宿泊業の「働き方改革」10のキーワード宿泊業に働き方改革が必要な理由

日本のサービス産業の生産性は低い。公益財団法人日本生産性本部の「日米産業別労働生産性水準比較」によると、化学や機械の分野では、日本の生産性がアメリカを上回っている。ところが、サービス産業の分野では、圧倒的に日本の生産性の方が低いのだ。アメリカの生産性を100 とすると、運輸業では44.3、卸売・小売業では38.4、飲食・宿泊業では34.0 という水準にとどまっている。人口減少と少子高齢化が進む日本では、近い将来、人手不足が深刻化する。仮に、このまま生産性が上がらなければ、サービス産業では「従業員不足による倒産・廃業」が多発するだろう。そこで求められるのが、「働き方改革」なのである。

このレポートでは、サービス産業のなかでも宿泊業の働き方改革を取り上げる。その理由は3 つある。

  1. 宿泊業はインバウンド需要の増加で市場が拡大しており、生産性向上に向けたイノベーションが生まれやすい環境にある。
  2. 宿泊業は典型的な労働集約型産業で、かつ、ファミリービジネスの割合が多く旧態依然とした業務フローやマネジメントが幅広く残っており、改革の余地が大きい。
  3. 宿泊業は日本の各地に幅広く存在しており、小売・飲食・運輸業など影響を受ける業界も多いため、働き方改革の波及効果が大きい。

IT の導入や従業員の働く仕組みの再考などを行えば、宿泊業の生産性は向上が見込める。その効果は周辺にも波及し、日本のサービス産業全体を変える原動力にもなり得るだろう。

宿泊業には追い風が吹いているが……

今、国内の宿泊業は活況に沸いている。その原動力は、誰もが知っている通り「インバウンド需要」だ。訪日外国人旅行者が増え、国内宿泊施設の客室稼働率は高水準を保っている。今後も外国人旅行者は増加すると期待されており、業界には心強い追い風が吹いていると言える。
しかし、宿泊業の未来はバラ色なのだろうか? 実は、必ずしもそうとは言えない。特に旅館の経営においては、インバウンド特需の背後に深刻な危機が迫っている。それを裏付けるデータの1つが、旅館の施設数・客室数の推移だ。

厚生労働省の「衛生行政報告例」によれば、2000 年度に6 万4831 あった旅館は、2015 年度には4 万661 に減った(図1)。この15 年間で、3 分の1以上の旅館が営業をやめてしまったわけだ。また、旅館が苦境に立たされていることは、客室稼働率からもわかる。観光庁の「宿泊旅行統計調査」によれば、2016 年におけるシティホテルの客室稼働率は78.7%、ビジネスホテルの客室稼働率は74.4%だった。ところが、旅館の客室稼働率は37.9%という低い水準だったのだ。
旅館の廃業が増え、客室稼働率が低迷している原因は何だろうか? 旅館の提供するサービスが消費者ニーズと合っていない、施設を改修・改築する余裕がなく老朽化に歯止めがかからないなどの要因も考えられるだろう。しかし、ここで指摘しておきたいのが「人手不足」だ。

10年後の宿泊業は深刻な人手不足に陥る

厚生労働省の「一般職業紹介状況」によれば、2017 年1月時点の有効求人倍率は1.36 倍だった。これに対し、旅館スタッフを含む「接客・給仕の職業」の有効求人倍率は3.77 倍。言い換えれば、3.77人分の求人に対し、1 人の求職者しかいないというわけだ。
宿泊業、特に旅館関係者と話をすると、「とにかく人が採れない」と聞かされることが多い。その結果、十分な従業員数を確保できずに、やむなく規模の縮小や廃業に追い込まれる旅館は決して少なくないだろう。

宿泊業の関係者を悩ませている人手不足は、今後、さらに深刻になる。背景にあるのは、従業員の高齢化である。総務省の「平成24 年就業構造基本調査」を基に、全産業と宿泊業の就業構成を比較してみると、宿泊業における従業員の高齢化が他産業に比べて進んでいることがわかる(図2)。特に注目したいのが、60 歳以上の就業割合だ。全産業の労働者のうち、60 歳以上が占める割合は19.7%。これに対し、宿泊業では9 ポイント近く高い28.6%だった。宿泊業の現場では、総労働時間が長く、かつ長期的なキャリアを描いて働くことができないため、特に30 代、40 代の割合が低い。

厳しい労働環境がいびつな年齢構成を生んでしまっている。今後、60 代以上の労働者が大量退職すると、数万人単位で労働力が不足する危険性もあるだろう。

働き方改革によって業務効率化を進めて生産性を高める

労働者の高齢化が進む宿泊業では、近い将来、さらなる人手不足に陥ると懸念されている。一方、インバウンドを中心に観光需要は旺盛だ。
こうした中で持続的な経営を実現するためには、生産性の大幅アップが不可欠だと言える。限られた人員で顧客に高い価値を提供していく効率的なオペレーションができなければ、宿泊業は立ち行かなくなる。そこで求められるのが、ITの積極的導入や、仕事の進め方・運営体制の見直しといった抜本的な改革だ。

しかし現在の宿泊業界では、IT を利用して業務効率を高めようとする動きは鈍い。中小企業庁の「2013 年版中小企業白書」によると、宿泊業・飲食サービス業で自社ホームページを開設している企業の割合は、他産業に比べて高水準だ(図3)。ところが、IT 化によって業務効率化を目指す企業の割合は低い(図4)。また、仕事の進め方や運営体制などを変え、従業員の負荷を軽くする取り組みも遅れている。十分な集客が見込まれない場合には、定休日を導入したり、料理を提供しない「素泊まり」を取り入れたりするなどの工夫が考えられるが、そうした施策を講じているのは、ごく一部に限られている。
逆に言えば、宿泊業にはIT システムの導入や、仕事の進め方・サービス運営体制の見直しといった働き方改革によって業務スピードを高められる余地がふんだんに残されていると言える。