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| 「成長の危機」Webサイト特別編 後編(2) | |
リクルートワークス研究所 |
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「予期せぬ出来事を積極的、肯定的にとらえる」−−米スタンフォード大学のジョン・クランボルツ教授が提唱するハプンスタンス・アプローチは、組織と個人の「成長の危機」克服にも大きな示唆を与えてくれる。このWebサイト特別編では、まず前編として慶応義塾大学SFC研究所キャリアリソースラボラトリーのシンポジウム「ハプンスタンス・アプローチの最新動向」(6月28日、慶応義塾大学三田キャンパスで開催)における、クランボルツ教授の講演をレポートする。続いて後編では、ハプンスタンス・アプローチの生きた事例として、沖縄で事業を展開する個性派社長お2人の物語と、高橋俊介・慶大大学院教授によるまとめ(Wrap−Up)をお送りする。
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| - 目次 - |
| 前編 提唱者クランボルツ教授の講演レポート |
| 後編 個性派社長2人のハプンスタンスin沖縄 (1) 竹田誠さん(マコト・オリジナル・グッズ社長) (2) 三上伸司さん(ブルーム社長) (3) 高橋俊介先生のWrap-Up |
急成長、挫折、そして沖縄へ 自らを変えて、ビジネスも進化 株式会社ブルーム 代表取締役 三上 伸司さん |
![]() 高校卒業後に上京し、三上伸司さんは渋谷の美容学校に入学した。進路に迷っていた高校 3年のときに見た、ヘアデザインショーの写真の華やかさにあこがれたからだという。「パーマ屋なんかになるのか」という父親の反対を押し切って飛び込んだ美容業界。どんなことがあっても絶対やめない覚悟があった。 新聞配達をしながら美容学校で学ぶのは想像していた以上に苦労があったという。「でも、その分ほかの誰よりも頑張れる、努力できる環境にあったのも僕だった」と、前向きに勉強に励んだ。「入学してすぐに後悔もしました。僕はものすごく不器用なんです。みんなが 1週間で合格できることがなかなかできなかったりした。でも、向いてないからやめようとは思わなかった。人に負けるのは嫌ですから。実家には絶対に戻らないという意地もありましたし。結局、卒業までには誰よりもうまくなっていました」。 美容学校卒業後は、美容師の勉強ができることを基準に選んだ美容室に就職。就職した 100人が、1年後には 50人、5年後 10人、10年後に 2人にまで減ってしまうような厳しい美容師の世界で、下積み時代を経て店長にまでなった。だがその間、三上さんがやめようと思ったことは一度もなかった。「安月給で仕事もきつかったけど、下積み時代をつらいとは思いませんでした。自分のことだけを思うと、シャンプーばかり 3年間やらされたら耐えられないかもしれません。でも、すべてお客さんのためにやっていることだと思っていましたから」と話す。「僕がほかの美容師に負けないものは、技術でも話術でもない。お客さんを思う気持ちでしょうね」。 |
経営者として一歩階段を上がった |
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東京を離れ、地元岡山で美容院を経営することになるきっかけは、勤めていた会社が、予定していた店舗拡大を取りやめたことだった。新店舗の企画に積極的にかかわっていた三上さんは、会社の方針転換に大きく落胆したという。退職したいと会社に伝え、後任育成のため1年間店長職にとどまった後、10年間勤めた東京の美容院を退職した。美容師になることに猛反対していた父親も、このころには応援してくれるようになっていた。 1987年 3月、岡山に戻った三上さんは、岡山駅西口に 1号店を開店した。ところが、「お客さんが全く来ない」状況が続いた。開店早々窮地に追い込まれ、5人いたスタッフには毎月 1人ずつ辞めてもらって 2人にまで減らした。余分な家具は処分し、顧客ターゲットをホワイトカラーの社会人から学生に切り換えて苦境を脱した。少しずつ売り上げを伸ばして 3年目に 2店舗目、5年目に 3店舗目を開いた。だが、この 3号店が問題だった。ビルの所有者に請われて、気が進まないまま出店した 3号店は、もともと別の美容院が入っていたのに撤退した場所だった。開店費用はかからなかったが、売り上げは伸びなかった。「バブルがはじけて景気が減速を始めたことも関係していたかもしれない。でも、それよりもスタッフが定着するような魅力的な会社になっていないことが大きかった。スタッフが定着しないからお客さんも入れ替わる。そこに無理をして 3号店を出して固定経費が膨らんでしまいました」。 |
経営理念の大切さに気付く |
![]() 店がつぶれかけていたこのころ、取引先の自動車ディーラーの社長から「美容師さんは視野が狭いから、もっと世間を勉強したら」と言われ、企業経営者のセミナーに出席した。そこで「僕は何も知らない」とショックを受けたという。三上さんは、当時の新鮮な驚きを思い出しながら言う。「みんな『これからの日本はどうなるべきか』とか話しているんですよ。そんなことを思いながら経営するなんて考えたこともなかったし、『何のために経営者をしているのか』との問いに答えられなかった。『経営理念って何ですか』と思わず聞き返しました。会社には存在目的があるべきなのだと知ったのです」。この勉強会では、その後三上さんのテーマとなる環境問題の重要性にも気付かされた。環境を汚さない会社づくりを目指し、「美と健康と環境の調和」を経営理念に掲げた。 従業員にも伝えやすい経営理念を定義し、理念を支える仕組みづくりを進めると同時に、環境問題に関するさまざまな勉強会に出席した。スタッフに対しても理念を理解、実践するために役立つ勉強会を開き、環境や人体についてあらゆることを学ばせた。勉強会の連続に辞めていくスタッフも多く、最終的には半分にまで減った。残ったスタッフは理念を深く理解し知識も備えた、いわば「少数精鋭」。業績は上向き、理念を打ち出した翌年から 2店舗ずつ出店し、10店舗にまで拡大した。 |
