2014年度研究プロジェクト

澤田秀雄氏
澤田秀雄氏
株式会社エイチ・アイ・エス 代表取締役会長
ハウステンボス株式会社 代表取締役社長
澤田ホールディングス株式会社 代表取締役社長

1980年、電話1本と机2台から始まったエイチ・アイ・エス(以下H.I.S.)は、今や誰もが知る海外旅行会社の最大手となった。日本の旅行業界の古き体質を根底から覆した澤田秀雄氏は、日本のベンチャービジネスの幕を開けた一人でもある。格安航空券の販売を皮切りに、旅行・ホテル業、国内航空業界や金融ビジネスへの参入、そして最近ではテーマパーク事業に乗り出すなど、H.I.S.グループは常に成長・発展し続けている。「山が高ければ高いほど登りたくなる」――澤田氏の原動力は、若き日より変わらぬ旺盛なチャレンジ精神にある。

好奇心の赴くままに世界へ。
50カ国以上を旅して培われた広い視野

「あの川の向こうには何があるんだろう」。ひとたび気になると、親に止められてもその川を渡る。澤田氏は子どもの頃から冒険心にあふれ、未知なる領域に対する好奇心が人一倍強かった。澤田氏の旅行好きは広く知られているところだが、それは少年の時分から一貫している。

「遠くに行っちゃダメ」と、よく注意されていましたね。とにかく好奇心旺盛で、僕としては、ダメと言われるとよけいに行きたくなる(笑)。川の向こう側や知らない所にもどんどん行っちゃうから、遊びに出るといつ帰ってくるかわからない。両親には心配かけたし、よく叱られたものです。

旅行するようになったのは高校生からで、紀伊半島を10日間かけて自転車で1周したのが最初です。コンパスで距離を測り、どのくらいの行程で半島1周できそうか、事前に計画をしっかり立てて。ところが、実際には山あり谷ありで、決して予定どおりにはいかない。でも、頭で考えていることと実際の違い、これがまた旅のおもしろさでもあるんです。

北海道1周の旅にも出ました。走っても走っても道が続く広大さに感動しつつ、途中から気になりだしたのはヨーロッパ大陸。手にしていた地図を広げるたび、北海道の横には「もっと広大な大陸があるじゃないか」と。世界を見たい、知りたいという気持ちが強くなった僕は、その後アルバイトで資金を貯め、海外の大学に留学することにしたのです。

澤田氏が大学進学する頃、日本では学生運動が過熱しており、そのような環境下では「まともに勉強できない」という思いもあった。選んだ留学先は、旧西ドイツのマインツ大学。当時、留学といえばアメリカやイギリスが多かったが、「生来あまのじゃくで、皆とは違う所に行きたかった(笑)」。この時代、澤田氏は同地を拠点にヨーロッパ、中東、アフリカ、南米など、実に50カ国以上を回っている。これらの旅で得たさまざまな体験と見識が、今日の“背骨”を形成したのである。

ドイツ行きに関しては、家族みんな大反対でした。一人息子ですしね、「また帰ってこないんじゃないか」って(笑)。40年以上も前の話ですから、今のように通信手段も発達していないし、さぞ心配だったろうと思います。

マインツは風光明媚な地でありながら、ドイツ経済の中心地・フランクフルトに隣接していて、どこへ行くにもアクセスがいい。実のところ僕としては、「旅行しやすいだろう」という目論見もあったわけです。

世界中を旅すると、それはいろんなことがあります。イランに入った時は、独裁政治を行ってきたパーレビ国王が追放されるイラン革命の少し前で、秩序が乱れた社会というものを目の当たりにし、またモスクワでは、ソビエト連邦崩壊の前兆を感じた。大国でありながら暗く、街には酔っぱらいがあふれている……この国は、近いうちにおかしくなるだろうと思ったものです。

世界って、点だけでとらえていると見えないんですよ。この頃、ドイツからウィーンへ、さらに東欧に旅行した時などは、移動するにつれ街並みがだんだん汚くなっていったのですが、それは国々の経済力や発展度を物語っている。顕著なのは駅や飛行場などの施設で、例えば今、イタリアよりイスタンブールの飛行場のほうがうんときれいなのを見れば、国の将来がどうなるか、大体の見当がつくわけです。そういった街の雰囲気、人々の様子を“線”で見てきたこと、そして時に、日本とは真逆だと思えるようなモノの考え方、価値観に触れたことは、非常に勉強になりました。ある種の全体感が身についたというか……視野を広めるというのは、こういうことだろうと思うのです。

2015年03月20日