開成・灘卒業生にみる「社会リーダー」になるための条件 第3回 開成・灘卒業生はどのようにリーダー素質を高めているのか

「幅広い意欲」と「勉強の質の深さ」

リーダー素質測定指標として設定した2つの項目「他人には描けないような、大きなビジョンやプランを描きたいと思う(課題関連行動)」と「喜んで自分についてきてくれる人がいる(人間関連行動)」――開成・灘卒業生は、中高時代以降にこれらの素質を伸ばし、とりわけ後者のフォロワーの存在を尋ねる項目、いわば「周りからの信頼獲得項目」とでもいうべきものについては、早くから著しい成長をみせていた。では、どのような経験が彼らのリーダー素質を高めているのか。こうした問いを念頭に置きながら、改めて回答データを眺めれば、経験の特定化以前に、卒業生たちの在学時代における活動が多岐にわたっていたことに驚かされる。

図1は、在学時代の意欲がどれほどのものだったのか、(1)勉強、(2)遊び・趣味活動、(3)友人との交流、の別に答えてもらった回答の分布である。グラフから読み取れるのは、開成・灘卒業生も一般大卒と同じく、「勉強」よりは「友人との交流」、「友人との交流」よりは「遊び・趣味活動」に熱心な在学時代を送っていたという事実である。そして、開成・灘卒業生の方が、「遊び・趣味活動」に意欲的だったという傾向も確認される。この結果をみていると、本コラム第一回で引用した「開成で中高6年間ガリガリに勉強した生徒なんて、実はあまりいません」という開成中学校・高等学校の現校長、柳沢幸雄氏の言葉を思い出す。なるほど、この分布は、氏の言葉が数値となってあらわれたものといえそうだ。

図1 在学時代の意欲

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とはいえ、開成・灘卒業生の意欲が勉強領域においても秀でていたことを看過すべきではなかろう。中高時代の「受験につながる教科の勉強」に「意欲的」と回答した者の比率は35%と、一般大卒のそれより11ポイント高い。「大学で専攻した分野の勉強」にも6ポイントの違いが認められる。さらにほかのデータからは、開成・灘卒業生の勉強が、質の点からしても一歩上をいっていたことがみえてくる。図2は、教科の勉強や専攻分野の勉強について、「その内容自体を面白いと思っていたか」を尋ねた質問への回答状況を示したものである。受験のための手段という一面もある教科の勉強ではあるが、6割を超える卒業生が楽しみながら取り組んでいたという結果は興味深い。理解力の高い生徒と教科・学問に精通している教師の本気のぶつかり合いのなかでこそ生じる反応であり、超進学校ならではの特質だとみることができるように思う。

図2 「勉強の内容自体を面白い」と思っていた者の比率

3割がリーダー、8割が積極的参加だった学校行事・課外活動

超進学校の教育が語られるとき、その学校行事・課外活動の活発さが引き合いに出されることも多い。教員が口出しすることはほとんどなく、生徒自身の手で運動会や文化祭、生徒会活動といったイベントが作り上げられていく。自分たちの力が試されるこれらの活動は、たしかに多くの卒業生たちを惹きつけている。

調査では、学校行事・課外活動への取り組み方がどうだったか、(1)おおむね積極的に取り組み、リーダー的な役割を担ったこともある、(2)おおむね積極的に取り組んだが、リーダー的な役割を担ったことはない、(3)おおむね積極的に取り組まなかった、の3つの選択肢から選んでもらった。その回答分布を示したものが、図3になる。開成・灘卒業生の32%がリーダーポジションを経験し、77%が積極的に取り組んだ2タイプに該当している。意気込みが感じられる分布であり、一般大卒との差も統計的に有意だ。

一方で、一般大卒とのあいだに有意な差が認められなかったのが、部活動への取り組み方である(図4)。ただ、これは、一般大卒と同じぐらい部活動に勤しんでいたと表現すべきかもしれない。部活動のリーダー経験があるという者は32%、積極的に活動をしていたという者は合わせて69%。ただ、これが大学時代の体育会・サークルとなると、状況は一変する。体育会・サークル活動について「おおむね積極的に取り組み、リーダー的な役割を担ったこともある」と回答した者の比率は44%であり、その値は一般大卒(22%)の2倍である。

図3 学校行事・課外活動への取り組み方

図4 部活動&体育会・サークルへの取り組み方

豊かな読書

読書にも際立った傾向が見出せる。「読書など、教養の獲得につながること」への意欲を尋ねた質問に「意欲的だった(やや意欲的+意欲的)」と回答した者の比率を示せば、中高時代65%、大学時代63%と、ともに6割を超えている。一般大卒の比率は順に46%と50%。中高時代には2割以上の差が認められる。

