グローバル 世界の『社会リーダー』創造メカニズムを探るⅠ章 世界で「社会リーダー」はどのようにして生まれてくるのか

世界を見渡してみると、さまざまな形態で活動する「社会リーダー」が続々と誕生しているように思われる。しかしながら、世界の共通認識としての「社会リーダー」の明確な定義は存在せず、それゆえにどのような特性を持つ人物が、どのようなキャリアや思考経験、実体験などを経て「社会リーダー」となっていくのかは千差万別であり、明確な創造メカニズムがあるとは言えないように思われる。

私たちは「社会リーダー」を、「新たな社会価値を創造し、人々の未来を豊かにすることを、自らの使命と自覚している人」と定義した。その創造のメカニズムを探索するため、リーダーやエリート、アントレプレナー、イノベーターといったトップ人材の創造メカニズムの中に、「社会リーダー」の創造に寄与するような機能が組み込まれていると想定して、未だ明らかにされていない「社会リーダー」創造のメカニズムを探索していきたいと考えている。

まずⅠ章では、「社会リーダー」とはどのような存在として位置づけられるか、その創造メカニズムが有効に機能しているのはどのような国や地域であるのかの2つの認識を共有し、私たちなりに「社会リーダー」創造につながるメカニズムを象ってみたい。続くⅡ章、Ⅲ章では、「社会リーダー」創造のメカニズムを前提に置きながら、リーダーやエリート、アントレプレナー、イノベーターなどの育成、創造、支援組織や体制、制度などの実態を概観し、「社会リーダー」創造への意味合いの抽出を試みることにする。

1.共通認識としての「社会リーダー」を捉える

「社会リーダー」は、何と似通った存在なのか

「社会リーダー」は、リーダー、エリート、アントレプレナー、イノベーターなどと類似する存在だろうか。確かに、一部には似通ったところがあるだろう。企業の要職に選任されて着任する「アポインテッドリーダー」ではなく、状況の中から自然発生的に生まれてくる「エマージェントリーダー」は、社会リーダーと大きく重なる存在である。ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの義務)を体現する存在であるエリートは、社会に善をなすことを社会的に要請され、またそれを自覚しているという点で社会リーダー像と重なる。また、近年では、社会課題そのものと真正面から取り組むソーシャル・アントレプレナー、ソーシャル・イノベーターが登場しているが、彼らは社会リーダーの一角を形成する存在だといっていい。

図1に示すように「社会リーダー」(四角形で表現)とは、必ずしもリーダー、エリート、アントレプレナー、イノベーター(楕円で表現)の部分集合ではなく、「(部分的に)似て、(次元として)非なるもの」と捉える方が好ましいだろう。

誰が「社会リーダー」か

では具体的に、誰が代表的な「社会リーダー」と言えるであろうか? 世界での普遍的な定義はなくとも、「社会リーダー」はリーダーである以上、周りの人々を巻き込んで、そのフォロワーとともに集団となり、地域や社会に対して大きな影響を与えながら活動している人物であることは間違いない。

例えば、グローバルなレベルでは、テスラモーターズ会長兼CEOのイーロン・マスクなども、いまや天才起業家として世界から注目を集めている「社会リーダー」と言えるであろう。1971年、南アフリカ共和国で生まれ、エンジニアの父と栄養学者でモデルの母の元で育ったマスクは、ペンシルバニア大学で経済学と物理学の学士号を取得したのち、エネルギー物理学を研究するためにスタンフォード大学大学院に入学。起業と売却を繰り返し得た莫大な資産を、長年の夢である「地球環境を守るための持続可能なエネルギー開発」と、「人類の新しい環境としての宇宙開発事業」に投入するという。その答えの一つとなるのがテスラモーターズ創設である。「世界の持続可能な輸送手段へのシフトを加速すること」をミッションに、100%電気で走る、そしてスーパーカーとしてのパフォーマンスも兼ね備えた魅力的な4輪駆動車を実現した。21世紀最大の課題であるエネルギー問題に向き合いながら、持続可能な地球環境の創造をビジネスサイドからアプローチしていく姿は、私たちが考える「社会リーダー」と一致する。

また、Googleを設立したラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンや、ソーシャル・アントレプレナーとして名高いバングラディシュのグラミン銀行創設者ムハムド・ユヌスなどもグローバルレベルでの「社会リーダー」と言えるであろう。

同時に、「社会リーダーの軌跡」で紹介した人物の中に見受けられるようなナショナル(国家)レベルでの「社会リーダー」も、世界中の国々に多く存在するであろう。そしてさらに、たとえ名前や活動は広く一般に知られていなくとも、特定の地域や特定の集団などにおいて活躍しているローカルレベル、もしくはエリアレベルでの「社会リーダー」が存在することも忘れてはならない。

【引用・参考文献】
「クルマが変わる、未来が変わる『100%電気革命』を連れてきた男」イーロン・マスク テスラモーターズ会長兼CEO ,WEB GOETHE (http://goethe.nikkei.co.jp/human/110224/index.html)

