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雇用法制レポート

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改正最低賃金法と最低賃金政策の将来的課題

藤川恵子(ワークス研究所客員研究員)
1.イントロダクション

2007年11月28日、改正最低賃金法が成立した。

格差やワーキングプアという言葉が連日メディアを賑わした2007年は、かつてないほどに最低賃金に世論の関心が集まった年でもあり、法改正がいつ実現するかが注目されていた。

最低賃金法の骨格は1968年の同法改正時の原型を現在も留めており、グローバル化の急速な進展や雇用就業形態の多様化を含めた、企業や労働者を取り巻く環境に対応していないという懸念が高まっていた。

厚生労働省は、最低賃金原則に「生活保護施策との整合性に配慮する」ことなどを明記した最低賃金法改正案を2007年3月に通常国会に提出したが、これに対して民主党は、全国最低賃金を時給約800円に想定し、地域最低賃金の全国平均目標を1000円とする独自案を発表し、政府案に対抗した1

今回の主な改正点は、地域別最低賃金を決定する際に、生活保護との整合性に配慮すると明記した点、最低賃金の不払に係る罰金額をこれまでの労働者一人あたり2万円から50万円に引き上げた点などである。また、民主党との修正協議で「労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう」という文言が追加された。

しかし、今回の最低賃金法改正によって、我が国の最低賃金制度について論じられてきた問題点がすべて解決され得るのかどうかは疑問である。本稿ではこれまでの最低賃金政策と改正法の内容を踏まえて、今後の課題を提起する。

1 共産党も最低賃金を1000円にすれば2兆6000億円超の経済波及効果があるという労働総研試算をもとに、「1000円案」を打ち出している。しかし最低賃金の大幅引上げが雇用や失業に与える影響については説明していない。

2.最低賃金制度

そもそも最低賃金制度とは、国が最低賃金法にもとづき賃金の最低限度を定め、使用者は、その最低賃金額以上の賃金を労働者に支払うという制度である。都道府県別の地域別最低賃金は地域内のすべての労働者に適用される。

では、最低賃金はどのように決められるのか。最低賃金の決定方式には審議会方式と労働協約拡張方式があるが、ほとんどの場合、審議会方式で決められる。そして、審議会方式は、中央最低賃金審議会が毎年作成する目安と大きな関わりをもつ。

中央最低賃金審議会での目安額決定においては、組織労働者の春闘賃上げ率、有効求人倍率、消費者物価指数の対前年上昇率、初任給上昇率、倒産件数、最低賃金の監督指導結果、賃金改定状況調査など、さまざまな経済労働指標が考慮され、都道府県をAからDまで4つのランクに分けて引上げ額が提示される。

この目安制度については10年程前から数々の問題点が指摘されている2。たとえば、地域別最低賃金と各都道府県の経済実態との乖離、各都道府県の各ランクヘの振分けの見直しなどである。目安制度が最低賃金決定に与える影響力を考えると、政府は同制度の改善に真剣に取り組む必要がある。

2 第146回中央最低賃金審議会資料などを参照http://www2.mhlw.go.jp/info/shingi/roudou/chingin/shg990301_1.htm。なお、目安制度の課題については、嶺学「目安制度下の最低賃金制度の展開と当面するジレンマ」『大原社会問題研究所雑誌』No.521 2002年pp44-61が詳しい。

3.日本における最低賃金の役割

最低賃金の目的は、国によって異なるが、一般的には以下の3点が最低賃金制度導入の主要な目的であるといわれる3


また、ヨーロッパの研究では、最低賃金制度が女性労働者の所得向上や男女間の賃金格差解消に貢献していることがあきらかになっている4

日本の場合、「賃金の低廉な労働者について、(中略)賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もって、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする」と法律(改正最低賃金法第1条)に明記してある。だが、最低賃金制度が、法律が謳うほどの目的や役割を果たしてきたかどうかは疑わしい。

これまで日本においては、最低賃金制度に大きな関心が集まらなかった。これは、最低賃金の影響を受ける人が少なかったから、あるいは、最低賃金前後で働いている人の多くが家計を支える人でなかったから、であると思われる。そのためか、政府も最低賃金政策にあまり重点を置いてこなかった感がある。たとえば、最低賃金と一般賃金との格差が拡大傾向にある点、ここ数年の最低賃金の影響率5が1パーセント台と低い点、などから最低賃金制度の影響力が低いことが窺える(図表1)。

図表1 地域別最低賃金額影響率の推移

(2000〜06年、単位:%)

図表1 地域別最低賃金額影響率の推移

(出所 厚生労働省「最低賃金に関する基礎調査」)

