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  Home > SPECIAL THEME > 新世代の就業観 2002年10月
 
SPECIAL THEME Works Institute
リクルートワークス研究所
1997年時には、173万人と推計され(日本労働研究機構)、現在200万人を超えるといわれるフリーター(※)。彼らについて、これまで様々な議論がなされてきた。「今までにない新しい働き方を模索する先進的な若者たち」という肯定的な意見もあれば、「ちゃんとした定職に就かずに、ぶらぶらしている人たち」という否定的な捉え方もある。ここでは、"フリーター"という捉えにくい存在が増えつつあるいま、それに象徴される現在の若年者の「就業観」を、明らかにしたいと考えている。
第一回の語り手には、元フロム・エー編集長で、「フリーター」という言葉の名づけ親である、道下裕史氏をお招きした。道下氏は、現在新しい活動の領域を求めてリクルートを退社、自らを「エグゼクティブ・フリーター」と名乗り、コンサルティング事業や、中高年の就職支援NPO(人材開発機構)など、様々な分野で活躍している。道下氏へのインタビューを通して、「フリーター」そして「若年者」の就業観の実態を探る。
※ フリーターの定義:いくつかの定義が存在しているが、リクルートワークス研究所では、男女ともに34歳以下、パート・アルバイトとして働いている者と定義している。
新世代の就業観インタビュー  若者に、「働く」ことをどのように伝えるか? エグゼクティブ・フリーター 道下裕史 氏
インタビュアー:ワークス研究所 研究員 菊池将
「反フリーター化」は
あてはめ型の就職斡旋では解決しない
――「フリーター」という言葉の誕生の背景にあったものは何でしょうか?
道下裕史氏 写真
道下 「フリーター」という名称を考えたのは今から16年前になります。定職にも就かない、進学もしないという、いわゆる「無業者」と呼ばれる人が次第に増えつつある状況にありました。当時は、就職環境が良かったのに就職しない若者が登場してきたわけです。ただし、この人達にも2つのタイプがいました。
一方は、マスコミなど難関志望者や作家・カメラマンなどのフリーランサー、あえてそういうところを志す明確な夢を持って努力もしている層と、必ずしも具体的な努力をしていないで、バイト・アルバイトをしている層とに分かれていたのです。後者は、今フリーターの多くを占めているといわれている、「やりたいこと」が見つからない人たちですね。フロム・エーとしては、前者の明確な夢と意思を持って努力する若者たちだけを応援したかったのです。応援する側を明確にすることによって、応援される人たちを元気づけたかったのと、応援されない人たちには、自分と応援される人たちの違いがどこにあるのかを知ってもらい、自分に足りないものに気づいて欲しかったのです。この応援したいという思いが、「フリーター」という言葉の誕生の裏側にあったものですね。
――それから16年、ずいぶんフリーター層の勢力分布図が変わりました。道下さんが応援したかったというもともとの「フリーター」層は、今やごく一部のみという現状があります。
道下 みんなが大学に行く、あるいは行ける状況になり、大学生が急増した、という環境的な要因があります。また家庭でも、両親が子供のパラサイトシングル化を容認してきたことも、私が言った"やりたいことが見つからないフリーター"の増加に拍車をかけたところがありますね。少子化により、経済的にもパラサイトシングル的な生活が可能だったということもあるようです。ただし、ここ数年は不況の影響で家計も厳しくなり、また「フリーター」への社会の目も厳しくなっているようです。
――学校教育が「フリーター化」に影響を与えているところはないでしょうか?