そして、ジャンル別の読書状況(「よく読んだ」と回答した者の比率)を示したものが図5になる。開成・灘卒業生の約半数は、一般的に手に取られることが少ない「思想書・人生論・純文学」関連の書籍を中高時代から読んでいる。「歴史小説・ノンフィクション・ドキュメンタリー」の読書率はさらに上をいき、大学時代における専門書の読書率が高いのも開成・灘卒業生である。また、卒業生たちは、「マンガ・趣味娯楽書」も一般大卒と同程度に読んでいる。

見方を変えて、「思想書・人生論・純文学」、「歴史小説・ノンフィクション・ドキュメンタリー」、「マンガ・趣味娯楽書」の3つすべてについて中高時代に「よく読んだ」と回答している者の比率を出せば、一般大卒11.3%であるのに対し、開成・灘卒業生は19.9%という値が算出される。

読書家というのはどこにでもいる。もちろん一般大卒のなかにもいるが、その出現率は開成・灘卒業生の方が高いといえそうだ。

図5 読書の状況

リーダー素質を高める在学時代の経験は何か

ここで話をもとに戻せば、今回の議論は、リーダー素質を高める経験は何かという疑問から出発した。そして、これまでみてきた在学時代の活動のどれが素質の向上をもたらしていても不思議ではないように思われる。いうまでもなく、就業後のキャリアの影響も忘れてはならない。けれども、部活動や課外活動で培うこと。遊びや趣味活動から学ぶこと。読書によって育まれること。これらはいずれも「人」として大きな成長をもたらしてくれることに違いはなく、なによりこれら在学時代のさまざまな活動経験が、総合的にリーダー素質を高めているという側面は多分にあるように思われる。

しかしながら、より効果的な学校経験は何か。あるいは、素質の向上をもたらす要件として当然視されていたものに、実は目立った効果が認められないということはないか。こうした問いが、いまだ解明されていない実証的な課題として残っているのもたしかであろう。そこでここからは、データを開成・灘卒業生調査のものに限定し、以上でみてきた経験の影響を「ロジスティック回帰分析」という方法で検証することにしたい。

ロジスティック回帰分析とは、「有無」といった「1」と「0」の2つのカテゴリで示される目標変数に影響を与える要因が何かを特定化し、影響を与える要因については、その要因が加わることによって目標変数が「1」になる確率がどれぐらい高まるのかを検証する手法である。今回はこの手法を用いて、「他人には描けないような、大きなビジョンやプランを描きたいと思う」と「喜んで自分についてきてくれる人がいる」のそれぞれについて、「傾向有(=1,傾向無が0)」と回答する確率を高める在学時代の経験が何であり、その影響がどの程度なのかを探ることにしよう。分析に投入したのは、上述の活動を中心とした在学時代のさまざまな経験であり、現在の年齢も加えた。図6は、その結果として影響が認められた要因(経験)を簡単にまとめたものである。

図6 リーダー素質(就業後~現在)に影響を与えている在学時代の経験

分析には、中高時代の経験10項目、大学時代の経験13項目に年齢と、合わせて24項目を投入したが、2つの素質に影響を与えていたのは、それぞれ5項目だった。そしてこの結果からは、大きく次の3点が指摘されるように思う。

第一に、在学時代の経験のなかで、2つのリーダー素質にマイナスの影響を与えているものはない。このことは、とりわけ勉強面の効果を理解するにあたって示唆的だろう。すなわち、受験勉強を頑張ること、あるいは学問に真摯に取り組むことは、「知識ばかりの人間関係に不得手なタイプ」になることを意味しない。むしろ、学問分野の内容に面白味を感じられるほどの状況に達することが、「他人には描けられないような大きなビジョンやプランを描きたい」という熱意を持つことにつながるという結果も見受けられる。

第二に、「大きなビジョンやプランを描きたい」という傾向を強めるのは大学進学以降の経験に限定されるのに対し、「喜んで自分についてきてくれる人がいる」という傾向については、中高時代の経験も関わっている。周りからの信頼獲得に関する項目の成長が早い時期から確認されることは冒頭でも再確認したとおりだが、ここに理由のひとつをみることができるだろう。そして、中高時代のさまざまな活動のなかで、この項目の成長に結びつくのは、「学校行事・課外活動への積極性」と「歴史小説・ノンフィクション・ドキュメンタリー関連の書籍を読むこと」の2つである。前者については、「非積極的=1」、「積極的+リーダー経験無=2」、「積極的+リーダー経験有=3」と得点化したものを分析に用いたが、結果によれば、積極性が1増すとフォロワーがいる状況に1.32倍ほどなりやすくなる。また、歴史小説等を中高時代に読んでいたことは、読まなかった人より1.44倍ほどフォロワーがいる状況になりやすい。経営者には歴史好きが多いという話もあるようだが、早くからこうしたジャンルに馴染むことによって、自然と人心掌握術の本質がみえるようになるということなのかもしれない。

