COLUMN:優秀な若者は、なぜ海外に飛び出したのか

有名私立大学を卒業後、外資系コンサルティング会社に就職し、1年で退職。その後、シンガポールで就職したAさんに話を聞いた。日本で働くことにどんな窮屈さを感じていたのか。そこか、優秀な若者との協業のみならず、ダイバーシティをうまく活用できない日本企業の課題が見えてきた。

 

  聞き手 入倉由理子(本誌編集部)

 

 

 

 

入倉 米国での生活が長かったそうですね。

 

Aさん はい。中学校から大学1年生まで米国で過ごし、その後、帰国して日本の私立大学に入学しました。日本ではそれなりに有名な大学で、かなり期待感があったのですが、正直、がっかりしました。米国で通っていた大学は、トップの大学ではなかったけれど、それでもみんな、朝から夜中まで必死に勉強していたし、また、休日は平日の忙しさをものともしないくらい、一生懸命遊ぶんです。そんな空気感が、日本の大学にはありませんでした。

 

入倉 では、日本の大学時代はどんな風に過ごしたんですか。

 

Aさん 正直、また米国の大学に戻ろうと思っていました。でも、大学1年の終わりに東南アジアを旅行して、価値観がずいぶん変わりました。日本や米国とは違った、まだまだ支援を必要としていたり、でも、みんなが生き生きと暮らしている場所がある。世界にはまだ知らないことがたくさんある。だったら、大学生のうちに世界を回ろう。そう思って、大学時代は、かなり旅をしました。

 

入倉 どんなことを学びましたか。

 

Aさん 「正解がない」ことです。大学時代、1年間ヨーロッパに留学もしましたし、そのときも含めて、ヨーロッパ、アジア、中東やアフリカも回りました。いろいろな人と出会って、自分が当たり前だと思っていた価値観や生活は、世界のほかの国では常識ではないし、通用しないことが、より明確にわかったんです。

 

入倉 就職先として、なぜ外資系コンサルティング会社を選んだんですか。

 

Aさん 僕は修士に進学したかったのですが、さまざまな事情でそのときは断念しました。コンサルティング会社に就職したのは、短期間でさまざまなビジネススキルを獲得し、急カーブの成長曲線を描けると思ったからです。その先、何をやるにしても、それは役に立つと思いました。

 

入倉 1年で退職していらっしゃいます。その理由は何だったのでしょうか?

 

Aさん その会社には、プロフェッショナルはこうあるべき、そういう画一的なコンサルタント像があったのです。まるで、人には“1つの正解”しかないようでした。僕自身というよりも、周辺を冷静に見て、そう思ったのです。

 僕から見れば、たくさんの長所を持った同期が「ダメなやつ」というレッテルを貼られてしまった。その会社が持つ「正しい」物差しでしか評価しないことを悲しく感じました。

 

入倉 多くの日本人の新卒は、入社後、いつの間にかその「物差し」に適応するし、いつの間にか自分も他者をそう見るようになっていきます。Aさんは、そうはならなかったのですね。

 

Aさん やはり、大学まで、発展途上国を中心に多くの国を見てきたことが影響していると思います。お話ししたように、そこは多様な価値観の坩堝です。そんな世界にいた僕には、多様性を受け入れ、皆が自分の長所や短所を補い合いながら、パズルのように何かを作り上げていく環境が理想です。だから、あまりにも窮屈に感じたのでしょう。

 こんなこともありました。毎日夜中の3時まで働くような厳しいプロジェクトを終えた後、休暇を取ろうとしたら、上司に「そんなことしたら、仕事がなくなるよ」と言われました。やはり、上が強い社会だな、と思いました。

それが、早くに退職に至った理由です。

 

入倉 Aさんのお話を聞いていると、やはり日本の社会にも、日本企業にも反省すべき点があるようです。現在は、シンガポールの日系企業で働いていらっしゃる。日本で感じたような窮屈さはないのですか。

 

Aさん 日系企業なので、日本の組織ならではのヒエラルキーがあります。とはいえ、一歩外に出れば、そこは多様性の坩堝のシンガポールです。多様な人、価値観との触れ合いが、仕事でも、日常生活でもあります。どこの国籍かなんて、関係ない。そして、年齢も関係ありません。

 僕の場合、年齢はまだ若いですが、英語ができることが武器になりました。最初は単なる通訳として重要な商談に出させてもらっていたのですが、そこで頑張ったのが功を奏し、今では1つのプロジェクトを任されるようになっています。

 

入倉 今、日本から多くの企業が、地域統括や事業統括拠点をシンガポールに作っています。そこで働く日本人を見て、感じることはありますか。

 

Aさん もちろん、僕の知っている範囲でということですが、日本人は日本人で固まっているという印象が否めません。たとえば、仲間うちで作るようなサッカーチーム。多様な国の人が集まるチームがたくさんあるのですが、日本人は日本人同士でチームを作っている。そして、地元の人が入るスーパーマーケットには入ったこともないという日本人も少なくありません。せっかく多くの国の人が集まり、多様な価値観と出合うチャンスなのに、大きな機会損失ですよね。

 

入倉 今回の一連の取材を通じ、グローバルな多様性を受け入れられないことと、優秀な若者とうまく協業できないことの問題点は、基本的には同じであると思いました。Aさんのお話で、それをより深く実感できました。