surveys人事視点による持続的生産性向上モデル

  • 経営のグローバル化、少子高齢化、サービス経済化、テクノロジーの進化など、経営・人事を取り巻く環境は大きく変化している。変化に適応すべく、人事戦略においても新しい取り組みが見られるようになってきた。代表的なものには、ダイバーシティ&インクルージョンの推進や、働き方改革などがある。

    これらの人事戦略を進めていく目的はさまざまにあるが、経営戦略に基づいて展開されていることは確かである。経営戦略と人事戦略。これらはひとつのストーリーとして説明されたときに、株主、顧客、社員(未来の社員を含む)といったステークホルダーに理解され、共感されるに違いない。

    リクルートワークス研究所では、このような問題認識のもとに、経営と人事をつなぐモデル作りに着手した。モデル化に使用したデータは、人材マネジメント調査2015である(※1)。

    労働生産性が持続的に向上してゆくということ


    モデル図を詳しく説明しよう。
    まず中心に労働生産性を置いた。企業の競争力を高め、維持するためには、持続的に生産性が向上する状態を作り出すことが必要不可欠だと考えたからである。人事戦略との接続を円滑にするために、生産性のなかでも労働生産性、つまり従業員一人当たりの付加価値額に着目している。
    分母には投入する労働時間の総量、具体的には総合職・基幹社員の月平均労働時間の実数を使い(※2) 、分子にはイノベーションを置いてみた(※3)。少ない労働時間でより多くのイノベーティブな成果を上げることができれば労働生産性が高いということになる。
    分子には売上総利益を置くという方法もあるが、2つの理由によってイノベーションを使用した。ひとつは中期の経営戦略を考える上では、現在の売上を最大化すること以上に、新たな価値を生み出すことに重点を置くことが持続的な成長に資すると考えたからである。もうひとつは、イノベーションこそが、株主にとって最大の関心事といえるからである。

    イノベーションの創出につながる2つの道筋


    労働生産性の分子にあたるイノベーションには大きく2つの人事戦略が影響を与えていることがわかった。

    [ダイバーシティ&インクルージョン →0.306**(回帰係数) イノベーション]

    女性活躍推進関連、外国人活用関連、シニア人材活用関連のそれぞれの指標を目標に設定している場合(※4)に、イノベーションが進むという因果関係があることがわかった。
    イノベーション経営企業の事例を見ていて実感することは、イノベーション経営の目的が、主にマーケティングと人材採用にあるということだ。顧客の多様性を組織に投影した形でダイバーシティ推進を行うことで、多様な顧客のニーズを理解し、共感を演出し、ヒット商品を生み出すことを狙っている。特に女性活躍推進(ジェンダー・ダイバーシティ)が重視されるのは、それだけ女性が消費の意思決定者になっているからである。イノベーションとダイバーシティの関係は直感的にも納得できるものだろう。
    なお0.306という数字は回帰係数を示し、**は5%水準で統計学的に有意(※5)であることを示している。

    [プロフェッショナル人材育成 →0.850***(回帰係数) イノベーション]
    社外に誇れる専門家・プロフェッショナルが2、3年前と比べて育っているかという質問の回答(※6)が、イノベーションに1%水準で有意な因果関係があることがわかった。
    イノベーションを生み出すのはプロの信念であり、専門的な知識や技術である。プロ育成を重視する企業でなければイノベーションは進まないといえるだろう。 日本企業はこれまでジェネラリストの育成を目標に掲げ、プロ育成を本気で行っていなかったところがあった。しかしグローバル競争が激しくなるなかで、それぞれの分野でプロがいなければ競争を勝ち抜くことはできなくなってきている。プロになるための人材育成システムを整備する企業は急速に増えてきている感がある。

    労働時間の削減につながる2つの道筋


    [働き方改革 →―2.17**(回帰係数) 労働時間]

    時間当たり生産性を意識した働き方の浸透や、業務プロセスの見直しなどの働き方改革に取り組んだ場合(※7)、当然ながら労働時間にマイナスの効果、つまり労働時間を減らす効果があることがわかった。 昨今の取り組みとして、労働時間の上限設定、働く時間の変更や自由化、テレワークの推進、会議の効率化などの取り組みが急速に進んでいるが、これらは明らかに労働生産性改善に直結する。

    [アサインメント改革 →―1.72*(回帰係数) 労働時間]

    社員には一人ひとりの能力に見合った仕事が与えられているという適材適所の実現や、上司による個人の能力・強みに応じたジョブアサインメントが行われているときに(※8)、仕事の効率化が進み、労働時間は削減される。
    特に直属の上司によるジョブアサインメントが仕事の効率や部下の成長に大きく影響することがわかっている。これはワーキングパーソン調査2014で検証されており、以前にWorksでも特集したことがある(※9)のでご参照いただきたい。
    どのような人事戦略をとったとしても、それを運用するのは現場のマネジャーである。ジョブアサインメントのスキルを含むマネジメントスキルを向上させることは、労働時間削減のみならず、ダイバーシティ&インクルージョンや働き方改革などその他の施策を推進するためにも重要な課題となるだろう。

    4つの人事戦略の関係性


    労働生産性に影響を与える4つの要素を抽出することができた。これら4つの要素の間には正の相関関係がある。

    [ダイバーシティ&インクルージョン ⇔0.254***(相関係数) 働き方改革]

    女性活躍推進に取り組むと、仕事と育児を両立して活躍するためには残業が当たり前の労働慣行を変えないといけないということに気づく。多様な人材が就業に参加するには、フェアで効率的な働き方を実現しておかなければならないのである。

    [働き方改革 ⇔0.357***(相関係数) アサインメント改革]

