2014年度研究プロジェクト

誰かとの比較ではなく、垂直比較が重要
柳沢幸雄氏

ところがだんだん子どもが年齢を重ねていくと、親は子どもの現時点と過去と比較するという感覚を失っちゃって、みんな隣の子どもと比較し始める。それの典型が偏差値だよね。偏差値というのは同一年齢層の横の比較だから。だけど必要なのは、その子どもにとっての縦の比較なんです。

人は成長の仕方が個人によって全然違うので、他の子どもと比べることに意味はない。「隣の子はできるけど、うちの子にはできない」ということを認識さえしていればいいんです。

必要なのは、その子ども自身の縦の比較、つまり垂直比較で、その子の過去と現在を比較してみると、必ず褒めることができる点が多々あるはず。以前はできなかったけど、今はできるようになっていることを、具体的な事柄を通じて褒めてあげればいいんです。そうすることによって子どもは自信をつけて勝手に伸びていく。

実は、この構造は子どもを育てるときだけではなく、社会人でもまったく同じです。会社の企画会議で「こいつの言うことはおもしろい。ちょっとやらせみようか」と任せてみる。それでうまくいったら「よくやった」と褒める。そうすると自信をもって、もっと大きなことにチャレンジするようになる。それは子どもが二足歩行ができるようになる過程とまったく同じ構造です。

つまり、人が成長するためには先輩や上司など身近に褒めてくれる人が必要なわけですが、この他人を褒めることができる人は、非常に自己肯定感が強い、自信を持っている人だといえます。だから自分の言葉で思っていることを人に伝えることができる。こういう人がリーダーたりえる人だといえます。そして褒められて育った人は自分の部下や後輩にも同じように接するので、成長の連鎖が起こり、その組織はどんどん強くなります。

逆に「そんな突拍子もないこと言うんじゃない」「そんなことやってもしょうがない」と頭から否定したり、うまくいかなかったときに「何やってんだ」と叱ると、誰も何も発言しなくなるし、挑戦もしなくなります。

― 日本の会社では失敗したら降格されたり、左遷させられるから誰もリスクを取ってまで新しいことに挑戦しなくなるということはよく言われています。

柳沢 そうです。日本の会社の多くは減点主義だからね。何か新しいことを言ったりしたりすること自体が大きなリスクになる。何もしなければマイナスにはならない。だからみんなものを言わなくなるし挑戦しなくなる。

逆にアメリカは加点主義の社会だから、ものを言わないと自分の存在がゼロのままで終わってしまう。だから積極的に発言する。

この減点主義こそが、今の日本社会を覆っている閉塞感の根本的な原因であり、リーダーがなかなか生まれてこない要因だと私は思っているんです。

40歳になったらフリーエージェント宣言を
柳沢幸雄氏

― いつから日本の社会はそうなってしまったのでしょうか。

柳沢 戦後、日本の多くの会社が確立した、終身雇用と年功序列がセットになった人事システムのせいだと思います。

終身雇用・年功序列のシステムでは大きな失敗をしなければ自動的に昇進し、定年まで働けることが保証されている。さらに減点主義なので、リスクをおかさず、黙っておとなしくしている方がいいわけです。

この点はまさにリーダー論に関わる所なのだけど、「結果責任を負う」ということがリーダーの定義のひとつ。結果責任を負うということと年功序列とはまったく正反対の考え方なの。もちろん終身雇用と年功序列も否定はしないけど、その一方で、その安定重視のシステムから外れたキャリアを構築できるシステムもあってもいいと思うんです。

だから私は「サラリーマンは40代になったらフリーエージェント宣言をしましょう」と提唱しています。

結果責任を重視して、すごい成果を出したら年齢に関係なく上のポジションに昇進でき、高い給料がもらえる。その逆もまたしかり。こういうシステムも選べる社会であるべきでしょう。

そうすれば新しいことにチャレンジする人が増えて社会はもう少し流動化するし、いろいろな変化やイノベーションも起きるだろうと思うんです。結果責任を重視する社会はつまり加点主義の社会だからね。

自分が誰かから管理されていて自分の行動に自由度がないと思えば、その範囲から逸脱しようという思考にはなりません。それは会社組織においても、学校の教室でも同じ。
でもその反対に思考も行動も自分の意志に委ねられていると感じれば、自分で考え、行動するようになる。開成では教育方法はすべて教員に任されている。教員に自由があると、自主的に行動できる生徒が育ってくる。教員が管理されていると、管理されることの方が心地よいと感じる若者が育つと思うんです。

だから、管理せず、自由にやらせて、失敗しても怒らず、成功すれば褒めてあげる。こういう環境にすればリーダーは自然と育つと思いますよ。

プロフィール
柳沢幸雄(やなぎさわ ゆきお) 開成中学校・高等学校 校長

1947年生まれ。開成中学・高等学校出身。71年、東京大学工学部化学工学科を卒業。日本ユニバック株式会社(現・日本ユニシス株式会社)に入社。81年、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了。その後、ハーバード大学大学院准教授・併任教授、東京大学大学院教授を経て2011年から現職。東京大学名誉教授。工学博士。

TEXT=山下久猛 PHOTO=鈴木慶子

2015年02月19日