2014年度研究プロジェクト

2.初等・中等における起業家教育 フィンランド・ヴァーサ市

「就学前からの起業家教育」であるヴァーサモデルの確立

フィンランドは、1960年代、1970年代の順調な経済発展により、福祉国家としての基盤を固めていった。1960年代には被雇用者年金制度、1970年代には無料医療制度、自営業者・農業者の年金制度、労働時間の短縮化がつぎつぎに実現され、隣国スウェーデンとともに北欧型の福祉国家の一翼を担った。ところが、1990年代に入ると、ソ連の崩壊とバブル経済の崩壊という二重の打撃を受け、失業率は約20%という未曾有の不況を経験する。そのような状況を打破するために、伝統的な産業構造から脱却し、ITを中心とした知的財産による立国を目指す政策がとられた。そのなかのひとつのプロジェクトが「ヴァーサモデル」といわれる教育である。

フィンランド語とスウェーデン語の二重言語都市であるヴァーサ市は、フィンランドの主要都市である。ヴァーサ市は、国内で最もビジネス教育が盛んな大学のひとつであるヴァーサ大学と連携し、起業家教育(entrepreneurship and enterprise education programs)を推進した。1995年以降、大学は「起業家教育」を推進するための学校教師を育成する起業家教育コースを設置し、起業家教育カリキュラムの策定にあたっている。起業家教育の基本原理の1つ目は、教師から一方的に教えを受けるのではなく、子どもが何事に対しても自分で考え、独自の判断をすることができるようにする「教える教育から学ぶ教育」である。2つ目は結果よりも目的やプロセスを重視する「内容よりも方法を重視する」ことである。失敗を恐れることなくチャレンジし、失敗から学ぶ姿勢を養うものであり、失敗は非難されるのではなく推奨されるものとみなされている。3つ目は、「全科目における起業家教育的発想の導入」である。「起業家教育」という特定の科目を設けるのではなく、すべての科目にわたって総合的に起業家教育的考え方を導入している。

子どもの発達に応じて内容が変化していく「起業家教育」は、子どもの将来の選択肢を増やすことに影響を与えるだろう。起業するために必要とされる「ビジネスの独自性」や「先見の明」といった感覚を幼い頃から意識的に持ち続けることによって、「社会をより良くするための起業」を構想する個人が増えることも十分に考えられる。そういったチャレンジのなかから「社会リーダー」たる人物が生まれてくる可能性も見えてこないだろうか。より具体的な「起業家教育」について見てみよう。

就学前から中学校、高校まで、起業家教育を連鎖させていく

フィンランドではベルトネン(Peltonen, 1986:『世界の創造性教育』弓野憲一(編著)より引用)により起業家精神(Entrepreneurship)を外的起業家精神と内的起業家精神(internal entrepreneurship)に分けたという。外的起業家精神は「独自のビジネスを開始し経営すること」とし、内的起業家精神は「起業家的に仕事をする態度や資質に関する精神」とした。内的起業家精神は、将来的に起業する、しないにかかわらず全国民に必要な資質であると位置づけられ、就学前から始められており、学校カリキュラム上も発達段階に応じてフレキシブルに内容を変えている。高校3年生までを通して総合的に取り組まれ、教育の場は学校だけでなく、職場訪問やインターンシップなど、産学が連携したシステムが用意されている。

就学前から小学校低学年は内的起業家精神の開発期に充てられており、自己表現力を高める創作活動、清掃や植物の世話・職場訪問等の実体験から学ぶ実践、イベント企画への参加などにおいて、各人の内的起業家精神の開花を試みるのである。例えば、児童の実体験の話を大人が聞き取り、物語として聞かせる「ストーリーテリング」は就学前教育の段階で、広く行われているようである。これは自らの主張を論理構成させるスキルを大人と二人三脚で体得させるのが狙いだという。

小学校高学年にかけて、内的起業家精神の育成はより活発化する。すべての科目において体験学習や調査学習が取り入れられ、職場訪問やイベント企画などの体験・観察・思考判断を通して、コミュニケーション力、議論力を伸ばし、自尊心と創造性を育むことが目的とされる。特に小学6年生、12歳を対象に行われる「ビジネスゲーム」という授業では、学校で10時間ほどのビジネスゲームに関する準備授業を受けたあと、企業・商店などのブースが設置されたキャリアセンターで、実際に商店や企業、自治会の運営を疑似体験する機会が設けられている。ここには民間企業や公的機関が協賛した約20のブースが出店しているのだが、生徒たちが一日の運営を終えて、銀行にいくら戻すことができるのかを競うゲームになっている。「民間企業が学校教育に協力することで、自律的な人材を労働市場に輩出していくことにつながる」とフィンランドでは理解されており、首都ヘルシンキから始まった「ビジネスゲーム」は、いまやフィンランド全土に広がりを見せているという。

中学校になると、カリキュラムに外的起業家教育の要素も組み込まれる。ローカル経済や中小企業の重要性に着目し、経済そのものや起業家について学ぶ。各教科がビジネスに関連づけて学習され、企業でのインターンシップを体験しながら大人たちとの交流を図る。例えば、学校内の売店を生徒たちが運営し、どのようにして収益を上げるかなどを実際に体験するのである。

以上の就学前から中学までが、起業家精神を育むコア期と位置づけられている。その後、高校生になると、起業家教育は基礎科目として位置づけられ、生徒は経済や企業などの、より多角的で深い知識を得るようになり、より実践的なグループ作業や職業教育を受ける。就学前から蓄積されてきた内的起業家精神を基礎とし、徐々に外的起業家精神の体得に向けて教育の質と内容を発展させていくのである。

就学前からの起業家教育が、フィンランドの子どもたちの礎となる

フィンランドにおける就学前からの継続的かつ複合的な起業家教育では、ローカル経済や企業といった実社会との関わりを重視し、発達段階に応じてカリキュラム化されている。そのような教育システムにおいて構築された起業家精神とスキルを通じて、子どもは常に独創的で、既成の枠を超え、他の人にとって役に立つ価値を創造するための基礎的知識と知恵を体得するのである。

子どもたちは発達段階の初期から、社会に対して自発的に関わりを持つことを求められる。そして、常に問題の芽を見つけ出し、解決する方法を考える訓練を、繰り返し継続的に行っている。そのようにして築かれた基礎的能力が、我々が日々新たに直面する社会的問題を解決する「価値創造」能力として開花する可能性を大きく示している。


【引用・参考文献】
「企業家能力と教育」柳沼寿(地域イノベーション3号, 法政大学 地域研究センター, 2010)
「1990年代におけるフィンランド型福祉国家の変容―福祉提供主体の多様化に焦点を当てて」藪長千乃(文京学院大学人間学部研究紀要, Vol.10, No.1, 199〜219, 2008)
「フィンランドの教育におけるコミュニケーションのあり方―PISA調査結果と1970年代までの教育改革を中心として」石井三恵(広島女学院大学論集, 第56集, 2006)
『世界の創造性教育』弓野憲一(編著), ナカニシヤ出版, 2005
『フィンランドを世界一に導いた100の社会改革』イルッカ・タイパレ(編著),山田眞知子(翻訳),公人の友社, 2008
「フィンランド 民間企業が義務教育に協力 学校現場で普及するビジネスゲーム」リクルートワークス研究所ウェブサイト

2015年07月22日