2.どのような国や地域で「社会リーダー」は多く創造されているのか

「社会リーダー」が数多く生まれている国や地域とは

「社会リーダー」が数多く生まれているのは、アメリカ、イギリス、日本、それとも最貧国と言われる国々なのか。どのような国や地域において、「社会リーダー」が創造されているのかについて考えてみたい。

「社会リーダー」が数多く生まれている国や地域の人々は、「社会リーダー」の貢献を享受しており、精神的あるいは経済的に豊かであるか、もしくは急速に豊かになりつつあるはずであると仮定してみよう。これは、「社会リーダー」が人々の未来を豊かにすることを自覚する人物である以上、彼らは身近な人々が困難を抱えていたら、まずはその解決に、そしてそれを含めた全体に手を差し伸べようと考えると推測できるからだ。その観点から考えて、ここでは国民の幸福度を測る重要な指標と言える「生活満足度」と「家計所得」が高い北欧諸国、アメリカ、イギリスを中心に着目してみることにする。これらの国におけるリーダー、エリート、アントレプレナー、イノベーターの育成の仕組みをたどってみることで、「社会リーダー」創造のメカニズムのヒントが見えてくるのではないかと期待する。また、これらの国とは反対に、国民の幸福度が高くない国においても、グローバルレベルで活動する「社会リーダー」は存在しているのも事実であるが、今回は調査対象国から割愛することを断っておく。

3.世界の「社会リーダー」創造メカニズムを検証する

世界の「社会リーダー」創造メカニズムとは

世界では「社会リーダー」の定義がはっきりと認識されていないが、「社会リーダー」の創造確率を高めることに繋がる環境や教育といった仕組み、仕掛けが存在すると考えられる。例えば、幼少期から行われる教育のなかに「社会リーダー」としてのあり方に繋がる要素があれば、それを柔軟な時期に、継続的・包括的に行うことで、「社会リーダー」としての使命感を深く根付かせ、自発的に開花させる確率を高めることができるといえるだろう。すなわち、リーダー、エリート、アントレプレナー、イノベーターなどの育成メカニズムのなかに、「社会リーダー」創造に貢献する要因があると考えられる。

一方で、「社会リーダー」が生まれるもう一つの要因として、災害や紛争、差別などの社会的矛盾といった、自身の人生観を左右するような原体験を持っていること、それらを見聞きした疑似体験があること、あるいは既成メカニズムの枠に収まらない強烈な個性を原動力として持っていることなどが考えられる。そのように自然発生的に「社会リーダー」が生まれてくる場合もあるだろう。彼ら彼女らは、内発的に、突き動かされるかのように行動を起こしているのであって、それを自らの使命として自覚していないケースさえ見受けられる。しかし、その活動を継続することにより、自らの行動の意義を他者に説明する機会が増え、他者から求められる役割も明確化してくる。こうして、周囲に背中を押されるようにして自らの使命が形成されていくように考えられる。

「社会リーダー」創造メカニズムには、社会全体を対象として「社会リーダー候補者」を数多く生み出す「醸成メカニズム」と、その候補者を対象にして真の「社会リーダー」たらしめる「輩出メカニズム」の2段階があると仮定しよう。すなわち、「醸成メカニズム」とは、「社会リーダー」の出現の機会を創造するシステムで、教育や企業における活動のなかで、「社会リーダー」としての特性を自ら発芽させる、あるいは他者により特性を見出される段階のメカニズムである。また、「輩出メカニズム」とは「社会リーダー」として萌芽の成長を促したり、成熟を支援するメカニズムである。図2は「社会リーダー」創造メカニズムと、その具体例をとりまとめたものである。

世界のリーダー、エリート、アントレプレナー、イノベーターなどの
創造のメカニズムから学ぶ

世界において「社会リーダー」そのものの創造を目的とする直裁的メカニズムはほとんど存在しないことから、対象国を北欧諸国、イギリス、アメリカに絞り、リーダー、エリート、アントレプレナー、イノベーターなどを創造するメカニズムを概観してみる。そして、そこから「社会リーダー」創造への意味合いが読みとれる特徴的なものを、「教育・育成型」と「体制・支援型」に分類して検証してみることにする。

具体的事例として、Ⅱ章では、「教育・育成」分野から、スウェーデンの共生・多様性尊重教育、フィンランドの初等・中等における起業家教育、イギリスのパブリックスクール・ボーディングスクール、アメリカのソーシャル・アントレプレナーMBAの例を取り上げる。続くⅢ章では、「体制・支援」分野から、社会貢献意識を採用の基準とする選抜の仕組みとしての奨学金制度や、ソーシャル・アントレプレナー支援団体の機能、グローバル企業におけるCSRを取り上げる。

私たちが定義する「社会リーダー」から考えると、「人々の未来を豊かにする意識を醸成する、あるいはその意欲を喚起させる」「新たな社会価値を創造する能力を開発し、あるいはその活動を支援する」この2つの機能を有機的に結合させることが「社会リーダー」を創造するメカニズムになっている可能性が高いと考えられる。また同時に、このメカニズムにより「社会リーダー」の誕生確率を向上させることが可能になると考えられる。