    効率的に働くためには、自らの専門性を活かすことや、上司が適切にジョブアサインすることが欠かせない。またテレワークを実行すれば、もはやプロセス管理ができなくなり、日々の擦り合わせが利かなくなるので、あらかじめ明確なミッションを与え、仕事の成果と期限を明確にしなければならなくなる。テレワークというひとつの施策が、マネジメントそのものの抜本改革を迫ることにもなるのだ。

    [アサインメント改革 ⇔0.424***(相関係数) プロフェッショナル人材育成]

    上司のアサインがレベルアップすれば、部下はより自律的に仕事の進め方を考えるようになる。また適材適所のジョブアサインや一人ひとりのキャリアデザインを支援するマネジメントができれば、その結果としてプロ人材が育ちやすくなる。オーナーシップはプロの仕事のベースであるので、細かいプロセス管理と不明確なジョブアサインでは部下が育たないということだ。

    [プロフェッショナル人材育成 ⇔0.229***(相関係数) ダイバーシティ&インクルージョン]

    プロフェッショナルは技術の深化の過程で個性的になってゆく。その個性こそがプロの価値なのである。それを受け入れて活かす組織風土があれば、プロは育ち、より活躍するというわけだ。ここにも明確な正の相関関係が成立していた。

    4つの人事戦略と人事制度全体の関係性


    労働生産性に影響を与える4つの人事戦略を改めて見てみると、これらが現在の人事課題をまさに反映していることがわかる。分析に使用した人材マネジメント調査2015では、現在の人事課題についても尋ねているが、人事課題として認識しているものを挙げてもらったところ、ダイバーシティ&インクルージョンに関連しては「ダイバーシティの推進」(92.0%)「外国人の活用」(58.5%)「定年退職者の再雇用・活用」(67.0%)、働き方改革に関連しては「メンタルヘルスへの対応」(86.9%)「ワークライフバランスの強化」(78.4%)「限定正社員の制度化」(36.9%)、アサインメント改革に関連しては「マネジメントスキルの向上」(77.8%)、プロフェッショナル人材育成に関連しては「プロフェッショナル人材の育成」(57.4%)「タレントマネジメントの推進」(62.5%)があり、この4つが人事課題の主要なものと重なっている。

    また4つの人事戦略は人事制度全体の主要な領域と重なっていることもわかる。ダイバーシティ&インクルージョンは主に採用や組織開発の領域、働き方改革は就業規則や雇用契約の領域、アサインメント改革は評価・報酬制度やマネジメントの領域、プロフェッショナル人材育成は人材育成システムの領域である。

    つまり、これらの戦略を人事戦略の骨格として展開していくことで、労働生産性を上げ続けることができるのである。また、冒頭に問題意識として示したように、このモデル図を使うことで、人事戦略と(持続的にイノベーションを生み出し労働生産性を向上させるという)経営戦略とが合理的に説明できることになる。

    人事戦略を遂行しようとしても、社員の共感を得ることができるかどうかが大きな壁であったが、モデル図を活用することで説明がしやすくなるのではないだろうか。また機関投資家などに中期経営計画を説明する場合にも、その計画における人事戦略の関連性を説明しやすくなるのではないだろうか。 このモデルは、東証一部上場企業の人事部門にご協力をいただいた調査結果から導き出したものに過ぎず、まだ不十分のところもあるが、今後継続的にモデルのブラッシュアップを図っていくことで、人事戦略をわかりやすく説明できるようにするという挑戦を続けていきたい。

    リクルートワークス研究所
    所長 大久保幸夫
    主任研究員 久米功一



    ※1)人材マネジメント調査は、リクルートワークス研究所が隔年で実施する企業調査で、東証一部上場企業を対象としている。2015年は176社のご協力をいただき、基本報告書を作成するとともに、いくつかの2次分析を行っている
    ※2)なお、この分析においては、労働時間のばらつきを考慮して、通常のフルタイム勤務に近い160時間/月(1日8時間、1カ月20日)を超える企業にサンプルを限定している
    ※3)2、3年前の自社と比べて「イノベーションを起こす人材が育っている」「新しい発明や製品の開発、ビジネスモデルの構築等の成果が出ている」に対して「その通りである=5点」~「そうではない=1点」の5段階で自己評価した合計スコアを使用した
    ※4)「女性活躍推進関連(管理職数・比率、新卒採用者数・比率)」「外国人活用関連(管理職数・比率、新卒採用者数・比率)」「シニア人材活用関連(定年後再雇用者数・比率)」のそれぞれについて目標設定している場合に1の値をとり合計したスコア(0~3)。法定雇用率があるため、障がい者雇用については変数に含めなかった
    ※5)***1%、**5%、*10%で統計的に有意
    ※6)2、3年前の自社と比べて「社外に誇れる専門家・プロフェッショナルが育っている」に対して、「その通りである=5点」~「そうではない=1点」の5段階で自己評価したスコア
    ※7)2、3年前の自社と比べて「時間当たりの生産性を意識した働き方が浸透している」「業務プロセスの見直し、マニュアル化、コスト削減等の成果が出ている」に対して、「その通りである=5点」~「そうではない=1点」の5段階で自己評価したスコアと、時短に対する取り組みの度合い(1~5点)を合計したスコア
    ※8)2、3年前の自社と比べて「社員には一人ひとりの能力に見合った仕事が与えられている」「社員一人ひとりに合わせたキャリア形成が実現できている」に対して、「その通りである=5点」~「そうではない=1点」の5段階で自己評価した合計のスコア
    ※9)「Works」127号、部下を育てるジョブアサインの愛と論理