そして第三に、フォロワーに恵まれる状況の背後にあるのは、「学校行事・課題活動」や「体育会・サークル活動」への積極性であって、「遊び・趣味活動」あるいは「部活動」への積極性は関係ないということである。やや意外ともいえるこの結果については、たとえば、「好きなもの(こと)を介した均質な少人数グループの活動では、周りからの信頼を集めるという次元の魅力は形成されない」と考えれば、理解しやすくなるのではないだろうか。学校や学年全体をまとめる必要がある行事や新しい企画も試みる生徒会活動。女子や地方出身者といったあまり接点のなかった層との関わり合いも増える大学での体育会・サークル活動。こうした取り組みに精力を注ぐことの方が、リーダー素質を伸ばすために有益だというのは、それなりに説得力があるロジックのように思われる。

学校行事・課外活動への取り組み方が「壁」への対応を変える

学校行事・課外活動と部活動とでは、その意味合いが異なっている。この点については、裏付けともいえるような別の結果を、調査データから抽出することができる。

調査では、これまで「人間関係の壁」にぶつかったことがあるか、ある場合、その後どうなったかについて回答してもらっている。後者の選択肢は、(1)その壁自体を乗り越えた、(2)別のところに活路を見出した、(3)解決法を見出せず、そのままになっている、の3つ。図7は、部活動への取り組み方の別、そして学校行事・課外活動への取り組み方の別に、その回答の分布を示したものである。

図7 人間関係の壁にぶつかった後の状況(部活動経験、学校行事・課外活動経験別)

部活動と人間関係の壁への対応とのあいだに関連性がほとんどみられない一方で、学校行事・課外活動への取り組み方と壁への対応とのあいだには、明確な関係をみることができる。すなわち、学校行事・課外活動に非積極的だった者は、壁にぶつかっても未解決のままが多く、積極的に取り組んだものの、リーダー経験までは有していない者は別のところに活路を見出す傾向がある。他方でリーダー的役割を担った者は、5割が壁そのものを乗り越えたと回答しており、その比率は群を抜いている。学校行事・課外活動のリーダーを経験することは、人間関係のトラブルに真正面から向き合おうとする、向き合えると考えるようになるということなのかもしれない。そしてこのような姿勢で周りに接しているがゆえに、フォロワーがついてくるというストーリーを描くことも可能ではないだろうか。

誤解を避けるために断わっておけば、部活動に意味がないということを主張したいわけではない。部活動は中学(高校)進学後、新しい環境に適応するための大事なきっかけになるものであり、現にデータからは、そうした知見を抽出することができる。部活動があったからこそ、より充実した中高時代を過ごすことができたと実感している卒業生も多いはずだ。また、他のソーシャルスキルを伸ばすことに寄与している可能性もある。

けれども、リーダー素質の成長、とりわけ人間関係行動面の成長という側面からみる限り、やはり大事なのは、学校行事や課外活動への取り組み方のほうだといえそうである。次の声は、こうした結果をシンプルに表現してくれたものとみてよいだろう。卒業生が寄せた自由記述の回答を一部抜粋したものだが、社会人ならではの視点から、後輩たちに運動会の意義を伝えるものである。

開成の友は一生の友。...高3~中1の縦社会、運動会運営はマネジメント教育、
リーダー的役割が身につく経験になります。積極的に!

(開成卒業生,50代,金融・保険業勤務)

さて、前回と今回とでは、「リーダー」という切り口から、開成・灘卒業生たちのデータを分析してきた。では、ここで卒業生調査の親プロジェクトが掲げているテーマ「社会リーダー」を切り口に仕切り直せば、議論はどのように発展するだろうか。プロジェクトの定義に従えば、社会リーダーとは「新たな社会価値を創造し、人々の未来を豊かにすることを、自らの使命と自覚している人」。質問紙調査という方法上の限界はあるが、次回では、社会リーダーといえる卒業生の比率がどれほどであり、社会リーダーへと成長するための経験として取り出せるものは何か、といった点について検討を加えることにしたい。