逆に、アメリカでは、2007年に10年ぶりに連邦最低賃金額が引き上げられ、段階的引上げを経て2009年には7.25ドルになることが決まったが、直接的に影響を受ける人は約560万人(影響率4.3%)もいると見積もられる6

日本のように影響率が低すぎると、最低賃金の存在感が薄れ、最低保障としての役割が果たせるのかという疑問も生じる。

他方、最低賃金と一般賃金との格差は、賃金改定状況調査の結果をみると歴然としている7。同調査によれば、2007年6月の時間あたり一般賃金額は1365円(産業計、男女計)で、同年10月改定の最低賃金額全体平均(687円)との差はほぼ2倍だ。

さらに、企業が従業員を実際に採用するときの時給との格差も大きい。最近、帝国データバンクが行った景気動向調査によると、採用時のもっとも低い時給の全体平均は約902円で、最低賃金額を200円以上も上回っている8

最低賃金の影響を受けるのは、年齢別では特に若年者が多い9。たとえば、地域別最低賃金額×1.15%という低賃金層に張り付いている割合は16歳では約80%と非常に高い10。また、60歳以降の高齢層でも低賃金層の割合が高く、男女別では女性の割合が、一般・パート別ではパート労働者の割合がそれぞれ高い。

これらの結果から、最低賃金に近い低賃金で働いている者の多くは、親と同居している学生や、年金収入のある高齢者など、自分の就労所得だけで生計を立てていない者である、ということが推察できる。

3 European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions, Minimum Wages in Europe: Background Paper, 2007.
4 Eironline, Minimum Wages in Europe, 2007, http://www.eurofound.europa.eu/eiro/2005/07/study/tn0507101s.htm.
5 影響率とは、最低賃金を改正した後に、改正後の最低賃金額を下回ることとなる労働者割合である。
6 Economic Policy Institute, Minimum Wage FAQs, http://www.epinet.org/content.cfm/issueguides_minwage_minwagefacts。もっとも、アメリカでは、2007年以前にすでに30州が連邦最低賃金よりも高い州最低賃金を設定し、全米労働者全体の約7割は連邦法よりも高い州最低賃金の適用を受けていたので、連邦法改正の影響は周辺的であるとも思われる。
7 厚生労働省「2007年(平成19年)賃金改定状況調査結果」2007年7月。
8 TDS景気動向調査2007年10月http://www.tdb-di.com/
9 労働政策研究・研修機構「日本における最低賃金の経済分析」『労働政策研究報告書』No.44 2005年。
10 前掲注9。

4.今後の課題

今回の法改正で、最低賃金額と生活保護との整合性を図ることが明記された。一部の地域のように最低賃金が生活保護費を下回ると、モラルハザードが起こり、就労意欲が失われると危惧されていたため、このねじれ現象の解消は不可欠だった。

はたして、どのように解消するのかは、現在のところあきらかでないが、11月30日に厚生労働省が公表したところによると、生活保護費のうち生活扶助の基準を大幅に見直し、生活保護費全体を引き下げる方針11だというところから、生活保護費の引下げと最低賃金の引上げで調整していく方向性だと窺える。

そのほかにも、日本の最低賃金制度には未解決の課題が多く残されているが、ここでは以下の3つの論点を提起しておく。

11 厚生労働省の発表は、生活扶助基準に関する検討会『生活扶助基準に関する検討会報告書(案)』(2007年11月30日)をうけたもの。

(1) 地域間格差

2007年度地域別最低賃金額をみると、もっとも高い東京都(739円)と、もっとも低い秋田県と沖縄県(それぞれ618円)では、121円の差がある。このような地域間格差をめぐる議論には、地域間格差をなくして全国一律の最低賃金額にすべきだという論調12と、名目賃金と実質賃金の違いなども考慮したうえで地域格差を考えるべきだという論調13がある。

たしかに都市部と地方では実質購買力は異なるが、最低賃金額の地域間格差が各地域の実質購買力に対応しているかどうかをみきわめるのは容易ではない。しかし、少なくとも、地域間格差の根拠と決定要因をあきらかにし、それが常に現況にマッチしているように図られるべきだろう。

12 全労連http://www.zenroren.gr.jp/jp/opinion/2006/opinion061228-02.htmlなど。
13 真野輝彦「県別最低賃金と格差」三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社http://www.murc.jp/column/mano/2007/09/20070911.html

