2014年度研究プロジェクト

選挙に打って出るが悪い冗談になる時代
野田一夫氏
― 敗戦後早くも70年、終戦後の日本を経験された方々の中には、国会議員の人間的質の低下を嘆かれる方々が多いようですが、その理由は何でしょうか。

野田 理由はいろいろで、そう簡単にはお答えできませんが、僕の記憶では、終戦直後から暫くの間、つまり、日本国民がこぞって「復興から成長へ」の努力を傾けていた頃の国会議員の多くは年齢・性別・経歴を問わず、また現在の国会議員に比べて与・野党を問わず、少なくとも人間的に信頼できそうな人物が多かったと確信します。何しろ当時の日本は総体的に貧しくて、誰にとっても職業選択の余地が極めて限られていましたからね。
そうした時代には、経歴や前職が何であろうが選挙に立候補して当選さえすれば一躍名声と収入を確保できる国会議員という職業に魅力を感ずる人の数は当然多かったはずです。しかし、1955年の好景気を契機として日本経済が予想外の成長軌道に乗ると共に、産業界を中心に日本の各界には魅力的な就職が持続的に増加して行った上に、国会議員に関わる芳しからざる大小の事件の増加なども影響して政治家のイメージは逆に急速に下落して行きましたから、事実上家業が政治家だった家に生まれた人だとか、ある地域とか団体の声を代表する人とか、中央官庁のエリート官僚で政治家の御めがねにかなった人を除いては、普通人で敢えて国会議員になりたいような人は漸減したのは当然です。

国会議員という名の政治家と言えば、われわれの日常世界とは別世界の人というイメージが日本国中に今や定着していますから、能力・人物とも信頼されているある会社のボスが「今の国政に我慢できないから、オレも選挙に打って出ることにした」と言えば、周囲はワルイ冗談だと受け取ってどっと笑うでしょう(笑)。まともな日本人の誰が考えても、現在の国政はすでにマンネリ化しきった政党政治である以上、ある選挙区の人々の圧倒的支持を受けて、一人の有能かつ志高い新米の議員が政界入りしたところで、国政の状況がいささかも変わらないことは、選挙権を持つ大部分の日本人の常識ですからね。

2015年02月05日