1990年代初頭から、多くの企業スポーツチーム(※1)の撤退が報じられている。
企業スポーツは、終身雇用や年功序列といった日本型経営から生まれた特徴的な仕組みであり、企業は選手を社員として雇用し、所有するスポーツチームで活躍してもらうことで、帰属意識の醸成や、広告宣伝媒体として活用してきた。
高度経済成長期には全国の企業に波及したが、景気が後退し経営のスリム化が叫ばれるようになると、多くのスポーツチームが廃部や休部に追い込まれたのである。業績不振が最大の原因であり直接的な契機となったわけではあるが、環境が大きく変化するなかで、従来企業スポーツに求められていた活用方法には限界があるともいわれる。
企業スポーツの役割は終わったのか、あるいは新たな経営的価値となるのか。企業スポーツの意義とその効果を考えたい。 

※1企業スポーツとは:企業が組織的に行うスポーツ活動のこと(実業団競技)

第3回 森永製菓

ひとりのアスリートの雇用が
一体感の醸成、広告宣伝につながる

森永製菓という社名から、企業スポーツを連想する人はそう多くあるまい。それゆえ、「北京オリンピック、フェンシング銀メダリスト太田雄貴選手、涙の入社会見」は一種の驚きを伴って受け止められた。一般に企業スポーツというときは、「企業が資金を提供してスポーツチームを所有し、チームの選手を雇用していること」、もしくは「アスリートを雇用していること」を指し、森永製菓の場合は後者に当たる。森永製菓は、1899年の創業以来、企業としてスポーツチームを持ったこともアスリートを雇用したこともなく、2008年に太田選手を採用したことで初めて、企業スポーツに取り組むことになった。

健康、スポーツ支援を事業の柱に

森永製菓のスポーツとのかかわりは1983年までさかのぼる。
「企業理念である『おいしく、たのしく、すこやかに』には、健康促進の意味が含まれています。日本においては、戦後まで、お菓子はおいしく栄養補給できるものとして、健康促進に貢献していました。ところが、飽食の時代といわれるようになるにつれ、お菓子は健康のイメージから離れていきます。そこで、食と健康との新たなかかわりを考えていくために、健康事業部(現在、ウイダー事業本部)を設立し、フィットネス先進国であるアメリカのウイダー社と提携しました」
と、ウイダー事業本部長・松ア勲氏は語る。

アメリカ・ウイダー社は、当時から「スポーツや健康促進のためには、トレーニングと栄養が重要」とメッセージしており、森永製菓はウイダーブランドのもとに、サプリメントの販売やトレーニング指導、栄養指導など、スポーツを軸に事業を展開していく。
「ここで、アスリートとのかかわりが始まるわけですが、まずは商品アドバイザーとしての契約からスタートしました。その後、アスリートのユニホームにウイダーのマークを入れてもらったり、実際にサプリメントを提供したりして、ウイダーブランドの宣伝につながるようになりました」(松ア氏)

現在も広告宣伝のために、数人のトップアスリートと契約している。しかし、太田選手のケースは、こうした関係とは出会いの時点から異なる。
「社会貢献として、高校生や大学生など次世代のトップアスリート、特にマイナー競技でも世界を目指している子どもたちを、サプリメントの提供という形で応援しています。太田には高校3年生のときから提供し、1年ごとに契約更新しながら支援してきました。フェンシングは競技人口もそう多くないため、高い広告効果は望めません。ですから、太田との関係は、『スポーツをなりわいにしている以上、スポーツの役に立ちたい』という純粋な社会貢献から始まっているのです」(松ア氏)

事業に思い入れがあるアスリートを正社員として雇用

大学を卒業した太田選手は、就職先を決めないまま北京オリンピックに出場、日本フェンシング史上初のメダリストとなる。帰国後は40社以上から契約の誘いがあったが、森永製菓に入社を決めた。太田選手の夢である「子どもの未来のために役に立つこと」を実現しているのが森永製菓であり、その取り組みを太田選手は身をもって知っていたからだ。
「自分のやりたいことが明確で、自分の考えを自分の言葉で語ることのできるアスリートは、組織の中でも十分活躍し得る人材だと考えています。ですから、社員として採用しました。森永製菓の場合は、社員として入社した以上は、メダリストであってもほかの新入社員と条件は同じです。現在も一社員として仕事をし、その評価によって報酬を決めています」(松ア氏)

