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研究レポート

御手洗瑞子違う価値観に気付き、想像力を働かせるには
全然違う遠い土地を訪ねる「原体験」が必要

価値観のぶつかり合いを、中学生で体験した御手洗氏。2001年9月11日の米国同時多発テロ事件は、自分にとってさらに大きな出来事だったと振り返る。「価値観というものはどうやって発生するのか」ということに興味を抱き、熟考した。

私は中東のレバノンに仲のいい友だちがいて、他のアラブ諸国にも友だちがいました。一方でニューヨークにも友だちがいたので、こんな事件がきっかけとなって、もともとは仲よくなれるような人たちが憎しみ合うことになるのは、非常に悲しいことだと思いました。9.11は、私にとって非常に大きな出来事でした。ここを原点に、「価値観というものはどうやって発生するのだろうか」といったことに興味を持ち始めました。ヒントを得られそうな本や雑誌を読みあさり、言語学や認知神経科学といった分野の本を読んだり、深く考えたりしたものです。このとき一人で深く考える経験をしたことは、とてもよかったと思っています。
 

遠い場所や全然違う世界に行ってみるような経験をすると、違う価値観の存在に気がついたり、遠く離れた場所に住む人のことにも想像力が働くようになったりすると御手洗氏は言う。

社会リーダーとなる人に限らず、「違う価値観の人もいるよね」ということに気づくことは、ある種のリテラシーとして、重要です。みんなが何か感じる機会を持てるようになるといいと思います。実際、世の中にはいろいろな価値観があるし、そこに鈍感だと、人と人はぶつかり合って大変なことになりますから。早いうちにそのことに気づけることは重要ですが、日本はその場が極端に少ないと思います。そういう機会が増えるのは望ましいことです。

ブータンや気仙沼で働くといったことでいうなら、価値観の違いに気づくこと以上に、「そこに暮らしている人も自分と同じ人である」という想像力が働くかどうかが、さらに大事だと思います。そのような想像力を働かせるには、やはり全然違う遠くの場所に行ってみるような、原体験が必要です。世界各地に出かけて行く必要はありません。ポンと全然違う視点に立ったら、そこにも同じように人の暮らしがあったという体験が、1度でもあると違ってきます。

そういう体験があると、たとえば東日本大震災の映像を見たときに、「ここにも普通の人の暮らしがあるのだ」ということが想像できるようになります。フランスでテロがあったというときにも、フランスの人たちも同じ人であり、さぞやつらく悲しいことだろうと想像力が働く。極端に自分が所属するコミュニティのことしか知らないと、その外の世界の人が大変だということへの想像力は、やはり働きにくくなるでしょう。

被災者や障がい者という言葉も、時に人との距離をつくり、想像力を阻む言葉だと感じています。たとえばクラスの中に1人、山田さんという手の不自由な子がいたときに、「みんな山田さんを助けてあげてね」と先生が言ったならそれは自然ですが、先生が「みんな、障がいのある人には、優しくしてあげてね」と言ったなら、山田さんはちょっと嫌な思いをするでしょう。山田さんとの間に距離をつくり、彼女にレッテルを貼ることになってしまいます。被災者という言葉にも同じことを感じます。「被災者のために働きたい」という言葉は、逆に「被災した人たちは自分たちとは違う人たちだ」とレッテルを貼っているように聞こえるのです。

レッテルを貼って、自分たちとは違う人たちだと距離を置いていては、どれだけ親身に話をしても友人にはなりにくいし、「被災者のために何かをしてあげている私」であり続けます。そのような姿勢は立場の強弱をつくるため、長期的には相手のためにならないこともあるのではないでしょうか。困っている友人を助ける、という感覚の方が自然だよなと思います。

最初の年から黒字を出し、今期も黒字の見込みだという気仙沼ニッティング。30人を超す編み手と業務委託契約を結ぶ規模にまで成長してきた。現状をどう捉えているのかを聞いてみた。

芽はうまく出たので、ちゃんと育てていきたいという段階だと見ています。種をまいても、土や気候が合わず、芽が出ない場合があります。そういう意味でいえば芽は出て、双葉が出るくらいまでは育ってきました。

当社の事業構造は損益分岐点が低く、規模は小さくても利益が出やすい。逆に、売り上げが大きくなっても利益率はあまり変わらないと思っています。ですから、最初の年から利益が出たことの意味は大きいと思っています。少なくとも気仙沼ニッティングは、可能性のない種ではなかったことはわかりました。これからも水をやり、肥料を与えて育てていきたいと考えています。

御手洗瑞子
株式会社気仙沼ニッティング 代表取締役

プロフィール
1985年東京都生まれ。
2008年東京大学経済学部卒業。経営コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニー勤務を経て、2010年9月より1年間、ブータンで初代首相フェローを務め、主に、ブータン観光産業の育成に従事。2012年に株式会社気仙沼ニッティングの設立に参画。2013年から代表取締役。

TEXT=五嶋正風 PHOTO=刑部友康

2015年05月08日