2014年度研究プロジェクト

石田秀輝氏葛藤しながらも、どんどん増えていく
「やらなければならないこと」

しかし、この工場で石田氏は現場を知り、“目についた課題”を解決するべく、早々に力を発揮する。「問題がある」と感じた時、自律的に事にあたる石田氏のスタイルは、ずっと一貫したものがある。

工場運営の質が、あまりに低かったんですよ。当時の製造現場は、まだ経験値やカンだけに頼っていた時代で、それはそれで学ぶことも多かったけれど、システム化されていないから、例えば製品の歩留りの悪さ、製造体制の非効率さがすぐに目についた。何か失敗があっても同じことを繰り返すわけで、それでは働いている人たちが報われないでしょう。

「このくだらない事態をくだるようにしよう」と、仕組みづくりに動きました。歩留りを上げ、タイルの品質を上げるにはどうすればいいか。夕方5時には仕事が終わるので、そのあと、勝手に実験を繰り返したりしながら……。本気でやろうと思うと、会社からの補助だけでは追いつかないので、時には自分の給料やボーナスをつぎ込んで実験装置をつくったりもしていました。

僕自身もたくさんの失敗をしましたが、結果、工場はガラリと変わりました。そうした改善が評価されたのでしょう、入社5年目から会社の環境戦略や技術戦略に携わり、以降、いろんなかたちで研究室を持たせてもらうようになったのです。

僕の場合、いつも先の課題が見えてしまうというか、そこに対して「取り組むべきこと」が、どんどん増えていくのです。加えて、課題に対する解決の糸口も見える。けれど、頭に浮かぶソリューションが本当に近道なのだろうか、僕の勉強や知恵が足りていないんじゃないか――いつも葛藤してきたように思います。それは今も続いているんですけどね。

石田氏が明確に「地球環境という視点に立つ」ことを意識したのは、90年代初頭だ。伊奈製陶がINAXと社名を改めるにあたり、新生「INAX」の経営戦略を策定するプロジェクトの一員として特命を受け、外部のコンサルティング会社とともに2年間、経営全般についての知識をハイスピードで獲得したことが契機となった。ここから石田氏は、ものづくりのパラダイムシフトに向けて活動するようになる。

まる2年間、社長室直轄のかたちで、コンサルタントたちとプロジェクトに臨みました。組織論や人材論、お金の動きなどを学び、企業経営とはどういうものか、僕の知識がぐんと広がった時期です。それに伴って、社会に対する見方がずいぶん変わったのです。

それまで、一企業の環境戦略として省資源、省エネルギーばかりに目がいっていたのが、広くものが見えるようになったことで、僕が本当にやりたいのは、「地球環境の視点に立っていろいろと考えることなんだ」という方向性が明瞭になった。地球環境を考えれば、もはや、単にエネルギー効率を上げるだとか、そういうレベルの問題に取り組んでいる場合じゃないと気づいたわけです。

生産活動や材料開発において、循環型社会を実現するものづくりの概念「クローズド生産システム」を提唱したのが92年。INAX内に基礎研究所が新設され、“言い出しっぺ”として所長に就いたこの時期が、僕の起点でしょうね。焼かないセラミックスを考案したり、建物を包帯のように巻けるセラミックスはどうだとか、当時としては、わけのわからないことを言って、社長からは「社会貢献もいいけれど、お前はいつになったら会社に貢献するの?」なんて言われたものです(笑)。

自然界に学ぶ石田秀輝氏
ネイチャー・テクノロジーを提唱

深刻な環境問題を抱えるなか、人間は科学技術に頼ることをやめるべきなのか。しかし、人間が一度得た利便性や快適性を捨てるのは難しい。「これからの人々の暮らしを豊かにする技術は何か」「環境と経済の両立は可能なのか」――模索を続けた石田氏が、次に提唱したのが「人と地球を考えた新しいものづくり」だ。これが、ネイチャー・テクノロジーの原型である。

90年代後半からは、テクノロジー・オリエンテッドではなく、生活者をちゃんと見つめ、そこに必要な新しいテクノロジーの概念をつくろうと、今度は空間デザイン研究所を新設し、研究に臨むようになりました。

そこで見えてきたのが、自然に学ぶテクノロジーです。例えば、カタツムリの殻は汚れがつきにくく、それを参考にすれば汚れない外壁材をつくることができる。また、シロアリに学んで土でつくる壁や床材は、無電源にしてエアコンの代わりになる。などという具合に、自然は驚くような仕組みやシステムを有しており、学ぶべきことが多々あるのです。会社で自然探検隊を組織して研究に取り組み、のちに、こうした自然界が持っている高い機能を模した技術をネイチャー・テクノロジーと名付けたわけです。エネルギーや資源に負荷をかけないという点において、循環型社会を実現するのに間違いなく役立つ技術です。

研究所での成果もあり、INAXは環境先進企業として評価されるようになったのですが、でもそれって、ほんの少し他に先んじているだけの話。僕の物差しからすれば、限界に達しようとしている地球環境に対して、社会変化が遅れていることに強い焦燥感を覚えていたのです。やるべきことが見えているのに、十分な動きが取れない自分にも焦る気持ちがあった。ネイチャー・テクノロジーの研究に専念しよう、普及に務めようと考えるようになり、50歳を機に、25年間お世話になったINAXをあとにすることにしたのです。

取締役CTO の要職にあった石田氏の退職は、周囲を驚かせたが、04年、東北大学大学院教授に就任、その活動の足場を移した。翌年には「ネイチャー・テック研究会」を発足し、並行して多くの論文や著書を発表、社会人や子どもに対する環境教育にも取り組むなど、精力的な活動を続けてきた。

取締役が退職するというのは、世間的には奇異に映ったようです。「何で役員が辞めるの。ケンカでもしたのか」と、周りがうるさくて(笑)。もとより僕は、肩書や立場などにまったく固執しないし、「やるべきこと」ができる次の舞台を求めてのことです。ちょっと偉そうに言えば、僕は多少なりとも成長してきたし、思考回路もどんどん変わってきた。その変化に舞台が追い付いてくれないと、踊ろうと思っても存分に踊れないじゃないですか。そんな感覚なんですよ。

東北大学にはまる10年いましたが、最初の頃は、ネイチャー・テクノロジーといっても僕が吠えているだけだった。でも、一生懸命やっていると共鳴者が増え、広く研究が進むようになりました。数年前にはやっと一つの学問として認められ、今では80人を超える研究者がネイチャー・テクノロジーに関わる研究に取り組んでいます。いろんな企業も触手を伸ばし始めているし、これからどんどん広がっていくでしょう。

2015年03月13日