためて発信し、世界中の人と分かち合いたいと思っています。

 

青木 そうですね。世界中に日本のポップカルチャーを広めている櫻井孝昌さんの言葉でとても印象に残っているのが、「日本の文化は世界でウケているけど、そこで日本人はビジネスできていない」という言葉。世界中で日本のものがウケているのら、ビジネスとして大きくなる、日本という国にとってメリットが大きいはず。せっかく世界一周に行くならば、世界における日本を見たい、変えたい。それが大きなモチベーションでもありました。

 

成瀬 世界は今、転換期にあります。かつては何か大きな組織があって、それが変革を担ってきました。でも、今は日本だけじゃなくて海外の若者とも個人個人がしっかりつながり、新しい制度も文化も作れる時代になりました。facebookもそうですし、個人のつながりがより大きな力を持っています。もしかすると、国よりも大きな力を持っているかもしれない。そんななかで、「時代」も「次代」も作るのは僕らの世代。そんな使命感を強く持っています。

 僕は、1920年代にブラジルにわたって日本文化を継承した方々に現地で会いました。そこでその時代に日本を伝え、世界をつなごうとした思いを強く肌感覚で感じて勇気をもらったんです。だから、ネットやSNSで容易につながれる僕らにできないはずはないと。

 実際に人とつながっていくと、縦横の感覚差の違い、つまり、海外の若者との感覚差の違いと、40代、50代、60代と、若者の感覚差の違いが、これまでは後者のほうが狭かったんですが、今は前者のほうが圧倒的に小さい。要は、世代間の感覚差の違いがより大きくなっていると感じているのです。

 

 

 

 

「世界に出る」のではなく「世界にいる」

 

成瀬 これは僕がよく話すんですが、「世界に出る」のではなく、「世界にいる」という感覚にとても近くなっています。ネットを使えば、地球の裏側の人でも目と目を合わせてコンタクトを取れる時代なんです。

 

青木 ネットだけでなく、LCC(ローコストキャリア)のおかげで、世界はとても近くなりました。エジプトからロンドンまで、3000円くらいで行けてしまったりします。これは僕らが世界にいる感覚を後押ししてくれている。たとえば明日、シンガポールで待ち合わせといえば、僕らは絶対集まると思う。

 

中竹 ツイッターやfacebookをやっているような感覚で、本当に会ったりするんですね。こういう日常の行動スタイルは、もう皆さんにとっては当たり前ですか。

 

成瀬 同世代全部がそうというわけではありませんが、原宿が新宿に行く感覚で東南アジアに行く、という人はどんどん増えているのだと思います。北京にいる、日本の田舎にいることは問題にならない。どこであっても、ただ「世界にいる」んです。2012年にキリマンジャロに登ったとき、思い立ってスペインに留学していた中国人を呼びました。こんな風にインターネットのプラットフォームにいるのと同じような感覚で、リアルに行動できるんです。

 

 

 

 

ネットは出会いのインフラ。同じ思いを持つ人が簡単に集まる

 

中竹 バラバラに世界旅行をし、それまでまったく生きている場が違っていたにもかかわらず、思いを同じくして皆さんが集まった、というわけですね。

 

大村 ちょうど成瀬が世界一周旅行に行っているときに、友達を介して知り合いました。そして、ツイッターやスカイプでやり取りしているうちに盛り上がって、成瀬が帰国したときに青木や僕が空港に迎えにいったのが、僕らの初対面でした。

 

青木 ネットは間違いなく、出会いのインフラですね。ツイッターで面白そうだな、と思ってフォローしたIT企業の役員の方がいました。会ってみたくてメッセージを送ったら、IT業界の方々が集まる飲み会に呼んでいただいて。そこから自分のネットワークがものすごく広がりました。SNSを通して、自分の日常では会えない人に会えることを知り、それが大きなターニングポイントになったんです。自分一人で生きていると思っていた世界が、一歩踏み出して境界を越えた瞬間に、全然違う世界に変わることを知ったきっかけでしたね。

 

成瀬 そういう意味で言えば、僕らも、一人ひとりは別に何かすごいことをやっているというわけじゃないのですが、ただ同じ志向を持った5人が集まって、お互い補完しながらやっていくことで、より面白いことができるかもしれないと思って集まったんです。

 

中竹 キリマンジャロに登ろうとしたときに、単に友達を連れていくという発想で終わらせるのではなくて、もしかしたらすごいビジネスがそこから生まれるかもしれない。そんな人とのつながり方をしているのですね。世界中の友達とキリマンジャロに登るのと同じようなノリで、日本の漫画を海外に売りたいというときに、じゃああいつと一緒にやろうかな、というように動き出す、と。

 

青木 でも、仲間はそういう風に増えていくのと同時に、離れていく人もいます。1年生のときはテニスサークルに入っていて、それをやめてインターンを始めて、その後、世界一周をして、というように自分が変わっていくプロセスで、自分のネットワークはどんどん変化し、同時に凝縮してきた気がします。

 

 

 

 

「大きな会社」よりも「すごい上司」

 

