Section1:五大陸で教育革命に取り組む

バングラデシュの貧困地域の高校生に「最高の教師による最高の授業」を届ける映像授業を展開した税所氏。その後、それは7カ国8地域まで広がっている。なぜ、夢中になれたのか。そして、これからは――?

 

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◇税所篤快氏(e-Education代表)

 

Saisho Atsuyoshi_1989年生まれ。2009年に『グラミン銀行を知っていますか』(坪井ひろみ著、東洋経済新報社)をきっかけにバングラデシュにわたり、19歳でグラミン銀行グループの研究ラボ初の日本人コーディネーターに就任。翌年、「e-Educationプロジェクト」を立ち上げる。その後独立し、バングラデシュの貧困地域の高校生を対象に、「最高の教師による最高の授業」を届ける映像授業を展開。初年度の2010年、最難関のダッカ大学に合格者を出す。現在は、「五大陸ドラゴン桜プロジェクト」を掲げ、ルワンダ、ヨルダン、ガザ地区など7か国8地域で活動を展開。2013年9月現在、約1100名が受講した。税所氏の思いを引き継ぎ、東南アジアで事業を展開する大学生も出てきている。著書に『「最高の授業」を世界の果てまで届けよう』(飛鳥新社)がある。

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 聞き手 中竹竜二氏(日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)

 

 

 

落ちこぼれから、いい指導者に出会って変わった

 

中竹 税所さんは「落ちこぼれだった」と聞きました。とても意外でしたが、何が税所さんを大きく変えたのでしょう?

 

税所 高校時代は、0点とか2点とか、そんな点数をいっぱい取っていました(笑)。偏差値も28くらい。通っていたのは都立の進学校だったんですが、授業がつまらなくて、やる気も出ないし、全然わからない。そんな僕を変えたのは、素晴らしい指導者との出会いでした。

 1人は一橋大学大学院教授の米倉誠一郎先生。高校2年のときに先生のトークイベントがあって、そこに参加したのがきっかけでした。「“変わっていること”が、世界のなかでは価値がある。それを大事にしていけ」。その言葉は、周囲と同じことに一生懸命になれない自分にモヤモヤして、自信が持てなかった僕にとって、とても大きな意味がありました。

 その出会いがきっかけで、25歳で地元・足立区の区長になるという夢を掲げて、早稲田大学を目指そうと思い立ちました。しかし、偏差値28。担任の先生にも「どこにも受からない」と言われました。そこで通い始めたのが、DVDによる映像授業を特徴とする予備校です。部活とも両立できるし、同じ授業を繰り返し何度でも、理解できるまで見られる。これは僕にピッタリだ。そう思いました。

 その予備校の授業はとてもわかりやすい、僕にとっては最高の授業でした。苦手だと思っていたことがどんどんわかるようになりました。勉強がすごく楽しくなって、理解できるから自己肯定感もアップしたんです。

 そして、講師の方々もとてもユニークなキャリアをお持ちだった。語弊があるかもしれませんが、彼らはみんな「ピカピカのエリート」じゃない。だから独特の空気感がありました。王道だけじゃなくて、失敗の味も知っているところがカッコいい。そして、なぜか僕はそういう空気感に癒されるんです。高校になじめなかった苦しさのようなものから、救われたような気がします。

 

中竹 いい指導者に付けば、誰でも変われる。そんな風に感じたんですね。

 

税所 そうですね。そういう指導者に会えるかどうかが、とても大事なんです。残念ながら僕の経験上、学校には多くない。だから、成長できるかどうかは「ギャンブル」になってしまう。その予備校がやっていたDVDを使った仕組みは、いい指導者との出会いの可能性を高める優れた仕組みだと思いました。自分が「この人だ」と思う人に自由に師事できるんですから。

 

 

 

 

結果が積み重なって、世界を変える可能性が現実的に

 

中竹 「ああよかった、いい先生に出会えてラッキー」で終わって、次の自分の目標を目指すのが普通です。そのラッキーを多くの人に提供しようと思ったことが、バングラデシュでの映像授業につながっていくのですね。どうして、そう思ったんですか。

 

税所 実は、いったん大学に入って、その思いは忘れちゃったんです。ただ、大学の授業が期待外れ。つまらなくて、またモヤモヤして。そんななかで唯一生き生きしていると実感できたのが、グラミン銀行の研究ラボに入って、バングラデシュで活動していたときでした。僕に課せられた課題は、貧困地域に住む村人に対して、どんな価値を提供できるか。ゴール設定を自分でしていいし、それに対して何を使ってもいい。正解はない。答えが1つではなくて、自分なりの答えを出していいということに、これまで経験した学校教育では得られなかった面白さを感じました。そして、一生懸命活動しているうちに、ふと、高校時代のことを思い出したんです。

 

中竹 そういう意味では、いきなりそこに広がったというよりは、途中で忘れた時期もあって、再びスイッチが入った。

 

