慧眼との対話 『社会リーダー』をめぐる論点田原総一朗氏 ジャーナリスト

第一線の政治家から企業家、オピニオンリーダー、文化人まで、名うてのリーダーを向こうにまわし、自分の意見を堂々と述べながら、一つの番組につくりあげていく。テレビ討論番組「朝まで生テレビ!」で発揮される田原総一朗氏の司会手法は「猛獣使い」と呼ばれる。半世紀以上のジャーナリスト歴をもつ超ベテランに、"猛獣"たちの生態をうかがった。

ネット業界に若いリーダーが生まれている

― 今の日本には、社会を変える力量を持ったリーダーがなかなか生まれてこない、と思っています。

田原 そんなことないよ。どんどん生まれているんじゃないですか。今は時代の大きな転換期。高度成長が続き、バブルが盛り上がってそれが弾けた。一転、不況となり、それが20年も続いた。それが終わりつつあるのが今だ。
それまでは人々は「不況だね。大変だね。先行き暗いね。日本は大問題だね」と嘆いてばかりいた。でもそういう時代は終わったんだ。今は、じゃあどうすればいいのか、が問われる時代になった。それを象徴しているのが政治の世界だ。一強多弱だからね。

― どういうことでしょう。

田原 自民党だけが強くて後は全部駄目だからね。安倍晋三という人が総理大臣をやって、アベノミクスを打ち出している。それに対して、野党はアベノミクスのここが駄目だ、あそこが駄目だ、と言うばかりで、「俺たちはこうする」という対案がない。ないから、一強多弱の状態がいつまでも変わらない。

でも一方で経済界では、こうすればいいという「対案」を持ち、現に実行している人たちが、若い世代を中心に増えている。最近、『起業のリアル』(プレジデント社)という、起業家との対談本を出したけど、出てくるのはそういう連中ばかりだ。特にネットの世界で多い。

今までは起業するにはそれなりの金が必要だったから、若い連中はそう簡単に起業できなかった。ベンチャーキャピタルがしっかり機能すれば、金がなくても起業できたが、日本にはそのベンチャーキャピタルも乏しかった。でもネット起業はそこまで金がかからない。優れた発想ないしビジョンがあれば、金がなくても起業できる。

― 優れた発想とはどんなものでしょうか。

田原 日本で最初に孫正義の取材をしたのは僕だと思う。孫さんは当時まだ30代だった。留学先のアメリカで、英語と日本語を互いに通訳するシステムを開発し、それをシャープに1億円で売却した頃だ。麹町に事務所があった。彼いわく、ソフトのインフラで勝負すると。アメリカでゴールドラッシュが起きた時、皆が金を探しに山に入った。その時に一番儲けたのが金を入れるバケツ屋だと。

― まさにインフラですね。

田原 皆がソフトの中身の話ばかりしていた時に、孫さんはソフトのインフラを整える流通をやると言っていた。これが優れた発想というものだ。

重要なのは発想やビジョン、説明力

― ネット起業家とは具体的にどんな人たちでしょうか。

田原 ラインの森川亮、サイバーエージェントの藤田晋、スタートトゥディの前澤友作、チームラボの猪子寿之といった連中だよ。藤田を除くと、ホリエモン(堀江貴文)の次の世代にあたる。若いネット起業家は日本にもう1000人以上いるんじゃないか。そのうち、成功しているのは100人とか200人だろう。とても面白い時代だと思うよ。

― ベンチャーといえば、日本の大企業も社内ベンチャーの支援に力を入れていますが、なかなか成功例が出てきません。

田原 大企業の話はどうでもいいんだよ。ベンチャーなんて生み出せっこないんだから。

― 先ほど起業においてはビジョンや発想が重要とおっしゃいました。その他に必要なものはあるでしょうか。

田原 あとは、お客さんや社会に向けて、そのビジョンをうまく説明できる力だね。説明力がないと仲間もついてこない。

― 説明力は昔の起業家にも必要だったと思います。以前と今とでは説明力の中身は変わってきているのでしょうか。

田原 同じだよ。松下幸之助、盛田昭夫、本田宗一郎、皆よく知っているけれど、彼らは全員説明力があった。だからこそ彼らは、お客さん、世間、一緒にやる同志、つまり社員たちにもきちんと信頼されていた。

― 説明力があれば多くの人々の共感を獲得できるわけですね。その力はどうやったら開発できるんでしょうか。

田原 おおげさに考えないほうがいいと思う。自分のビジョンを説明し、全責任を引き受けるつもりで、決して逃げない。そのビジョンが魅力的なら、人々が共感し信頼してくれる。説明力なんてそこから自然に出て来るものだ。最低限の言語力は必要ですけどね。

有望株ほど常務止まりという日本企業の不幸

― いま田原さんは責任という言葉を使われました。かつては社会的責任を強く意識している政治家や官僚、あるいは企業人が多かったように思います。しかし、今はそうした意識を持った人材がいなくなっているのではないでしょうか。

田原 責任ということでは、企業の責任はまさにお金を稼ぐこと。1980年代は日本企業の国際競争力は世界一だった。それが2012年には27位まで落ちた。なぜ落ちたと思う?

