2014年度研究プロジェクト

旅とビジネスに夢中になった留学時代。澤田秀雄
帰国後、起業へ

子どもの頃、実家は大阪で菓子の製造卸業を営んでおり、澤田氏はいわば商売人の息子として育った。漠然とながらも商売の大変さを感じていたから、「ビジネスに興味がなかったし、いわんや経営者にはなりたくなかった」という。しかし、やはりDNAなのか、澤田氏はこの留学期間中にビジネスを始めている。目的は、もちろん旅費の確保だ。

最初は通訳のバイトで稼いでいたのですが、これだけ旅行すると追いつかない。そこで、日本からのビジネスパーソンや団体旅行者向けに、レストランやライブハウスなど、一晩で数カ所の観光スポットを案内するナイトツアーを企画しまして。それなりに陣容も整え、簡単な事業のようなものをやったんです。

これが当たり、けっこう稼ぐことができました。お客さんには喜んでもらえるし、かかわる人たちも報酬を得られる。皆ハッピーでしょ。僕のなかでビジネスのおもしろさが徐々に目覚めてきたのです。商売はイヤだと思っていたのに……日本に帰国したら自分で事業を始めよう、そう考えるようになっていました。

留学中のビジネスで貯めたお金を、自分で勉強して株に投資し、結果、倍額となった資金を元手に事業を始めました。それが25歳の時。当初は、毛皮なんかを扱う貿易の仕事をするつもりでした。相変わらず、世界中を飛び回りたくて。ところが、ちょうどワシントン条約の効力が生じた時期で、毛皮の輸入が厳しくなり、断念せざるを得なかった。

じゃあどうするか。数々旅行をしてきたなか、僕は、これから日本人の海外旅行は大きく伸びるだろうと予測できていたんです。当時、ドイツでもイギリスでも国民の15%ほどが海外に出ていたし、欧米ではすでに個人旅行も始まっていたから、日本は5年、10年と遅れてその後を追うだろうと。

H.I.S.の前身であるインターナショナルツアーズを設立したのは1980年。新宿にあるオフィスマンションの1室でスタートした。格安航空券の販売に着手したのは、当時、価格規制によって設定されていた海外航空券の料金が非常に高く、その内外価格差に憤りを感じていたのが大きかった。

外国人は、日本人のほぼ半額で飛行機に乗って日本に来ているのに、なぜ我々は渡航するのに倍の料金がかかるのか。どう考えてもおかしいでしょう。僕は、少なくとも世界標準価格の航空券を提供することで、若い人たちにもっと世界に出てもらいたかった。まあもっとも、「自分で食べていかなくちゃいけない」という側面も大きかったんですけどね。

出だしは大変で、格安航空券を販売したくても肝心の仕入れができない。国内外の大手航空会社は、できたばかりの名も知らぬ旅行会社と取り引きなどしてくれませんから。マイナーな航空会社から少しずつ航空券を仕入れるようになっても、今度はお客さんが「通常の半額でヨーロッパに行けるなんて」と信じないし、怪しむ(笑)。実際に海外旅行に出かけたお客さんの口コミで、徐々に知られるようになるまで、けっこう時間がかかっています。それまでは、めちゃくちゃ暇でしたね。

この頃、個人手配の海外旅行はまだなかったし、今は全盛のLCCも、十数年前に我々が始めた頃は“はしり”。いつも「こういう時代がくる」という未来を見据えて事業を手がけてきましたが、僕は少々早すぎるのか、これまたいつも苦労するわけです。

2015年03月20日