道下裕史氏 写真
道下 学校教育の入口(入学)と出口(卒業)と中(学校生活)との間でギャップが生じています。中では、「ゆとり教育で自由度が増し、本人の自発性を重要視しました」というが、出口(卒業時)は、どこに何人就職した、どこの大学に何人入った、ということが重要視される。出口は今までと変わらないわけです。
このギャップは大きい。自発性を重視するなら、入口も自由にするべき、オープンカレッジで、希望者全員を入れてやるといった思い切った施策も良いかもしれません。その代わり、「うちの大学は出るのは厳しいよ」と言って本人に選択させるというのはどうでしょう。今は入口も出口も、試験というこれまでのしくみと変わらないわけです。卒業という出口の時には、本人に「自分の希望を言っても、どうせどこかに押し込められる指導をされるとわかっているので、言ってもしょうがない。」というあきらめの思いがあり、「フリーター」になるしかないか、という感じになっているのが悲しいところです。
――最近では高校における厳しい「反フリーター教育」の流れがあるようですね。
道下 今、高校では卒業生のフリーター化を容認してはいけない、と教育委員会が指導するような空気があるようです。あるディベート企画で、某都立高校の校長と話をする機会がありました。その高校では、以前まで5割以上といわれた卒業生のフリーター率を下げるために、様々な試みが行われていたということです。校長は、教師と生徒との間に、特に就職観の養成などを目的として対話の時間を設けたりと、熱心な指導を行っていました。評価できる点だと思います。しかし、結局、進路選択の場面になると、卒業時にフリーターのままではだめ、ということで、学校に来る求人票という限定された中から選ばせるわけです。生徒は、「ここはいい企業だから」「先輩も行っているから」と勧められて、興味がなくてもそこへのを就職を余儀なくされてしまうケースもある。ここに先生と生徒の意識のギャップ、そして生徒の意思と企業との間にミスマッチが起こるわけです。
――「反フリーター」という、世間の論調についてはどう考えていますか?
道下 フリーターと呼ばれる人にも正社員と同じように働いている人が随分いるし、内容だって立派な人もいる。それを一括りに"フリーター"と呼ぶのは無理がある。そうなると、"フリーター"を避けるためだけに、親も先生もどうして良いか分からないので、とりあえず「押し込めるところ(求人票の来た企業)に押し込め」という具合になってしまうわけですね。
バブルの崩壊以降、終身雇用制度が実質的に崩れ、正社員以外の人が占めるウェイトが徐々に増えつつあります。それにもかかわらず、崩れたはずの「正社員幻想」がまだ人々に根強く残っているのが、このように若年者の就職におけるミスマッチの要因にもなっているのではないでしょうか。まずは世間が「多様な働き方」とその「選択の自由」を認めてあげて欲しいですね。
"仕事は我慢""仕事に楽しさを"
世代ギャップをうめるコミュニケーションを
――それについては親と子供の間の世代間ギャップというものがよく指摘されています。
道下 親の世代では、「仕事」は我慢して当たり前、だから給料がもらえるんだという考えを持っている人が主流です。さらにその中で、「大企業に入って、ちゃんと最後まで勤めあげて…」という価値観も重要なものでした。確かにその考えも間違いではありません。ただし、今の若い子供の世代にとっては、経済的な貧しさなど体験していない人が大半ですから、「そこまでしないとお金って稼げないものなのか」という素朴な疑問が出てきます。周りをみると、楽しそうに働いている人もいます。そこで、「でも我慢だけじゃない働き方をしている人もいる」というと、大人は「そんなのフロックだよ。おまえにできるわけないよ」と否定から入るわけです。ちゃんとしたコミュニケーションが成立しないで終わってしまう。本来は、お互いに努力してコミュニケーションするのが必要なのですが、なかなか難しい。
僕は、親の世代と子供世代の両方の価値観を共有できる今の30代の人たちが、この両世代のコミュニケーションの掛け橋になれるのでは、と期待しているのです。
――フリーターや無業者たちの問題に戻ります。現在、彼らの大半は「やりたいこと」や「夢」が明確になっていないといわれています。
道下 そういう子たちも、「ゲーム」とか「音楽」とか、何か自分なりにこだわりのあるものを持っていると思います。なんのためにやっているかというと、「満足感」とか「充足感」が持てるからですよね。そういう子が仕事の場面では「こだわり」「充足感」を持てないというのが問題です。どういうきっかけで、どういう方法で、感じてもらうかが非常に重要になります。インターンシップとか「お試し」に行ってみようかという子は良いんですが、それにも行く気がない子は違う形できっかけを作ってやるしかないでしょう。その子にもよるが、何しろ、その場に行ってみる。そういう場に身を置いてみる。ということをさせねばならないと思うんです。言葉は悪いが、多少無理やりでもひっぱり出すのが重要、だましというか…(笑)。例えば、ゲーム好きの子には、新しいゲームがあるんだよ、と引っ張って、実際に行くと、ゲームだけではなくて、仕事めいたことが体験できる、とか。どんな風に餌をまくのか、とかそんな場の提供の方法を大人が、みんなで考えてやれば良いじゃないかと思うんです。
仕事の中の「自分にしかできない部分」を伝えることが
本当に就業観を育てるということ
―― 雇用する側に、彼ら「フリーター」の活用について期待できるところはないでしょうか?