中竹 皆さんの話を聞いていると、「あなたは誰ですか?」と問われたときの答えが、上の世代と変わってきているように思います。これまではやはり、会社の名刺をまず出す。でも、皆さんは「何をやっているか」「何をしてきたのか」「何に使命感を持っているのか」という個人が持つ「熱」のようなものと一緒に、自己紹介をしているようです。そして、属している会社やコミュニティも1つではありませんが、金田さん、大村さん、青木さんは企業に就職している。どんな経緯でそこに所属することになったのですか。

 

金田 大手企業にも内定をいただいていたんですが、今、取締役を務めている「営業課」という会社の代表と出会って、「一緒にやらせてください」とお願いしました。事業の持つ価値や、それに対して熱く語る代表の思いに触れて、15分くらいで決めてしまいました。

 

青木 僕の場合はツイッター。今、勤務しているのは映像制作の会社です。ネットにアップされた日本を紹介する映像が成瀬さんから回ってきて、それを見て心の底から感動しました。それで、代表に朝6時くらいにツイッターでメッセージを送ったら、その日のうちに会おう、ということになりました。

 そこでインスピレーションをもらって、その会社の映像をブログに取り上げたら1カ月で2万人がその記事に「いいね!」をしたんです。そして、世界150カ国で200万回再生されるまでに映像が広がりました。

 もともと日本を世界に広く紹介したいと考えていて、でもどうしていいかわからなかったんですよね。でも、その「事件」を通じて、自分自身が映像で動かされ、多くの人が動かされたのを実感しました。「これだ!」と思ったんです。その事件の後、再び代表にお会いして、この会社に勤めることになりました。会社も3人だけのベンチャーです。会社というよりも、代表やディレクターの方に惹かれました。

 

成瀬 誰とでも会えるからこそ、僕らや僕らの下の世代を見ていると、多くの人とコミュニケーションを取りながら、誰についていくかをすごく考えています。そういう層とそうでない層があって、すごい人の周りにすごい人が集まるという構図ができやすくなっている。だから、若者も含めて、そういう意味では世の中がどんどん二極化しているのではないでしょうか。

 

大村 僕は一度、大手企業に入っているんですね。大手といっても、比較的、新しい会社です。大学時代に既に起業しており、就職は真剣に考えていなかったのですが、社内での新規事業立案に積極的な会社だったので面白いかな、と。ただ、やはりその枠のなかでできることとできないことの限界を感じていました。役員がOKでも現場のマネジャーの賛同を得られないことも多かったのです。

 確かに学んだことも多かったし、好きな上司もたくさんいましたが、大手に入ってよくわかったのは、僕は規模感うんぬんよりも、自分が発起人としてゼロから1を作り出すことができる環境のほうが、大切だということです。自分1人や仲間数人でコトを起こしたとしても、資金集めは十分できる。むしろ、そのほうが志が伝わりやすいような気がします。

 

青木 日本のコミックを米国に輸出した方がいて、それによって米国に爆発的に広がっていきました。そんな風に個人が世界を変えた例を間近で見ると、自分にもそれができるんじゃないかと思える。だから、別に大きな会社でなくてもいいと思えるんです。

 

 

 

 

プロジェクトの内容とそこに集まる人の魅力が、若者にとってのコアバリューに

 

中竹 金田さんや大村さんは、「営業課」という会社の取締役をしながら、CiRCUSや他の活動もされているんですよね? それに対して会社の代表の方は、どうおっしゃっているんでしょうか?

 

金田 応援してくれています。もともと、若者の営業力を育成し、それによって会社の成長を促す会社です。僕は世界を巡り、英語力ももちろん必要ですが、世界の人と渡り合っていくためには営業力が欠かせないと実感しました。ですから、その志に強く賛同していますし、僕らの社外での活動は会社の理念とまったく齟齬がない。代表はむしろ、シナジーがあると思ってくれています。

 そして、僕の世界のネットワークも、仕事にいいフィードバックがあると考えているようです。世界を周り、今でも世界の若者とつながっているおかげで、自分が「常識」だと思う物差しがものすごく伸びました。僕は今教育の領域で仕事をしていますが、日本の教育のあり方だけを見ていたら、抜本的に何かを改革することは、できないと思います。それから、「抽斗」も増えました。自分の知っていること、経験したことはもちろん、ネットワークのなかにある知識や経験も含め、自分自身の抽斗が増えたと思います。

 

青木 多くの会社が副業禁止規定を設けているといいますが、僕らはそういう会社に入るのは難しいですね(笑)。

 

成瀬 米国の学生の就職活動を見ていると、1つの会社に就職して、そこで一生を過ごすという意識は非常に薄くて、プロジェクトに参加するイメージに近いのだと思います。それは、せいぜい2年、3年。内容やそこにいるリーダーや仲間が面白そうだから、魅力的だからそのプロジェクトに入る。日本でも若者にはそういう感覚が強くなっているのではないでしょうか。周囲を見ていての実感ですが、高い能力やスキルを持っている人ほど、企業の規模や給与よりも、プロジェクトとそこに集まる人の魅力がコアバリューになりうると思います。

 

中竹 就職や採用活動のあり方も変えたほうがいいということですよね。

 

成瀬 「総合職」としてざっくり採ろうとするのではなくて、会社の事業を因数分解して、その仕事の面白さや社会的使命、リーダーの人となりを伝えていくだけで、ずいぶん学生の見方は変わるし、面白い若者がその企業を目指すようになるのではないでしょうか。