2014年度研究プロジェクト

野田一夫氏

野田一夫氏 財団法人 日本総合研究所会長

野田一夫氏は過去四半世紀の間に3つの個性的大学の創設責任者の任を果たした後、初代学長として自ら大学改革を実践してきた。学者としての氏は若い頃から主に企業経営の分野で著書・論文を次々に世に問う一方で、業界を異にした各社の経営革新プロジェクトに関わった上に、P・ドラッカーの学説の最初の日本への紹介者ともなった。また、わが国のシンクタンクの先駆け、日本総合研究所や日本初のベンチャー起業家団体、ニュービジネス協議会の発足も主導した。零細起業家だった孫正義氏が友人の勧めで野田氏のもとを訪ね、「夢なんか追うな、常に志を磨きつづけろ」と発破をかけられ悟りを開いたというエピソードまである。その野田氏から、骨太の「社会リーダー論」を伺った。

明治の軍人、昭和の軍人
社会リーダーとしての比較

― 新たな社会価値を創造し、人々の未来を豊かにすることを自らの使命と自覚している人、われわれはそういう人を「社会リーダー」と呼んでいます。具体的には、政治家、企業人、社会貢献家などを含んだ幅広い概念です。

野田 僕に言わせれば、言葉の真の意味の社会リーダーとは本来的には、その社会的地位とは関係なく、その“生きざま”が世間の人々の手本となるような人物のことだと思います。同質社会だったわが国では昔から、そういう人物は、別に新聞とか雑誌といったものが無かった時代でも、何となく世間に広く知られるようになったものです。

ところで、どんな国にも時代を超えて存在しつづける職業もあれば、時代の要求で生まれてくる新しい職業も多種多様にありますが、巨大規模の職業集団ともなれば、その指導者が言葉の真の意味で社会リーダーでなくなったあかつきには、いわゆる「驕れる者久しからず」で、少なくともその職業集団そのものは次第に斜陽化、時には消滅の憂き目に遭うのが自然の理ですし、場合によっては、そのことが国家の命運を左右することすらありますね。

― 例えばどんな職業でしょうか。

野田 日本なら典型的には、戦前における軍人でしょう。明治維新による近代国家の誕生とともに「国家と国民を守る」という目的で軍が誕生し、軍備と組織は欧米先進国に学びましたが、精神はわが国古来の“武士道”を引き継ぎました。以来、国家としての日本の政治的・経済的発展の過程で、軍は次第に強大となり、職業としての軍人の社会的ステイタスも向上して行きました。日清・日露の両戦争を決断した政治家の最終判断の是非は別として、その命に服した軍人の行動は、その実績を支えた精神において、多くが高く評価されました。象徴的実例は、日露戦争の勝敗を決した旅順港攻防戦終結後の出来事です。

ロシア軍総司令官ステッセルが敗北を正式に認めて、日本軍総司令官の乃木将軍の元へやってきた時。乃木将軍はたった2人の息子をともにその戦いで失った直後だったにもかかわらず、敗将ステッセルに帯刀を許したばかりか、終始温かな態度でその労をねぎらった上、ロシア軍の善戦健闘ぶりを称えさえしました。まさに「武士の情け」で、この水師営会見の情況は、有名な歌にもなって日本国民に長らく大きな良き精神的感化を与えつづけました。乃木将軍は軍人という職業人であるとともに、典型的な社会リーダーでもあったのです。

― 考えてみますと、太平洋戦争では、“軍神”として名を成した立派な戦士は何人か生まれましたが、社会リーダーと称えられるに足る人物は遂に生まれませんでした。とくに戦後になってむしろ、武士道に反した軍人の行為が、国内外に流布されました。

野田 その通りです。最初から僕にはその感がありました。陸軍が緒戦の電撃作戦でシンガポール占領に成功した際、司令官山下将軍は敗戦を認めにやってきた英国軍司令官パーシヴァル将軍に対して、終始実に高圧的な言動で接しました。この言動は、明らかに日本軍創設以来の武士道の精神に反していたにもかかわらず、軍の最高司令部は訓告すら与えようとせず、報道で両将軍会見の模様を知った国民の多くも、その反応は複雑でした。
大正から昭和へと日本の経済・社会情勢が変わって行く過程で、国内で軍の勢力=権力は高まりながら、逆に指導者たちは創設の理念=武士道の精神を失って行き、そのことと並行して、軍という職業に対する国民の敬意と信頼も当然急速に低下して行きました。その軍部が主導した太平洋戦争の敗北とともに日本軍は解体され、軍人という職業集団は消滅しましたが、それを惜しんだ庶民がほとんど居なかったのも自然の理だったのです。

日露戦争で軍というすでにかなり大型化していた職業集団から、乃木希典という社会リーダーが生まれたのは、勝ち戦だったからではなく、軍という大型化した職業集団の指導者が精神的に堕落していなかったからです。逆に、太平洋戦争が敗戦だったから軍から社会リーダーが生まれなかったのではなく、職業集団としての巨大化の過程で、軍の最高指導者すら、軍創設の理念である武士道の精神を事実上全く失ってしまっていたからです。もし日本軍が「大東亜共栄圏確立」といった戦争の大義に真に沿った戦いをつづけた末に破れたなら、戦後アジア諸国民はこぞって日本の敗戦を惜しんでくれたばかりか、日本人の大部分も、国家指導者は別として、少なくとも軍に対しては深い敬意を失わなかったはずです。

2015年02月05日