税所 初めはただの直感だったんですよ。もしかしたら、自分が通った予備校の仕組みは、バングラデシュのような教育格差のある国で、すごく有効なのではないかと。今、活動が4年目に入って、それがどんどん、日に日に腑に落ちてくるんです。

 

中竹 活動を続けていくことで、仮説が事実になって、税所さんのなかでも確信になっている、ということですね。

 

税所 現地でこのプロジェクトに共感してくれた僕の仲間たちも、初めは、目新しいからこれは使えるかもしれない、程度の気持ちだったのかもしれません。それがささやかな結果が積み重なって、バングラデシュから中東、ルワンダ、そしてハンガリーと場所を変えても、映像授業が効果的だとわかってきます。これらの国は、都市部とそれ以外では教育格差が信じられないほど大きいのです。

 

中竹 この仕組みは、世界を変える可能性を秘めている、と。

 

税所 世界には学びたくても学べない子どもたちがたくさんいます。世界中に、1億、2億という単位で。そういうハングリーで、もっと学びたいという層に対して、最高の先生による授業を届けることで、爆発的な効果があると思うんです。もちろん、僕も普通に就職して、キレイなオフィスで働いて、いい給料をもらって、みたいな生活をしたい欲望がないわけではありません。ただ、それは後でもいいかな、とも思います。気付いてしまった可能性に対して、それをやってみたいという気持ちが強いんです。

 日本にずっといたら、映像授業による自分の成功体験は、そのまま「いい記憶」として終わってしまったかもしれません。ちょうど入学した2007年、社会起業ブームがあって、僕も興味を持ちました。そのときにバングラデシュのことも、グラミン銀行のことも知って、現地に行ってみた。そこで自分が持っていた記憶のパズルのピースが、ぴったりハマったのだと思います。高校時代にあの先生たちに出会わなかったら、今の事業はやってなかったでしょうね。

 

中竹 人は、直線的には絶対成長しないと思っています。これは人間の筋肉とまったく同じで、ウエイトトレーニングするときに、一度破壊されると、それ以前よりも筋肉が強く大きくなる。多くの若者を育成していて感じることは、人の成長も同じだということ。挑戦して失敗する。すると、挫折したり落ち込んだりするけれど、そこから学びを得て超回復する。これを繰り返すんです。税所さんは、その破壊の頻度と超回復の頻度が人より高いんだろうなと思いました。

 

 

 

 

探し当てたときがうれしい、「名物教師フェチ」

 

中竹 税所さんは何をやっているときがいちばん好きですか?

 

税所 世界のいろんな国で名物教師を探しているとき、そしてそういう方を探し当てたとき、本当にワクワクしますね。ある領域のカリスマだったり、人気があったりする先生は、何かしら自分の信念を持っています。そして、いかにわかりやすくするか、どうやれば生徒を惹き付けられるかをしっかり研究されています。そんな方々との交流は、本当に楽しいです。

 

中竹 そういう人を仕組みに乗せて、必要な人に届けることにもワクワクするんですね。

 

税所 すごくしますね。最近では、ロマの人たち向けの教育プロジェクトに取り組んでいます。ロマの人向けの教育のスペシャリストみたいな先生が、探せばいるんですよ。その先生が校長を務める小学校では、ロマの子どもたちが生き生きしていて、中学校に進む割合が8割から9割と、平均の2、3割より圧倒的に高いんです。

 そういう話をハンガリー人のロマの研究者から聞いて、一緒に訪問しました。ブダペストから北に2時間くらい車で行ったところにその学校はあって、その途上、どんな先生なんだろうと想像するだけでワクワクしました。

 もちろん、会って、その教育者としての素晴らしさを実感したときの喜びもとても大きなものです。校長先生が、学校を見せながら誇らしげに話す姿に感動するんです。

 

中竹 税所さんは、どうやって口説いていくんですか。

 

税所 僕のバングラデシュでの映像授業について話すんです。そして、僕自身が映像授業で変わったことも説明します。僕の著書『前へ! 前へ! 前へ!』(木楽舎)の裏表紙が高校時代の僕の成績表になっていて、2点とか0点だったテストが掲載されているんです。それを見せ、でも、自分は今大学に入っていると話せば、一目瞭然。それで、同じことをハンガリーでやりたい、と。するとその先生も、「自分のメソッドをハンガリー中に広めることが夢で、なぜそんなシンプルなアイデアを思いつかなかったのだろう」とおっしゃったんです。

 こういう出会いに興奮する、いわば「名物教師フェチ」ですね(笑)。僕がそういう教師に出会うことによって、1人でも僕みたいに激しく変わる人が出るかもしれませんから。

 

中竹 私たちから見れば、税所さんはもう、税所さんの同世代や、もっと若い世代にとっては、税所さんにとっての米倉先生のような位置づけになっているのではないかと思います。

 