― ......人材不足でしょうか。

田原 いや、1980年代以降、日本企業が攻めではなく守りの経営に転換したからだ。
いわば「稼ぐ」という責任を放棄したわけだ。守りの経営になった企業は会議がやたらと多い。なぜか。誰も責任を取りたくないから。「俺の責任じゃない。皆の責任だよ」と言うために会議をやっている。そういう企業はろくな企業ではない。大抵、サラリーマンの成れの果てが経営者になっている。発想もない、責任感もない、ひどい場合は説明力もない。だから守りの経営しかできない。

今から20~30年前によく企業を取材したけれど、実績をあげていて将来が楽しみな人ほど、経営トップにはなれずに常務で終わるケースが多かった。そういう連中は個性が強く、責任感もあるから、空気を読まず、言いたいことを言うんだよ。

山本七平が『「空気」の研究』で明らかにしたように、空気を乱す人間は日本社会では偉くなれない。空気を乱さない人間が要領がよく出世していく。だから日本企業の競争力がなくなってしまったんだ。さっきも言ったように、今は違うよ。大企業の外で、「稼ぐ」という責任感のある若い連中がどんどん生まれてきている。

― そういう流れをどうしたらもっと強くできるでしょうか。

田原 そんなことは必要ない。そういう人間はどんどん生まれているんだから。何しろ、ネットに代表されるように、社会の隙き間が今はいっぱいあるからね。

安倍さんは立派な社会リーダーだ

― 政治の世界はどうでしょう。新しいリーダーは生まれてきているのでしょうか。

田原 安倍晋三はその一人だ。経済学者がこぞって日本では経済成長は期待できないと言っているなかで、安倍さんは「違う。まだ成長できる」と言って、それとは真逆の政策、アベノミクスを打ち出した。日本の景気はよくなるし、経済はまだまだ成長する、というわけだ。最終的にどうなるかわからないけれど、去年1年で株価が2倍になったのは事実だ。去年の頭くらいまではアベノミクスはバブルだから必ず失敗するという論調があったけど、今はもうない。そう考えると安倍さんは新しい政治リーダーの一人といっていい。

― 安倍さんに続く動きは政治の世界でありますか。

田原 同じ自民党では小泉進次郎は面白い。ちょっと挫折したけれど、橋下徹もね。今に若い連中が集まって新しい党をつくるだろう。それに期待している。自民党もかつては派閥があって、自民党内が一枚岩にならない状況がきちんとあって、今の話でいうと、アベノミクスに堂々と反対する政治家も党内にいたはずだが、今はそうならない。派閥が崩れたから。

― 派閥はなぜ崩れたのでしょうか。

田原 選挙制度が小選挙区制になったからだ。やんちゃな人間が政治家になれなくなった。
以前は中選挙区制で、5人区もあったから、自民党から公認されないやんちゃ坊主も堂々と立候補して当選したら自民党に入った。今は公認されないと立候補しても絶対に当選しない。最初から公認されるのは優等生が多い。やんちゃ坊主がどんどん政治の場に出られなくなっているから、安倍さんの言うことを聞いちゃうわけだ。

その点、首長選のほうがやんちゃ坊主が活躍できる。先日の滋賀県知事選では自民党と公明党の推薦候補が負けて、無所属の三日月大造が勝った。ああいう動きは面白いね。

日本の教育という大問題

― 起業家にも政治家にもやんちゃ坊主が出てきていると。そういう人たちはどうやって世に出てきたのでしょうか。

田原 何度も言うけど、今は転換期で、このままじゃ駄目だと思う人が増えたからだよ。
『起業のリアル』で対談した保育NPO、フローレンスの代表、駒崎弘樹が言ってたけれども、一昔前の全共闘世代は体制側の権力者が悪いことをしていて、自分たち正義の市民が火炎瓶を投げつけて倒さない限り、新しい時代が来ないと思っていた。でも今は違う。時代が変わった。体制側の強い権力者なんていない。火炎瓶を投げつける悪がいない。だとしたら、駒崎なんかは、そうやって体制にいちゃもんつけるよりも、自分たちで解決策を考えて実行してしまったほうがよほど世の中のためになると思っているんだ。まったく健全だ。

― 同じ本の中で、田原さんは暗記主体で、創造につながらないような日本の教育のあり方について批判されています。

田原 正解の出し方を教えるのが日本の教育。小学校から大学まで、先生が質問するたびに生徒は正解を答えられなければならない。そのためには先生が教えてくれたことや本に書いてあることをひたすら暗記すればいい。これでは新しい発想は出てこない。

その対極がアメリカだ。アメリカの教育は先生が生徒に正解のない問題を出す。正解がないんだから、暗記は無駄で自分の頭で考えなければならない。そこから新しい発想と創造力が生まれる。正解がないんだから、色々な意見が出放題だ。だからそこにディスカッションも生まれてくる。自然に説明力がつく。この日米の教育の違いは大きい。

― 日本の教育を変えれば、社会リーダーがもっと増えるかもしれません。

田原 そうだろうね。でも、そんな教育をやっているのに、今でも十分生まれているんだから、心配することはない(笑)。

TEXT=荻野進介 PHOTO=鈴木慶子

プロフィール

田原総一朗
ジャーナリスト
1934年滋賀県生まれ。
早稲田大学文学部卒業。岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーに。活字と放送、ネットなど幅広いメディアで活躍。2002年4月より早稲田大学特命教授。また、次世代リーダーを養成する「大隈塾」塾頭も務める。