Section1:社会問題のプラットフォームを形成

安部氏は、「社会の無関心の打破」をミッションに掲げ、「世の中の個別の問題を解決する以上に、社会の人々の意識を高めることが根本的解決に近づく」という考えのもと、多岐分野において社会的に十分に認知されていない問題を取り上げたスタディツアーを展開する。その時空を超えたビジョンとは――。

 

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安部敏樹氏(一般社団法人リディラバ代表理事、東京大学大学院博士課程休学中、マグロ漁師)

 

Abe Toshiki_1987年生まれ。「落ちこぼれ」から一転、現役で横浜国立大学に合格するが、1年で退学し、東京大学に入学。博士課程で脳と社会論のインタラクションの研究に取り組む(現在は休学中)。大学在学中の2009年、「社会問題のプラットフォーム」リディラバを立ち上げる。2013年9月までに、約60のツアーに述べ2000人が参加。同事業で数々のビジネスプランコンテストの受賞歴を持つ。「マグロ漁師」としての顔も持つ。

 

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 聞き手 中竹竜二氏(日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)

 

 

 

当事者以外も社会問題に関心を持つ仕組みを提供

 

中竹 まずは、リディラバの事業について聞かせてください。

 

安部 リディラバは、社会問題のプラットフォームを作っている一般社団法人で、社会問題への関心を喚起するための「スタディツアー」が主な事業です。

 僕たちの役割は、ツアーを作る仕組みを提供すること。ユーザーがそれを活用して、自分の興味に則って「工場見学ツアー」「地域医療ツアー」「農作物の流通ツアー」など、多様なツアーを自由に作っています。

 なぜ、こんなことをしているか。社会問題には当事者以外には関心を持たない。でも、それでは問題は解決しません。たとえば、シングルマザーの問題を、その問題の当事者や関係者だけの努力で解決できるならば、そもそも社会全体の問題にはならない。つまり、社会問題はかかわりのない当事者以外の人が関心を持たないと、解決していかないのです。人は本質的に、いくら問題が近くにあっても、自分が何らかのかかわりを持たないと関心が持てない。都会の駅にはたくさんのホームレスがいるけれど、物理的には50センチしか離れていなくても絶対に話しかけたりしない。これはクリティカルな問題で、社会問題の現場はすぐそこにあってもすごく遠い。それに近づいて、関心を持つための仕組みが「スタディツアー」というわけです。

 

中竹 社会問題を「ツアー」にすることの意味は何ですか。

 

安部  世界中で起きている社会問題の情報を提供し、ユーザーがそれぞれの関心に沿って自由にツアーを作って、社会問題が発生している現場に行き、それを間近に見れば知識が深まる。社会問題へのアクセシビリティが世界中で高まれば、社会問題との距離感が縮まるわけです。

 そして、とても大事なことは、社会問題にかかわろうとすることが「得だ」とか「カッコいい」という価値観にしなければならないことです。渋谷でふらふらしている若者が、お金を儲けるために、モテるために。そういうものを作ろうというのが、今僕がやっているリディラバの仕事で、結果的に、それが大きな社会システムの変革につながっていくと思うんです。

 

 

 

 

皆が問題に関心を持たないと民主主義は機能しない

 

中竹 本当にやりたいことは、社会システムを変えることなんですか。

 

安部 僕がテーマにしているのは、民主主義という社会システムの不備を是正すること。民主主義は古代ギリシャで誕生してからずっと続いていますが、そもそも欠陥があることは昔からわかっていました。個人が集まって、治安や防衛、福祉といった問題を、時には選挙で選んだ代表者に信託して解決するのが民主主義のモデルです。

 しかし、それが機能するには前提があります。すべての個人が、その問題に関心がなければならない。そうでなければ、有効な意思決定も、決定の信託もできない。でも、みんなすべての問題に興味がありますか? 残念ながらないのが現状です。アリストテレスだって、プラトンだってそれはわかっていました。それでも、誰もそれを変えることができなかった。僕は3000年の間、誰も変えられなかったこの社会システムを、社会問題のプラットフォームで解決していこうとしているんです。