税所 そういう意識はあまりなかったですね。でも、そうなりたいと思います。高校生や大学生にきっかけを作ってあげられたら、それはとてもうれしいです。

 

 

 

 

人の気持ちに火を点ける「火打石」の片側

 

中竹 「あなたは何者ですか」と聞かれたら、どう答えますか。

 

税所 そうですね、僕は何者かと聞かれたら、火打石の片側でしょうか。着火するのが得意なんですよ。

 火種はあるんだけどなかなか火が点かないところに、なぜか日本人がやってきて火を熾す、というような。僕がハンガリーに行く前から、ハンガリーの人たちも十分なコンテンツを持っています。でも、ちょっとした工夫でそれが価値になることに、本人たちは気付かないんです。現地の人たちが持っているしがらみのようなものを、僕はシンプルにそぎ落とすことができるんでしょうね。

 

中竹 化学反応を起こすんですね。それを「役割」としても認識していますか?

 

税所 はい。特にバングラデシュではそれがうまくいったと思います。打たれて火が点いた僕の義兄弟のようなマヒンというバングラデシュ人がいて、彼は僕以上に現地でパフォーマンスを発揮して、今、リーダーとなって活躍しています。彼は台風の渦になって、地元を巻き込んでいます。

 一方で東京では、バングラデシュの事例を見て、僕の1つ、2つ下の後輩たちが「自分もやる」と、マニラやミャンマー、インドネシア、ベトナムに行くぞと、後に続いています。それぞれバイトしたお金を20万、30万円使って、まだ見ぬ変化のために動き出してくれました。

 

中竹 誰も頼んでないのに、ですよね。

 

税所 誰も頼まれることなく1人で行くんです。根底には、どこか僕と同じで、自分の存在感に自信が持てずにいて、人に対して何か役に立つことでアイデンティティを固めたいと思っているところがあるようです。

 客観的に見ていると、彼らの成長がよくわかります。

 

 

 

 

成績はビリでも、仲間を集められる「税所」でいい

 

中竹 そんな税所さんでも、就職活動をしていらっしゃる。

 

税所 はい。全部投資銀行でした。12行くらい。2、3年働いてもいいんじゃないかと思った時期と、ちょうど投資銀行の採用の時期が重なって。で、全敗です。

 

中竹 税所さんのようにエネルギーがあって、実行力があれば、採用したい企業は多いと思いますが。

 

税所 不採用の理由はだいたい3パターンですね。1つ目が「すぐやめそう」。2つ目は「金融への情熱が感じられない」。そして、僕自身、「なぜそのキャリアか」ということに対して腑に落ちる説明ができなかった。これが3つ目。ちゃんと人事の方は見抜いていたんでしょうね。

 

中竹 受けているなかで、税所さんご自身は、「自分はここで生きていく」という覚悟はできたんですか?

 

税所 ハッキリ言えば、やっぱりちょっと違うかな、とは思いました。モニターの前に座ってにらめっこして投資する姿はなかなか描けませんでした。それよりはミクロな現場で、1対1で対決したいなと思った。だから芯から湧き出る情熱が表現できなかったんですね。

 

中竹 事業としてやっていくことに対して、葛藤はあるんですか?

 

税所 正直、そこが1年目からの葛藤ですね。どうやってサステイナブルなものを作っていくのか、試行錯誤でした。

 そして、反省しているのは、自分で全部考えて、自分でビジョンと戦略を作って、実行しなければ、と考えていたことです。2年目にワタミフードサービスと合弁会社を作って、事業として始めようとしたときに、僕が全能型のリーダーになろうと思いました。それは、結果的にうまくいきませんでした。「リーダーになれない自分はダメな人間」と思い悩み、心に傷を負って、日本に引きこもった時期がありました。

 そのとき、もう無理はやめようと思ったんです。今は、副代表など、ビジョンや戦略づくりに興味も能力も持っている人に、役割としてお願いします、と言ってしまっています。

だから、最近はビジョンや戦略を聞かれたら、「細かい話は、ちょっと彼に聞いてください」と(笑)。

 

中竹 税所さんは、「火打石」として仲間を集めて、それが世界中に広がっているんですね。

 

税所 そうですね。幸せなことに。東京では、すごい開拓者が集まってきた。そして、もしこれをハーバード大学でやったらどういうことになるかを試したくて、ケネディスクールの受験を決めて、今勉強しています。

訪問したときに、そこにいる学生たちと何か波長が合う気がしました。お金よりも、社会をどう変えるのかにクレージーになれる人が多い。だから、あそこで仲間づくりをしたいんです。

 ビリで入って、成績もビリでもいい。張り合わなきゃいけないとか、ディスカッションで負けてはいけないとか、考える必要はありません。最初はそんなばかなことを考えて、受かる前から意気消沈していたんですが、要するにディスカッションについていけない税所篤快でもいいと。ただ、夢だけは持っていて、それに共感してくれる仲間を集められる僕でいればいいと割り切っているんです。