2014年度研究プロジェクト

御手洗瑞子行った先には、そこの価値観がある
それを自然に受け入れている

「マッキンゼーでバリバリだったあなたが、気仙沼で働いているのは想像がつかない」という大学時代の友人に、御手洗氏は、「マッキンゼーの人も、気仙沼の人も一緒だよ」と返した。マッキンゼーの同僚と話すときも、ブータンの人と話すときも、気仙沼の人と話すときも、御手洗氏はいつも同じスタンスだからだ。

ある時、大学時代の友人と話をすることがありました。学生時代から地域の活性化に取り組むのが好きで、いろいろな地域を回っていた友人です。その人に、「たまちゃんが気仙沼ニッティングのような仕事をするとは思わなかった」と言われました。「大学でもすごいキレキレで、マッキンゼーに行ってバリバリやっているイメージなのに、そんなたまちゃんが田舎のおばちゃんのコミュニケーションに合わせてやっているのが、全然想像つかない」という印象を伝えられて、最初、ぽかんとしました。私はその大学の友人と話すのも、マッキンゼーの同僚と話すのも、ブータンの人と話すのも、気仙沼の人と話すのも、いつも同じだと思っていたので、「おんなじだよ」と返しました。

ブータンに行く前と、ブータンから帰国して気仙沼に行く前にはマッキンゼーで働いていました。ブータンに行く前には、応援してくれる同僚がほとんどでしたが、「ブータンなんて小さい国に行くのではなく、MBAでも取ってグローバルにネットワークをつくった方がいいのでは」と言う上司もいました。2度目のマッキンゼー勤務のときは、「もう少し働いたら次の昇進なのに、これで辞めてしまうのはもったいない」とも言われることがありました。それらは、マッキンゼーの中の価値観に基づいた考えなのだと思います。

でも、ブータンに行けばそこにはそこの価値観があり、仲間がいて、友だちもいる。気仙沼にもそこの価値観があり、仲間がいます。彼らにとっては、マッキンゼーのアソシエイトもマネジャーも関係ありません。ある世界を一歩出れば、そこにはまた別の価値観があるのだと思います。

ある価値観を持つ世界を一歩出れば、別の価値観を持つ世界が広がっている。そしてどんな世界に行っても、仲間や友だちをつくることはできる。こうした御手洗氏の考え方には、子ども時代に参加した、国際子どもキャンプでの経験が影響している。ただのカタカナだった外国の地名が、友達が暮らしている場所になったのだ。

小学生5年生のとき、CISVという国際ボランティア団体が開催する、ポルトガルでの子どもの国際キャンプに1カ月参加しました。私の家は兄弟が3人いて母親も働いており、夏休みに子どもの面倒を見るのは大変だとか、学校以外の世界にも触れさせたいといった理由から、例年どこかのキャンプに行かされていました。そして5年生のときに、たまたまこの国際キャンプに参加したのです。特に「国際交流が大事」といったことは意図していなかったと思います。

共通語は英語ですが、スペイン人の子はスペイン語で話しかけ、イギリス人はそれに英語で答えるといった調子です。みんなお互いに自分の言語で話して、それぞれ違う言語を使っているのに、どうにか通じてしまう。一緒に生活するうちに、何も話さないよりは、日本語であっても話した方が通じることがわかってきます。文化的に感覚の近い韓国人の子と、アジア人同士で仲よくなったりもしました。まるで異世界のように楽しい1カ月のキャンプが終わり、日本に帰ってきました。夏休み明けの2学期からは、また元の生活が始まるのですが、教室で席に座っていると、世界がとても小さくなった感じがしたのを覚えています。

キャンプから帰ってからは、海外ニュースの見方も変わりました。事件や事故の報道を見ると、「あ、友人の〇〇の国だ。大丈夫かな」と思うようになりました。たとえばスペインで山火事があったというニュースを見たら、キャンプに行く前であればスペインという国名もただのカタカナとして自分の耳には聞こえたでしょうが、キャンプ後は「あ、イサベルのいる国だ。大丈夫かな」と想像力が働くようになりました。

小学校時代のキャンプは楽しい思い出だが、中学生で参加した国際キャンプは、苦い思い出となった。キャンプミーティングの議長を務めるなかで、価値観の違う者同士でルールを話し合い、行動を起こすことの難しさを知った。

15歳で参加したキャンプで、キャンプミーティングの議長を務めたことがありました。キャンプは大荒れに荒れたのですが、その中で私は議長なので、「みんな朝起きて、こういうプログラムをやると決めたのだから、ちゃんとやろう」と呼びかけます。すると、「いや、それは日本の価値観だろう」と、コロンビアから参加した子は反対します。「Tamakoは日本から来ているからルールや時間を守ることが何より大切と考えるのかもしれない。けれど、僕たちの国では時間に正確であることがそんなに美徳だとは思われていない。それよりはみんながリラックスできる方がいいし、ここには仕事や勉強に来ているわけでもない。だから眠いやつは寝ればいいし、やりたくないやつは休めばいい。それでいいじゃないか」と。こう反論されると、それは確かに一理あると感じてしまいます。私の言ったことはただ自分の国の価値観を押し付けていることなのかもしれないと。

すると、何が正しくて何が間違いなのかということは、判断がとても難しくなります。その中で1つのルールを決めて、みんなで共同生活をしていくこと、ましてや話し合いでルールを決める議長の役割の大変さが身にしみてわかりました。結局、キャンプは荒れたまま終わりました。

あまりうまくいかなかった経験だけに、「あのときは、どうすればよかったんだろう?」と、ずっと考え続けました。考え続けていたなかで、2001年に9.11の米国同時多発テロ事件が起こりました。「これは、私がキャンプで体験したことを、ものすごく巨大化したような事件だ」と感じました。

2015年05月08日