走り続けて自分を見失う |
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すべてが順調に見えたが、再び試練がやってきた。売り上げがピークに達していると見た取締役が、急な出店にブレーキをかけるよう要請。本当に人材は育っているのか足元を見直そうと、1年ほど事業拡大を止めて様子を見ることにした。これが思わぬ結果を生んだ。10店のうち 8店の店長が辞めてしまったのだ。「拡大を止めたことで、彼らは目標を失ったのか、持続させるだけでは満足できなかったのでしょう。僕自身も成功して勉強会や研修会を駆け回り、業界の申し子にでもなったかのように舞い上がっていました」。三上さん 40歳のとき。それまでがむしゃらに走り続けて築き上げたものが、崩れ落ちるような状況にあい、どうすればよいかわからなくなった。 |
沖縄との出会い「がんばりすぎなくていい」 |
![]() 経営からいったん離れることを決めた三上さんは、部下に経営を任せて国内外を旅行した。沖縄もそんな旅行先のひとつだった。自然にあふれ、ゆったりとした雰囲気の沖縄に「癒やされて」再び経営者に戻ることを決意。店の業績が悪化し、戻らざるを得ない状況でもあった。「沖縄に来てすごく癒やされましたね。ここではみんな自然体。『僕もそんなに頑張らなくてもいいんだ』と思えた。これまでは仕事ばっかりしてきたなぁ、と」。沖縄で出店することを決めた 2000年、車をフェリーに積んで再び沖縄に向かった。沖縄の自然素材の素晴らしさを生かそうと、車に寝泊りしながら、自然素材のシャンプー作りを引き受けてもらえるよう化粧品会社を説得したり、素材の提供を受けようと農家を回ったりもした。同年、那覇市の国際通りに2店舗を開店。環境保護にこだわる姿勢は、沖縄でも受け入れられた。 沖縄に移住し、美容院を経営して気付いたことがある。三上さんは自然や天然であることにこだわりを持っているが、沖縄の人たちは自然や天然なものをあるがままに受け入れていることだ。沖縄に当たり前にあるもの(=豊かな自然)に価値を見いだすのが三上さんの役割だと感じている。 |
目標設定は 5年単位、自然をテーマに新天地へ |
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仕事一辺倒だった 20代、30代とは違い、40代になってからは仕事以外の時間も大切にするようになったという。時間をつくっては趣味のカーレースを楽しむ。「代表はレースばっかりしている」と話すスタッフもいるほど、時間があればレース場に行く。余裕を持つことが大切だと思うようになり、目標は 5年単位で設定する。短期の目標を集中して達成するためだ。この 5年間で沖縄での仕事は軌道に乗せ、今は次の目標に取り掛かっている。2年前に海外出店を思い立ってから準備を進めてきたオーストラリア出店だ。オーストラリアでも天然素材にこだわった製品を一から作り上げる予定。「既によい商品があるかもしれないけれど、また素材から吟味して、これだと思う商品をゼロから作り上げたい」と意気込みを語る。 過去の苦い経験から会社の経営方針も変更した。軌道に乗った店や事業は、分社化して経営権を店長らに譲渡するようにした。社員のやる気を引き出すとともに自分ひとりで抱え込むことをやめたのだ。一つ一つ目標を達成しながら「最終的に大きなファミリーをつくれたらいい」という三上さん。沖縄もオーストラリアも、三上さんにとっては通過点に過ぎない。 (文:向江 睦 写真:青塚博太 編集:五嶋 正風) |
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[メモ] 株式会社 ブルーム 1989年設立。美容室経営・美容商品の製造・販売、広告企画・制作、美容経営コンサルティングを手掛ける。美容室を岡山県に 12店舗、沖縄県に 4店舗、東京都内に 1店舗を展開。「美と健康と環境の調和・人づくり・会社づくり」を経営理念に掲げる。年間売上高はグループ合計で約 7億円、従業員 75人。 |
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プロフィール 三上 伸司(みかみ・しんじ)
岡山県出身。高校卒業後上京して美容学校を卒業、都内の美容室に就職。美容師として 10年働き、店長も経験する。1987年、岡山県で美容院経営を開始。89年、有限会社ブルーム設立。岡山県内の店舗数を 10店舗にまで拡大。91年、ニューヨークで研修。自身でも多くのセミナーを開催。髪だけでなく体の健康や総合美容分野を研究・展開する。2000年、沖縄県に移住。那覇市に 4店舗を開店。現在はオーストラリア出店に向けて準備中。
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| - 目次 - |
| 前編 提唱者クランボルツ教授の講演レポート |
| 後編 個性派社長2人のハプンスタンスin沖縄 (1) 竹田誠さん(マコト・オリジナル・グッズ社長) (2) 三上伸司さん(ブルーム社長) (3) 高橋俊介先生のWrap-Up |
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※「成長の危機」はWorks本誌でも連載中です。このWebサイト特別編と併せてご覧ください。 第1回 環境・組織・個人に何がおこっているのか 第2回 顧客接点に生まれたプロフェッショナル |
| (2005年9月21日掲載) |
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