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「棚からぼたもち」という言葉がある。自らを振り返っても、幸運なことは多少は起こってきた(不運な出来事も負けずにたくさんあるが)。しかし、本当に急に棚からぼたもちが落ちてきたら、うまく口に入れられるだろうか。それができるのは、「そろそろ落ちてくるかもしれない」と、準備ができていたからではないだろうか。また、そもそも誰かがぼたもちを落とそうとしてくれなければ、幸運は手に入らないのではないだろうか。
米スタンフォード大学教授のジョン・クランボルツ氏が提言した「計画された偶発性」(Planned Happenstance Theory)という、キャリア開発の理論がある(『その幸運は偶然ではないんです! 』ジョン・クランボルツ著、ダイヤモンド社 参照)。予期せぬ出来事が個人のキャリアを左右する。だからこそ、その偶然を積極的につくり出し、その出来事を最大限利用しようという理論だ。また、東京理科大学大学院教授の宮永博史氏や脳科学者の茂木健一郎氏が指摘する、幸運に出合う能力「セレンディピティ」など、幸運や奇跡を意図的に生み出す力や行動については数々の理論や示唆がある。しかし、いずれの理論や示唆も、インタビューなどによる定性的調査や経験論によるものであり、十分に検証されているとはいえない。人は機会によってしか成長しないものだが、自らを成長させる幸運や奇跡は、本当に意図的に生み出せるのだろうか。そこである日私は「計画された偶発性」が具現化できるか、試してみることにした。
2007年6月、札幌で開催された学会が午前中で終わり、帰りの飛行機便まで少し時間ができた。そこで「計画された偶発性」の実験をすることを思い立った。目的はただ一つ、「妻におみやげのカニを買う」とし、ガイドブックも何も持たないことにした。札幌の百貨店で買ってしまっては面白くないので、JRで小樽に向かった。
お昼すぎに小樽駅に到着。まず駅の観光案内所を訪ねた。係の人は「日曜日は駅前の三角市場しか開いていないよ」という。スーツケースを引きずって三角市場へ。ここは観光客向けの市場だ。客引きの人がどっとやってきて味見をさせてくれた。すぐに買うのも芸がないので、市場の奥まで歩いていき、それまでに聞いた値段で一番安かった「T商店」で毛ガニを2杯購入した。自宅で上手にゆでる自信がなかったので、店でゆでてもらい、後で取りに戻ることにした。
そういえば昼食がまだだ。そこで店長に、「観光客があまり行かなくて、地元の人がよく行くすし屋を教えてほしい」と頼んでみた。すると店長は包装紙の裏に地図を書いて、お薦めの店を教えてくれたのだ。感謝を伝え、海の方へ坂を下りていった。
そのすし店に無事到着。観光客がたむろする店とは違い、期待通り閑散としていた。席に着いて海鮮丼を頼む。その時、店員さんは店の地図を書いてもらった「T商店」の包装紙を見て、「あら、Tさんに教えてもらったの?」と気付いた。「はい、このお店はおいしいと聞いて来ました」。すると、海鮮丼と一緒に、頼んでいない海鮮汁を付けてくれた。「Tさんのご紹介ですから」とのこと。とてもうれしい気持ちになった。
昼食後、T商店に戻り、頼んでおいた毛ガニを受け取った。「ご紹介いただいたお店、とてもおいしかったです。T商店の紹介と伝えたら、海鮮汁をサービスしてくれました。本当にありがとうございました」と伝えたところ、店長はとても喜んで、「おまけだよ」と珍味セットを無料で付けてくれた。小樽の人々の、心の温かさに触れた一日だった。
自らを成長させる機会といった話ではないが、心が温まる、うれしい出来事に出合える「計画された偶発性」は、確かに意識することでつくり出せた。
クランボルツ氏は「計画された偶発性」を生み出す5つの鍵を示している。
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脳科学者の茂木健一郎氏は、幸運に出会う能力「セレンディピティ」を生み出す5つの鍵を以下としている(『BRUTUS』2007年2月号「特集 脳科学者ならこう言うね!」)。
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店長にお店を尋ねたことが、クランボルツ氏のいう「好奇心」と「柔軟性」だ。ガイドブックを持たないこと、店長を信頼しておすし屋さんに行くことが「楽観性」「リスク・テイキング」に当たる。
また、小樽にカニを買いに行ったことが茂木氏の挙げている「行動」であり、三角市場で一番安かったT商店に「気付き」、その偶然を「理解」して、おいしいすし店で昼食を取ることを「実現」したことになる。
しかし、意図しなかった「海鮮汁」と「珍味セット」を享受できたのは、上記の要素によるものだけではないと考えている。私は一言もサービスしてほしいといっていないし、意図もしていない。ただ素直にお願いし、行動に移し、感謝を伝えただけだ。例えば、あからさまに市場やすし店で追加のサービスを求めたら、この幸運は訪れなかったのではないだろうか。「素直に感謝を伝えた」ことが6つ目の鍵かもしれない。
私の友人がいい言葉を教えてくれた。
「信頼がなければ、パスはこない。」
T商店の店長も、すし店の店員も、サービスをしたいと思わなければしなかったはずだ。人から享受する幸運は、その人が届けたいと思わなければ訪れないのではないだろうか。
ある大手サービス業の人事の責任者が面白いことを教えてくれた。「採用の面接やグループディスカッションでチェックする、最も大切なポイントは、部屋の入退室と、いすに座るとき・立つときです。続いて退出する学生のためにドアを押さえたり、座ったいすを丁寧に元に戻したり。そんな相手を尊重する行動が自然にできる学生に、内定を出します」
つまり相手を思いやる気働きが信頼を積み重ねることにつながり、幸運を引き寄せるのだ。私自身を振り返っても、過去の仕事や就職活動で訪れた幸運は、信頼を得た人からのプレゼントだった。小樽での幸運な出来事も、たまたまかもしれないが、T商店の店長やすし店の店員が「私に幸運を届けたい」思ってくれたからではないだろうか。
バスケットボールで、味方が簡単に得点できる、素晴らしい(甘くておいしい)アシストパスのことを「シュガー」と呼ぶ。「シュガー」をもらうためには、「あの人にシュガーを届けよう」という信頼がなければ、「計画された偶発性」や「セレンディピティ」は決して訪れない。出会った人から信頼を得る努力を積み重ねつつ、クランボルツ氏や茂木氏が示唆する行動を実行することが大切だ。
(文:見舘好隆)
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