(2) 妥当な最低賃金額とは

日本の最低賃金額は他の先進諸国と比較して低いといわれる。イギリスの5.52ポンド(22歳以上、2007年11月30日のレートで約1250円)14や、フランスの8.44ユーロ(2007年11月30日のレートで約1380円)15と比べるとかなり低い。ただ、ドイツのように法定最低賃金制度のない国も少なくない16

最低賃金の決め方は国によって異なるが、概してEU主要国の最低賃金は高い(図表2)。また、平均所得に対する最低賃金の比率も日本よりも高い。先進国で、最低賃金で働く労働者比率が20%を超える国はないが、フランスは16.8%と他国と比較して著しく高い。この比率が高ければ高いほど、最低賃金の実質賃金としての役割が大きくなる。

最低賃金制度の目的は異なるが、制度として導入する以上、その存在意義が疑問視されるような賃金額では意味はない。金額を決定するうえで労働者の生計費へのウェイトを高める必要はあるだろう17

図表2 日本、アメリカ、EU主要国の法定最低賃金
2007年
絶対水準月換算
平均所得に対する比率
(2005)
最低賃金で働く労働者比率
(2005)
日本 \126,658 33.2% n/a
アメリカ* \110,348 32.0% 1.3%
イギリス \222,165 44.9% 1.8%
フランス \204,699 58.0% 16.8%
オランダ \212,245 46.0% 2.2%
アイルランド \228,880 54.5% 3.3%

(出所European Foundation for the Improvement of Living and Working Conditions, Minimum Wages in Europe: Background Paper, 2007), OECD Earnings Structure Database *アメリカの賃金は07年1月時点のもの。

14 イギリスでは1998年全国最低賃金法にもとづき、翌99年から全国最低賃金制度が導入されている。諮問機関である最低賃金委員会が、最低賃金の影響力、労働市場や経済状況、他の立法政策、関係当事者の見解などを考慮して最低賃金額の推薦を行うシステムだ。なお、若年労働者のレートは別に設定されており、07年10月以降の最低賃金額は、16-17歳が3.40ポンド、18-21歳が4.60ポンドである。(以上、Low Pay Commission, National Minimum Wage: Low Pay Commission Report 2007.)。
15 この金額はSMICの最低賃金額。SMICの改定は、平均賃金の購買力などにもとづき決められる。その年の物価指数上昇率が2%以上の場合、自動的に同レートで最低賃金も引き上げられる。また政府はいつでも最低賃金を引き上げることができる。なお、フランスには全国の労働者に適用されるSMICという法定最低賃金と、一部の労働者に適用される労働協約にもとづく最低賃金がある(協約の拡張適用)。最近ではSMICの金額の方が高いので、使用者は協約の適用を受ける労働者についてもSMIC以上の賃金を支払わなければならない。なお、年少者、障害者、見習訓練生については減額措置が適用される。見習いの場合、訓練生向け最低賃金レートでの雇用と訓練をミックスした交互訓練契約など多様な制度がある。
16 EU27ヶ国中、法定最低賃金を導入していない国は、オーストリア、キプロス、デンマーク、フィンランド、ドイツ、イタリア、スウェーデンの7ヶ国。ドイツには現在のところ法定最低賃金は存在しないが、建設業などでは産業別労働協約で最低賃金の設定をし、協約による最低賃金の適用を受けている者は多い(前掲注4参照)。なお、ドイツでは2004年以来、法定最低賃金制度の導入を求める論争が高まっている(Jana Zitzler, "Plea for a European Minimum Wage Policy," International Policy Analysis Unit, 2007.)。
17 最低賃金の引上げが低賃金労働者の雇用機会を奪うという議論もあるが、いまのところ立証はされていない。

(3) 最低賃金の履行確保

最後に提示しておきたいのは最低賃金の履行確保に関する問題だ。2007年に厚生労働省が行った監督結果では、違反事業場数は1373事業場で、違反率は6.8 %である18

図表3 最低賃金主眼監督実施状況の推移
図表3 最低賃金主眼監督実施状況の推移

(出所 厚生労働省「2007年度最低賃金の履行確保に係る一斉監督結果について」2007年8月)

また、監督実施事業所で最低賃金額未満の賃金しか受けていない労働者には障害者(13.8%)や外国人(7.3%)が多いことにも留意する必要がある。

国際的に低いといわれる最低賃金すら支払っていない事業所が6.8%も存在するのは憂慮すべき事態であり、労働市場で不利な立場にある人たちが泣き寝入りすることのないように、監督指導をいっそう強化していかなければならない。

18 厚生労働省「2007年度最低賃金の履行確保に係る一斉監督結果について」2007年8月。

(2008年1月28日掲載)

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