2014年度研究プロジェクト

第1回 開成・灘卒業生調査から紡ぎ出すリーダー論

高まる超進学校への注目
ここ10年ぐらいだろうか、いわゆる「超進学校」を取り上げた書籍が次々と出版されている。『麻布の教育――なぜ、麻布学園出身者は卒業後に強いのか』(佐藤勝監修,青志社,2005年)、『開成学園 男の子を伸ばす教育』(芳野俊彦著,小学館,2009年)、『灘校―なぜ「日本一」であり続けるのか』(橘木俊詔著,光文社新書,2010年)、『「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ』(柳沢幸雄+和田孫博著,中公新書ラクレ,2014年)、『「謎」の進学校 麻布の教え』(神田憲行著,集英社新書,2014年)等々。生徒たちを導いている教員自らの手で、あるいは卒業生やジャーナリストによって、学校の内実が紹介されている。

出版業界が動くところに需要あり。それだけ超進学校に対する世間の注目が高まっているということなのだろう。その背景として第一に考えられるのは、先行き不透明な状況が続いていることである。元来、教育熱心であることが知られる日本の家族だが、将来に備えるために少しでも良い教育環境をと、一部の層で中学受験熱が高まっているという。伝統的な私立中高一貫校に入学することが何を意味しているのか。なぜ、これほどまでに大学進学実績がいいのか。当然ながら、超進学校に関心を寄せているのは、なにも本気で受験を考えている家族だけではなかろう。子育てのヒントを得ようとして、あるいは単なる野次馬根性のようなものから、情報を手にしている者は少なくないように思われる。

そしてこれら書籍に目を通すと、そこには、自由な校風のなかで、勉強や部活動、課外活動などに精力的に取り組む生徒たちの姿が描かれている。勉強の内容も多岐にわたり、大学の学問を先取りする内容を学んでいることもあれば、ひとつの教材にじっくりと時間をかけ、より深い理解を目指していることもある。俳句といった教養領域で目立つ成果を出す者もいれば、IT分野で大人顔負けの技術を披露する者もいる。異なる年齢集団のなかで逞しく育っていく様もほほえましい。さらにいえば、これら学校の運動会(体育祭)や文化祭は、知る人ぞ知る名物である。マスコミの報道などで、その様子を目にしたことがある人もいるだろう。

真の生徒像・卒業生像はどこにあるのか
しかしながら他方で、これら超進学校の生徒や卒業生に対して、批判ともとれるまなざしが向けられているのも事実ではなかろうか。「受験に勝った者が、実力ある者とは限らない」――あまりにもよく耳にするフレーズである。

試みとして、超進学校のイメージについて、調査会社のモニターを使って調べたことがある。対象は首都圏に住む35~50歳の男女500名。私立校をめぐるイメージということで、やや恣意的ではあるが、年収800万以上の世帯の者に限定した。実施時期は2013年秋であり、「開成や麻布、灘のように、在校生の多くが東京大学に進むような学校の生徒ならびに出身者のイメージについてお聞きします」というリード文を提示したうえで、在学時代や働き方のイメージ、キーワードといったものを自由記述方式で答えてもらった。おおよその結果は、好意的な印象の回答が半分、否定的な回答が半分といったところだろうか。「頭がよい」、「まじめ」、「集中力がある」といった言葉が多く得られたものの、負けず劣らず多かったのが、「人間関係が不得手」、「世間知らず」、「頭でっかち」、「融通が利かない」、「打たれ弱い」という回答だった。

こうした状況を踏まえてのことだろう、開成中学校・高等学校の現校長である柳沢幸雄氏自身、次のように述べている。

東大合格者数トップの学校として30年以上毎年、校名があがるせいでしょうか、世間では「手取り足取り受験勉強に熱心な受験学校で、生徒は東大をめざしガリ勉している」と思われているようです。
ところが、開成で中高6年間ガリガリに勉強した生徒なんて、実はあまりいません。みんな部活や課外活動など勉強以外のことにも打ち込んでいます。
『「開成×灘式」思春期男子を伸ばすコツ』16頁

おそらく生徒の実像は、生徒たちの成長を直に見守っている柳沢氏がいう姿に近いのだろう。そもそも、ほとんど接することのない人のイメージを聞かれても、出てくる答えはステレオタイプ的なものでしかない。

とはいえ、関係者の言葉で実状を理解したつもりになるというのも、いささか単純にすぎるように思われる。というのは、その言葉がいわゆる「欲目」を含んだものになっているかもしれず、また、一部の生徒や卒業生にしかあてはまらないことが語られているにすぎないという可能性もある。なにより、超進学校という狭い空間にいるときの姿と、社会に出たときの姿が異なっているということも考えられるのではないだろうか。

超進学校の生徒、そしてとりわけ卒業生の実像がどのようなものなのか。謎に包まれている部分は、いまだ大きいように思われる。

2015年02月19日