2014年度研究プロジェクト

第7回 社会リーダーを育てるために

本連載コラムの新しさはどこにあったのか
本連載コラムでは、開成・灘卒業生を対象に実施した質問紙調査データを用いて、リーダーについて考えてきた。その試みのどこに目新しさがあったのか。一通りの分析を終えたいま、改めて説明すれば、次の2つを強調することができる。

第一は、超進学校卒業生に実施した質問紙調査という「データのオリジナリティ」にある。超進学校の内実を取り上げた書籍こそよくみかけるようになった昨今ではあるが、そこで育った卒業生たちの実像となると、いまだ謎に満ちている部分はかなり多い。卒業生たちはどのように働いており、そこに至るまでのプロセスをどのように理解すればいいのか。本連載コラムは、こうした問いについて実証ベースの検証を行った、数少ない分析事例だといえる。

第二の新しさは、「現場主義ともいえる分析手法からの脱却」にある。リーダーをはじめとする人材の育成問題を扱ってきた既存の研究は、成長をもたらす「就業後の経験」を特定化することに関心を寄せがちであった。配置換えや昇進パターン、あるいは仕事内容や周囲の人間関係の効果を検証する、といったものだ。企業組織のありように関心を抱く経営学者や経済学者がその主な担い手だったという事情が関係してのことだが、人材としての素質を伸ばす経験は、就業後のみに限定されるわけではない。就業前=在学時の経験の影響も十分に想定され、本連載コラムでは、この在学時の経験の影響を解明することに重きを置いた分析を心がけた。その方が、超進学校ならではの特性というものにより接近することができると考えたからである。

では、こうした試みに取り組んだ結果、新しい発見として何が見出されたのか。そして、その発見を踏まえつつリーダーというものを見つめ直せば、どのような地平があらわれてくるのか。連載のラストである今回は、こうした議論の総まとめを行いたいと思う。

3つの発見
【発見①】分析から得られた大きな発見の1つは、なにより超進学校卒業生のリアルな姿に求めることができるだろう。

第1回のコラムでも触れたが、超進学校卒業生のイメージについて、調査会社のモニターを使って調べたことがある。おおよその結果は、好意的な印象を述べる回答が半分、否定的な回答が半分であり、「頭が良い」「まじめ」「集中力がある」といった言葉が多く得られたものの、負けず劣らず多かったのが、「人間関係が不得手」「頭でっかち」「打たれ弱い」という回答だった。

ところが、実際に開成・灘卒業生調査のデータを分析すると、まず、開成・灘卒業生たちは、決して「人間関係が不得手」などではないことがみえてくる。正確にいえば、「不得手ではなくなった」ということになろうか。開成・灘卒業生の多くは、在学時代、勉強のみならず、友人との交流、遊び・趣味活動、読書、学校行事や体育会・サークル活動などにも精力的に取り組む時間を過ごしている。そして、学校行事・課外活動の経験などを糧に人間関係を築く力を伸ばし、フォロワーに恵まれる状況へと辿り着いているのである。

そしてその延長線上の帰結として、開成・灘卒業生には、リーダーとして働いている者が4割ほどいた。ここでいう「リーダー」とは、大きなビジョンやプランを描きたいと考え、かつフォロワーがいるという人。加えてこれらリーダーのほとんどは、大学時代に専攻した学問などに触発されながら、新しい社会価値を作り出す「社会リーダー」としても活躍していた。

【発見②】他方で、これらリーダーが生き生きと働くことができているかといえば、必ずしもそうではない。リーダーのうち、自分の能力が発揮できていると強く感じている者は3割。しかし、逆に発揮できていないと感じている者も3割。芽が摘まれているリーダーというのもそれなりに存在していた。

能力の発揮を阻まれているリーダーの特性を調べれば、ポイントとして3点ほど挙げられよう。第一に、体力がない人は、自分の能力を十分に発揮できずにいる。第二に、大規模組織や官公庁に勤務しているリーダーも、強い能力発揮感を持つことができていない。勤務先の管理色の強さや官僚的な性格が障壁になっているからだろうか。そして第三に、中高時代、大きな努力と引き換えに高成績をとるということを経験したリーダーは、いま現在、自分の能力を発揮できていないと感じている。追いかけられるように勉強したまではよかったが、その後は新たな活躍の場を見出せずにいるのか。それとも、成績のようにはっきりと差がつかない仕事生活に、空しさのようなものを感じているのか。いずれにしても、超進学校卒のリーダーたちをめぐっては、「努力することができた」者が充足感を得られていないという、個人にとっても、企業をはじめとする組織にとっても、望ましくない状況が起きている。

【発見③】いまひとつデータからみえてきた興味深い事実として、一口にリーダーといえども、「早咲きのリーダー」と「遅咲きのリーダー」がいるということがある。そして、前者は開成卒に、後者は灘卒に多い。

なぜ、開成卒には「早咲き」が多く、灘卒には「遅咲き」が多いのか。本連載コラムでは、その答えを学校の特性(校風)に求めたストーリーを描くということも試みた。「学校行事や集団を強く意識する」開成と「個性や学業を大事にし、目的合理的な発想が根づいている」灘。「組織の取り組みというものに慣れ親しんできた」開成卒業生と、「マイペースに動くことが多かった」灘卒業生という違いがあるなか、ミドルマネジメントで成果を出すのは前者だという解釈である。逆にいえば、後者の良さが認められるまでに少し時間がかかるというのが、いまの日本社会であるということだ。

2015年05月19日