道下 最近では、企業にもうまく「アルバイト・パート」を活用できる企業もでてきました。ディズニーランドのキャストがそうです。自分が役割を果たすことによって、それが企業にとってどれだけ重要性があるのかが伝わることが大事です。バイトか正社員かは関係ありません。仕事そのものへのイメージが変わり、そして自分自身も変わる局面があります。仕事によって、自分自身が役に立って、自分のポジションが実感できることを体験させるわけですね。スターバックスのパートナーも同様で、「パートナー」と認められることで、本人の意識も違ってきます。自分の仕事に対しての認識や忠実度が違うので、次第に意欲的になってくるんですね。いい循環を生み出す空気ができる。これは、「就業観」の養成の良い例だと思います。今、日本ではサービス業(飲食など)のシェアが増えてきて、そこで働く人の数も増えています。今後も増えるでしょう。若い人が働いても良いかなと思う部分もサービス業は、たくさん持っています。"接客"というスキルには実は大事な部分があるのですが、システム化しにくいから特にしない、という風潮が従来日本の企業にはみられました。その後、日本のサービス産業における企業は、欧米の企業のマニュアルを参考にし、それらを導入して成長させました。
一方、「ギャップ」や「スターバックス」などは、逆に綿密なマニュアルを設けないわけです。一人一人のキャラクターにスポットを当てました。更に上の段階を生み出したといえますが、その原点といえるのは、客にどう接するかとか、人柄を分かってもらうといった部分になります。これは機械では代替が利かない部分ですが、そのいろんな要素をどうサポートしたらよりスピーディーにより多く応対できるのかと考えれば可能です。
ただ単にマニュアル的な対応をしても客に逃げられる。そう思わせないために顧客とのコミュニケーションを教える。これは、各個人にしか出来ない部分です。そういう風に教えられると、仕事において自分にしかできないことを見出し、重要性を感じます。そこからここにいる意味、充足感を見出すこととなるでしょう。これが本当の就業観の養成なのです。ただし、その場にいなければ、そのような養成の入口にも立てないわけですね。
――道下さんは、現在、ご自分を「エグゼクティブ・フリーター」と称しています。この言葉を提唱するにあたっての道下さんの思いを最後にお聞かせください。
道下 ひとつは、フリーターという言葉を世に生み出したものとしての責任を感じてのことです。世の中で、「フリーター悪」という部分が次第に大きくなってきました。もともと込めていた意味とは違うが、世間はそう認識してはくれません。その中で、フリーターというのもいろんな人がいる、というのを説明したかったのです。いろんな人がいるといったときに、注目してもらうためのひとつの手段ですね。歳をとった私の世代にも「フリーター」がいる、というのを意識して欲しかったのです。エグゼクティブという言葉は、役職とかランクではなくて、もともと持っている「実行する」「実践する」という意味でつけました。何もしないフリーターとは違って、実践するフリーターなんだと認識してもらいたかったんです。実際使ってみると、いろんな人から「ぜひその肩書きを使わせてくれ」という話がきました。みんな、個人で働き、企業などから制約を受けないで働いている人です。また、これは当初、「フリーター」という名称をつけたときと同じ思いなのです。つまり、我々「エグゼクティブ・フリーター」は、「やりたいことのない」あるいは、「実践しない」「旧フリーター」とは違うのだ、というメッセージを突きつけて、刺激を与えたかったのです。これが、「エグゼクティブ・フリーター」を思い立った理由です。
――また、世間が追いついてきて、今度は「エグゼクティブ・フリーター」という言葉が陳腐化してしまったら、どうしますか。
道下 「フリーター」は応援メッセージでした。「エグゼクティブ・フリーター」はPR、理解促進のために打ち出したものです。もちろん、陳腐化したら次の名称を考えて、その時の状況、時代の要請等から応援したい若年者たちに刺激を与えていきますよ。
(2002年10月1日掲載)

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