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英国人のWLBは、歴史的にヨーロッパ内で最悪といわれてきた。米国や日本とは比較にならずとも、ヨーロッパ内では最長といわれる長時間労働が問題視され、その私生活への悪影響が盛んに議論されてきた。例えば、Chartered Institute of Personnel and Developmentの報告(2003年)によると、週45時間以上働く被雇用者が20%を超えるのは、ヨーロッパ内では英国のみである。またヨーロッパ大陸では長時間労働者はブルーカラーに多いのに対し、英国において最も長時間働いているのは、ホワイトカラーの30代後半から40代後半のいわゆる「ミドル層」で、3人に1人のミドルが週50時間以上働いていると報告されている。
しかし、実際にロンドンで働いていると、「英国のWLBは最悪」という見方に全くそぐわない光景にしばしば出くわす。まず会社員の退社時間がとにかく早い。日本の長時間労働文化に慣れていた私は、現地企業に勤め始めて間もないころ、社員が午後4時半頃からぽつぽつ帰宅し始め、6時にはオフィスが空になるのに驚いたものだ。また、外出帰りの4時半ごろ、街角のパブをふと見れば、スーツ姿にビール片手の中年ビジネスパーソンでごった返している。帰宅ラッシュも5時前後だし、スポーツジムの人口密度も5時から6時がピーク。英国ミドル層は長時間労働に苦しみ、WLBは最悪ではなかったのか?
「英国ミドルのWLBは実は悪くないのではないか」と考え始めた私は、別件でインタビュー調査した27人のミドルマネージャーたちの話を分析してみた。すると、彼らは明らかに多忙ではあるが、概してプライベートの時間をつくる努力をし、それを維持していることが分かった。例えば、MA氏(43歳男性、ファイナンス)は、「ちょっと気を抜くと仕事オンリーになる生活」を10年以上経験したが、「多忙でも仕事と私生活を融合できている」上司の生き方に刺激を受け、35歳以降は毎日6時から8時の間に退社するように努め、日替わりでテニスや水泳、ダンスなどを楽しんでいる。4児の父TA氏(39歳男性、事業投資)は、数々の投資先のボードメンバーを務める多忙なミドルで、月曜日から木曜日は海外出張もしくは夜9時ごろまで残業するが、金曜は必ず6時に仕事を切り上げ、週末も家族との時間に充てている。DN氏(47歳女性、事業投資)は、2人の子供を育てるため、一週間のうち3日間は自宅勤務し、出社日も6時には退社する努力を8年間続けている。ほかのミドルたちも、仕事と私生活のバランスは「よい状態」だと言い、それは「時間をマネッジする強固な意志と、周囲の理解とサポートのたまものだ」と声をそろえる。
さらに「英国ミドルのWLBは悪くない」ことを示す現象として、「ダンス熱」を紹介しよう。英国では、2004年に始まった社交ダンス選手権のテレビ番組 「Strictly Come Dancing」の成功などをきっかけに、目下「ダンス熱」が白熱している。ボールルーム・ダンス(社交ダンス)、サルサ、ジャイブ、タンゴ、ランバダなど、さまざまな種類のパートナーダンスの人気がうなぎ上りである。Guardian紙(2005年4月17日)によると、英国の伝統的な人気スポーツであるサッカー、クリケット、ラグビーなどの競技人口が急速に減る一方、ダンス人口はおよそ500万人に上るという。その中でも「Dancing Middle Managers (踊るミドル)」人口の急増は特に注目され、昨年9月23日放送のBBCニュースでも大きく取り上げられた。

私は英国のジャイブダンスカンパニー「Ceroc Enterprises」に協力を依頼し、ミドル層の「ダンス熱」を調査してみた。Ceroc は、50万人以上という英国最多のメンバー数を誇り、英国各地でグループレッスンやフリースタイルダンスで構成されるイベントを毎日開催している。Cerocロンドンのマネジャー、デービッド・ブラッドリー氏によると、Cerocロンドンの売り上げは、2003年と比較し、2006年時点で45%の増加、2007年は50%に迫る勢いであるという。ブラッドリー氏は、この増加は30代後半から40代後半のホワイトカラー層におけるメンバー数の劇的な増加が大きな要因だという。2007年8月現在のCerocロンドンのメンバー構成を見ると、30代と40代が全体の3分の2を占めている(図表)。

ブラッドリー氏は「メンバー数の増加は、健康ブーム、ダンスブームを反映しているのではないか」と話す。私はロンドンに散らばるCeroc会場のいくつかに足を運び、踊るミドル本人たちの生の声を聞き取り調査してみた。ブラッドリー氏が言うように、多くのミドルがダンスに興味をもった主なきっかけは、「運動不足の危機感」から「仕事の後に何かエクササイズを」と考え始めたことで、ダンスは「体一つでできて手軽」「テレビを見て自分にもできそうだと思った」など、身近な選択肢ととらえていた。
しかし、ミドルが踊り続ける理由は、ブームだけではなかった。TB氏(49歳男性、ファイナンス)は、「残業ばかりの生活を変えたかった」とダンスを始めた当時を振り返る。KS氏(43歳男性、銀行)も、「午後7時半からのダンスクラスに行こうと思うと、退社時間にけじめをつけられる」と話した。NW氏(45歳女性、営業)は、「仕事と子育てだけの生活はもう終わり。40代になったから自分の時間を大切にして、好きなダンスを続けたい」と言い、同様にST氏(46歳男性、エネルギー)も、「中年になって、仕事以外に何か熱中できるものが欲しかった」と話した。AK氏(39歳男性、企業法務)は、「アフターワークは仕事場以外の友達と楽しみたい」と語っていた。
これらの話から英国ミドルのダンス熱には、人生中盤に差し掛かり、キャリアも子育ても一段落する中、「自分の時間」を大切にしたいという、ミドルの熱い思いが反映されているとも考えられる。前述のブラッドリー氏はCerocの活動がどれだけ多くの中年メンバーのWLB改善に貢献したかを耳にするたび、感慨にふけるという。実際、楽しそうに踊るミドルたちを見ていると、英国ミドルのWLBは、通説とは逆に、改善の一途を辿っているに違いないと感じる。
最後に、WLBがさらに悪い状況であることが知られている日本のミドルが、英国のミドルたちから学べることは何かを考えてみたい。英国ミドルが自分の時間をつくることに成功し、「望ましいWLB」の達成に至っていることは、自分の時間を大切にしたいというミドル自身の「強固な意志」と、ミドルを取り巻く人々の意識、価値観や環境、文化の、WLB改善の方向へのギアチェンジに支えられている。
インタビュー結果からも、「本人の意志」と「周りを取り巻く意識、価値観や環境、文化の変化」そのどちらが欠けても、望ましいWLBは達成されないことが予想される。仕事に忙殺されがちな日本のミドルが、充実したプライベートライフを送れるようにするためには、WLB改善をサポートする制度や環境の整備を急ぐのはもちろんのことだが、ミドル自身の「自分の時間を持ちたい」「その時間にこんなことをしたい」という強い思いが不可欠だと考えられる。
日本のミドルのWLBが望ましい方向に向かうため、今最も必要なのは、ミドル自身が仕事以外の生活時間をどう生きたいのか、自らに問い掛けてみることだ。そうした自らへの問い掛けは、仕事も私生活も、すべてひっくるめた人生を、どう生きたいのかという問い掛けにつながる。こうした問い掛けに答えを出していくことが、最終的に仕事と私生活の「統合」(ワーク・ライフ・インテグレーション)を達成する、ベースとなるのではないだろうか。
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