2014年度研究プロジェクト

親からの強い抑圧から
爆発的なエネルギーが生まれた
土井香苗氏
高校時代、国際協力関係の仕事に就きたいと思っていた土井氏。しかし、親の「弁護士になれ」という強い圧力に抗えず東京大学文科Ⅰ類に入学。その後も親の抑圧は続き、限界を感じた大学2年生のとき妹と家出。アルバイトと司法試験の勉強の日々を送り、在学中に司法試験に合格。その後エリトリアに行き、そこで初めてリーダーを経験し、リーダーシップの基礎を築いたわけだが、エリトリアに行った経験も元をただせば親の存在が大きいという。

うちの親が「弁護士になれ」と言ったとき、私は弁護士には全然興味がなかったのですが、まだ学生だったので逆らえなかった。でも、内心では反骨精神がもりもりと大きくなっていきました。大学2~3年生っていったら、みんな好きなことをやって青春を謳歌している時期。そんなときに司法試験の勉強なんかやっていたら、本当にみじめですよね。だから当時は「なんでこんな苦しいことをやらなきゃいけないんだ」と鬱屈した思いを抱えていました。

当時は親の抑圧がひどくて全然自由がなかったのですが、大学2年生のときに家出をしたことで自由を得ると、これからはいろいろと好きなことをやろうという気になりました。「司法試験が終わったら、絶対好きなことをやってやる」とも思っていたのです。そんな思いがマグマのように溜まりに溜まって、司法試験が終わったとき、爆発的なエネルギーが出てエリトリアに行った。そこで新しい人生が開けた。もし親があそこまで抑圧的でなければ、私もわざわざエリトリアまで行かなかったんじゃないかなという気はします。

そしてエリトリアではなりゆきでリーダーになりました。誰かに「リーダーになりなさい」とか「お前には使命があるよ」と言われたわけでもない。私自身がリーダーになるために何かしたということもなかったです。まず自分がエリトリアに行きたかったから行きたいと意思表示した。行くことになったらチームができてリーダーになった。やってみたらいろいろコツも分かり、反省点もあり、おもしろくもあり、それがコロコロと転がり出したのです。

ですから正直に言うと、私の場合はやりたいことをやっていたら、リーダーという係もセットで付いてきちゃったという感じの、本当になりゆきで生まれた偶然的なリーダーなんだと思います。偶然生まれました、としか言いようがありません(笑)。

もし、ものわかりのいい親のもとに育ち、少しずつやりたいことをやっていれば今とは全然違う人生になっていたと思います。例えばアフリカには中学、高校ぐらいから行きたいと思っていたのですが、親が「いいよ、1カ月ぐらい行ってきなさい」と許可してくれて行っていたら、たぶんもうそれで満足してエリトリアなんかには行かず、今頃は大企業のいわゆるキャリアウーマンになって、それなりに満足した人生を送っていたかもしれないですね。

だから私が今こうしてあるのは、親のおかげだとも思うんです。ある意味反骨精神ばかりが育ってしまうような逆境的な家庭環境に育ち、かつ私自身が雑草的な人間であったために、誰も助けてくれなかったから自分でやった、その結果として、いま、ある分野におけるリーダーとして活動している自分がいるのだと思います。

プロフィール
土井香苗 NGOヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表
弁護士

1975年神奈川県生まれ。
96年、東京大学法学部3年生のとき司法試験に当時最年少で合格。97年5月から、NGOピースボートの一員として、アフリカで一番新しい独立国エリトリアに司法ボランティアとして赴き、調査員としてエリトリア法務省で働く。98年東京大学法学部卒業。2000年弁護士登録。普段の業務の傍ら、日本の難民の法的支援や難民認定法改正に関わる。06年にHRWニューヨーク本部のフェロー、08年9月から現職。紛争地や独裁国家の人権侵害を調査し知らせるとともに、日本を人権大国にするため活動を続ける。

TEXT=山下久猛 PHOTO=鈴木慶子

2015年02月13日