太田選手の現在の所属は、ウイダー事業本部ウイダーマーケティング部アスリート販促担当。人脈を生かしてサプリメントをアスリートに提供し、その意見を集めて商品開発につなげたり、ウイダーブランドを広めていくことが主な仕事だ。会議でも、現役アスリートであり事業への思い入れが強い太田選手の発言は影響力があるという。さらに、2010年からはウイダー事業本部だけでなく、全社の広報活動の中心となることを期待されている。

とはいえ、太田選手の就業形態は、一般社員とは異なる。強化選手に指定されている太田選手は、大会前ともなればナショナルトレーニングセンター(日本のトップレベル競技者用のトレーニング施設)で練習となる。しかも、5月に開かれる高円宮杯ワールドカップ以外、ほとんどの大会が海外での開催だ。
「社員としての仕事もさせていますが、大会への出場は最優先です。彼のフェンシングに支障を来すことなく、どういう仕事ができるかを話し合いながら決めています。また、特別に副業を認めており、CMの出演料や雑誌などでの取材謝礼はスポーツマネジメント会社から支払われています。しかし、スポーツマネジメント会社を通した仕事は、上長の承認が必要になり、全部受けられるわけではありません」(松ア氏)
基本的に、遠征費やそのほかフェンシングにかかわる費用は、日本フェンシング協会が負担している。
「個人的に合宿がしたいとか、協会からの援助がない試合に出たいといった場合は支援しますが、選手は彼一人なので、大きな負担にはなっていません」(松ア氏)

トップアスリートの存在が社員のやる気につながる

前例のないトップアスリートの雇用は、社員にはどのように映ったのだろうか。
「新鮮だったようです。太田の入社会見が多くのマスメディアで報じられたこともあって、得意先や親せき、友人との間でも太田のことが話題に上がります。森永製菓も注目を浴びるようになり、社員のモチベーションを高めました」(松ア氏)
さらに入社後も、一社員として働きながら競技者として切磋琢磨する太田選手の姿は、社員にも刺激となっているという。
「海外の大会が多いこともあって、社員がそろって応援に出かけるということはまずありません。応援といっても、剣の動きが速すぎて、いつ拍手していいか分からないですし(笑)。太田の活躍の報告や優勝のニュースで、盛り上がっています」(松ア氏)

太田選手を採用したことは、商品開発や改良、商品の宣伝、従業員の一体感の醸成など、さまざまな場面で事業にも貢献できているようだ。
今後のアスリートの雇用の可能性に関して松ア氏は、「社会貢献として次世代アスリートの応援は続けていくつもりです。そのなかで、社会人として実力の高い人材が発掘できれば、社員として雇用しサポートしていきたいと思っています」と語った。

「無職の期間は精神状態が安定しなかった」と著書で語っている太田選手は、生活の基盤が整った今、次のオリンピックに向けて仕事とのバランスを取りながら練習に励んでいる。アスリートの雇用は、企業とスポーツの双方にとって有益なかかわり方として、十分注目に値するだろう。(2010.09.10) 

【協力=早稲田大学スポーツ科学学術大学院 教授 原田宗彦氏】
【Text=湊 美和】

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フェンシングの精神は「礼に始まり、礼に終わる」
  












 
フェンシングには、使用する武器(剣)の形によって
「フルーレ」「エペ」「サーブル」の3つの種目があり、
それぞれルールが異なる。
太田選手が銀メダルを獲得した種目は、「フルーレ」。
3種目とも、相手を突く・斬る動作があった時には
電気審判機のランプ点灯でその有無を判定する。













 
フェンシングは相手との接触プレーはない。
「フルーレ」では相手の剣を叩けば攻撃権を得る。
叩きながら相手を突けばポイントが入る。
競技者の動きが速く、高い動体視力が必要。







※写真は3点とも NEXUS Presents日本VSフランス 
男子フルーレ エキシビジョンマッチ」2009.05.06



 お話を伺った方 

会社概要

  ■設立/1910(明治43)年 
■創業/1899(明治32)年 森永西洋菓子製造所 
■本社所在地/東京都港区
■事業内容/菓子、冷菓、健康食品などの製造、仕入れおよび販売 
■売上高/連結1608億7800万円 単独1354億7700万円(2010年3月期)
■従業員数/連結3078人 単独1816人(2010年3月31日現在)


ウイダー事業本部長
松ア 勲氏
 
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