2014年度研究プロジェクト

なぜ、学問が大事なのか
それにしても、なぜ、学問なのか。考えられる理由について2点ほど挙げておこう。

ひとつは、専攻した分野を面白いと思うことが、その後の学びを誘発する。その自主的な学習の先に、価値の創造が生み出されるというものである。

超進学校への入学を遂げるほどの者であれば、中学入学以前から十分な学習習慣がついていると考えられる。学ぶことを得意とする者、効率の良い学び方を知っている者も多いはずだ。ただ、ここでみてもらいたいのが、図5である。いま現在、自分自身の仕事やキャリアのために自主的な学習に取り組んでいる者の比率を、大学時代の専攻分野に感じていた面白味の程度別に示したものだが、面白いと思っていた者ほど、自己学習に取り組んでいる様相がうかがえる。そしてその傾向は、企業で働く者などでも、より顕著なかたちで確認された。学びを強みとする者のさらなる学びを引き起こす。学問の面白さを知ることには、こうした効果があるようだ。

図5 現在、自主的な学習に取り組んでいる者の比率図5 現在、自主的な学習に取り組んでいる者の比率

いまひとつは、学問で扱っている内容が、実はそれほど現実離れしていないのではないかということに関係している。

大学に近い環境で仕事をしていると、大学教育で扱っている知と実践の場で必要とする知が異なっているという指摘をよく耳にする。職業教育に特化した内容を提供するよう、大学は変わるべきだという意見が寄せられることも多い。「学問は役に立たないもの」。多くの人がそのように捉えている。

しかし、本当にそうだろうか。そもそも学問というのは、さまざまな謎や問題を解くために人類が築き上げてきたものである。そしてその謎や問題は、この社会、この世界があるからこそ生まれたものである。言葉や数字の遊びをしているわけでない。学問のために学問があるわけでもない。効率的な配分や貧困の問題などを扱う経済学。法律や制度がどのような影響を与えるのかを考える法学。人びとの心理や文化について多くを教えてくれる文学。常識を覆すようなものの見方を提示する社会学。環境の変化を受けながら、必要な技術を生み出していく工学。自然の姿を解き明かす理学。病の治癒や軽減化を追求する薬学と医学――このような学問に関心を持つことが、社会の理解を深め、そのことが新たな価値を生み出すことにつながっていく。十分にあり得る因果ではなかろうか。

さて、第2~4回は、リーダーの比率や素質を伸ばすための経験について考えてきた。次回は話題を少し変え、リーダーとして働くことの意味について検討を加えることにしたい。ビジョンを描き、フォロワーに恵まれ、新しい価値の創造にも携わっているというリーダー。しかし、「出る杭は打たれる」ということが起きているかもしれない。リーダーとなった卒業生たちは、生き生きと働くことができているのか。詳しくみていくことにしよう。

2015年03月31日