MENU
研究レポート

西條剛央氏誰もが共通理解できる
原理をつくればいい

こうした独自の理論を作りそれを伝えることで成果をあげるという経験は、構造構成主義という独自のメタ理論を体系化することにもつながっていく。

構造構成主義は、書籍『構造構成主義とは何か』を上梓したときに初めて体系的な理論として世に出したわけですが、その副題は「次世代人間科学の原理」となっていて、人間科学を題材としているんです。そもそも人間科学って、いろんな学問が細分化しすぎたことの限界を超えるために立ち上げられた学問なのに、その意味ではいっこうに進んでいなかったんです。建設的にコラボレーションするどころか、かえって心理学、生物学、法学、医学などあらゆる学問領域に存在するがゆえに、分野の違う研究間で、相互批判のような争いごとが起こりやすいのです。

人間科学という看板を掲げた建物に、それぞれの専門家が集まっているだけで、結局のところ、誰も人間科学などやっていなかった。人間科学部なのに人間科学という名前のつく修士論文、博士論文を書いている人は一人もいませんでした。紀要にあった「人間科学を考える」というシリーズは年々減っていき、最後にはゼロページになりました。つまり、人間科学部が人間科学について思考停止してしまった。でもそれは誰が悪いということではなく、人間科学をするための方法論や理論がなかったからなんじゃないか。すべての学問に通用する原理的な理論、つまり誰もが共通理解できるグランドルールみたいなものをつくればよいのではないかと考えたわけです。

大学院時代に「次世代人間科学研究会」を立ち上げたのは、そうした問題意識からでした。『水滸伝』にある梁山泊の108 人のように、学問領域や立場を超えてすごい連中を集めたら、何か変えられるんじゃないかと思って。実際は300 人ほど集まり、地位や身分と学問的な議論は意識的に切り離しつつ、フラットな関係で建設的に議論を重ねるためのルールを決めて、議論を深めていきました。僕にとってもすごく役に立ったし、構造構成主義の原型もこの場から生まれています。

西條氏には大学院生の頃から“裏の研究テーマ”があったという。それは、「どうすれば腐らない組織を作れるか」。言い換えれば、「機能し続ける組織」をどうすれば作れるか。集団や組織に対する問題意識を持つようになった発端は、学会のありようだった。

みんな立派な先生方なのに、なぜ多くの学会はちゃんと機能しないんだろう。問題意識をもって新しく学会を作る人達はいるのですが、根本的な仕組みが変わっていないので、少し時間が経つと同じように組織が腐っていってしまうのです。頭を使って考える学者達が自分のやっていることについては思考停止してしまっているようにみえるところもあって、それこそ、理不尽をたくさん感じてしまったのです。

僕は友人にも恵まれましたし、すごく素朴に育ったせいか、「建前とやっていることはまったく違う」のがおかしいと思ったし、「そういう本当のことは言ってはいけない」とか明文化されていないルールがよくわからなかったんです(笑)。
例えば、ある学会誌に、学会や公刊された論文について忌憚のない議論を行って、学問を発展させていくといった趣旨の意見論文といったコーナーがあったわけですが、それは建前であって、そこで本当に忌憚のない議論なんかしちゃダメだったりするわけです。

でも、科学は政治じゃないのだから、「1+1=3」は間違っているのは確かなわけで、そのままでは、学問も科学も前に進みません。次世代人間科学研究会は、人間科学を体現するための実験の場でもあったし、「構造構成主義研究」は新たな学術誌のモデルを示す場でもあったわけです。今あるものを批判しても変わらないので、ふんばろう東日本もそうですが、自分で作ってしまって、それをモデルとしてマネする若い人が出てきてくれて、そうした活動が広がっていったほうが早いという発想からだったんですよ。

2015年04月03日