 

中竹 論理的に説明してもらえると、「なるほど」と思えます。でも、多くの人は、「無理ではないか。だってアリストテレスも無理だったんだから」と言いそうな気がしませんか。

 

安部 アリストテレスにできなくても、僕がいるから大丈夫です(笑)。真面目に言えば、うまくいくこと、うまくいかないことも含めて、自分がやっている仕事やアクションは社会を変えるのに必要だと思っていますし、それはやればやるほど楽しそうだと思える。だから、使命感が持てるんです。

 プラクティカルには、100億人に対して展開するには、やはり教育に導入することが重要です。修学旅行にスタディツアーのプログラムを提供していますが、それはそういう理由があってのことです。修学旅行は基本的に全員が行くし、誰であろうと社会問題に近づくきっかけになりますから。

 

 

 

 

「ドラゴン桜」プロジェクト。関心を持ってもらえたのがうれしかった

 

中竹 これまでの話を伺っていると、安部さんが「落ちこぼれ」だったというのが、にわかには信じられません。

 

安部 駅前で座り込んでいるような、ダメな高校生でした。勉強も全然できなかった。でも、僕にとって幸いだったのは、「愛されるバカ」だったことでしょうか。高校は大学付属の高校で、ほとんどがエスカレーターで上に行くので、皆、受験がない。暇を持て余していたんでしょうね。「『ドラゴン桜』プロジェクトだ。安部を東大に合格させよう」と言って、クラスの連中が僕に勉強を教えてくれたんです。

 

中竹 なぜ、突然、勉強する気になったんですか?

 

安部 そうやって、みんなが僕に関心を持ってくれたのが、すごくうれしかった。だから頑張ろうと思えたんです。ところが、ぐんぐん成績が伸びる僕を見て、そもそも彼らにとっては遊び半分でしたから、それも面白くない。ちょっと邪魔をされたりしました。長電話とか、そんなレベルでしたが(笑)。

 結果、東大は10点足りずに不合格。横浜国立大学に入学して、最初の半年はサークルに入ったりして学生生活を謳歌していたんですが、「これは初志貫徹じゃないな」と思って、秋からもう一度猛勉強して、東大に入り直しました。

 

中竹 今回、多くの若者の話を聞いていますが、関心を持ってもらう、評価してもらうということが、頑張るきっかけとしてはとても重要なようです。

 

安部 本当に、すごくうれしかったんです。人間のモチベーションはお金だけじゃない。関心を持ってもらえば、頑張るようになる。僕は運よく高校で皆に関心を持ってもらえたから、頑張れました。たとえ面白半分でも、期待されるとうれしいじゃないですか。

 それもあって、僕にとっては「関心」と「無関心」が大事なキーワードです。それがリディラバの理念、「社会の無関心の打破」につながっていったのかもしれません。

 

 

 

 

「社会を変える人が集まるコミュニティ」だと人が集まらない

 

中竹 リディラバの立ち上げをしたのが、3年生のときですよね。仲間はどうやって集めたんですか。

 

安部 最初は「安部が何かやるらしい」と言って、サークルのノリで集まってきた人たちが30人くらいいました。でも、単に「僕と何かしたい人」たちでした。社会のシステムを変えたいという志向がなかったので、いったんやめてもらいました。そこで、NGOをやっていた学生を引き抜いてきて、再出発したんです。「社会の無関心を壊したらこうよくなる」。そう話したら、ちゃんと付いてきてくれました。

 

中竹 今もそうやってメンバーを増やしているんですか。

 

安部 いえ、それは大きく変えましたね。立ち上げのときはともかく、うちの集団の全員が社会を変えたいと思っていたらダメなんですよ。社会を変えたい人は、世界全体で見たときにほんの一握りしかいません。だとすると、「社会を変える人が集まるコミュニティ」だと本当の意味でそこで共有されている価値観は一般化しないわけで、誰でも入ってこられるコミュニティにしないと大きなムーブメントになり得ないんです。

 今、コトを起こすコストは極端に低くなっています。起こす以上に難しいのは、起こした後に人を集めて、その後、どう回すか。そこで優位性を持つのは、圧倒的な教育機能です。多くの企業では、OJTという属人的な教育システムに頼りすぎています。すごい先輩に付いたからすごく成長した、ということでは、組織として大きな成長をするのは難しいですよね。だから、リディラバに入ったからすごくなった、という場の設計にしなければ、敷居を低くして入ってきた普通の人々が、社会を変えていく一翼を担えません。

 自分の問題意識、テーマを決めて、ツアーを企画し、見積書を書いて、行程とコンテンツを決め、現場とのアポイントメントを確認し、それをもとに人を集めて、黒字化させて、ツアーを作っていく。このプロセスで人は変わります。参加している学生にとっては、ハイエンドキャリアパスになっている、という自負もあります。彼らが卒業後、企業に入ったり、地方や世界各国に行ったりすることで、社会問題に関心を持つ人を増やしていってくれるとも思っています。

 

 

 

 

若者は上の世代を見るのではなく、市場を見ればいい

 

中竹 若者に対して「草食」だと言うミドル以上の世代に対して、どう思いますか?

 

安部 世代論そのものがバカバカしいと思っています。日本には移民も少ないし、人種や国籍のダイバーシティが低い。だからほんの小さな世代の差について、あれこれ言うのでしょう。僕自身、ノーム・チョムスキーはすごいと思うし、スティーブン・ホーキング博士も尊敬している。どんな世代にも尖った「外れ値」がいて、そういう人をどう作るかという議論をしなければなりません。

 

中竹 もちろん、世代がすべてではありません。ただ、安部さんの言葉を借りれば、「外れ値」が若者にもたくさんいて、それを理解しようとしない大人がたくさんいます。その面白さを認められる人がいて、その力を活かそうとしなければ、それは大きな社会的な損失ですよね。安部さんが「大人」に対して思うことは何ですか。

 

安部 正直、それほど期待することはありません。若者は別に上の世代を見るのではなく、市場を見ればいいと思っています。

 でも、僕のなかにも「カッコいい大人像」はあります。知的好奇心が強いこと。そして、「見られている意識を持っている人」。それは街を歩いている誰かではなくて、自分が人生のなかですれ違うことがないような、たとえば次の世代の見えない誰かに見られているという意識がある人はカッコいいですね。つまり、その次の世代の人に「あの人がいたから社会が前進したよね」って言われるような意識を持ってほしいなと思うんです。

 

 

 

 

機能不全に陥ったルールを変える人が評価される社会へ

 

中竹 今、ミドルエイジといわれる人たちが「カッコいい」と思う定義と、安部さんの定義は全然違います。バブルを経験した人はわかりやすいのですが、ゴージャスに生きることをカッコいいと思っている人が多い。だから若者に対して、なぜこれがカッコいいのに、そう生きられないんだ、と言うのかもしれません。普通に生きているんだけど、次の世代に何か残すことがある。そんな生き方が、みんなできるといいですね。

 

安部 今、坂本龍馬は言うまでもなく有名です。でも、彼と同じように次の時代を作ろうとした若者はたくさんいます。小説で誰がフォーカスされたかとか、そんな問題なのだと思う。そして、それは世代を超えてすごい人に敬意を示そうという人間の根源にある気持ちだと思う。それを忘れてしまっている人が多いのではないでしょうか。

 

中竹 次の世代に何かを残す、というのは、どういうことだと思いますか。

 

安部 機能不全に陥ったルールを変えるということだと思います。前提からひっくり返したほうが効率がよく、イノベーションが起こる可能性があるのに、そういう感性を持つ人に出会うことが少ないのが残念です。

 

中竹 確かに、ルール・ブレーカーが評価される社会ではないかもしれません。ルールは守るものという前提が社会を支配していますが、安部さんの話を聞いていると、ルールを変えないといけないという世代が生まれてきたように思います。