どう変わる? 21世紀のライフキャリア・デザイン第5章【仮説創造】コミュニティの多様性が育むキャリア展望

ひとが、キャリアの不連続なトランジション=サイクルシフトを果たすとき、そこには、ライフテーマの再創造があった。そして、その再創造に向けては、家族の存在、影響が少なからずあること、仕事とは離れた場での学びがトリガーとなっていることが浮かび上がってきた。仕事キャリアの移行には、仕事以外の生活要因が大きく影響を及ぼしていると考えられる。この章では、そうした仮説のもとに、ひとの人生におけるさまざまな役割=ライフロール、および、その役割実現の場であるコミュニティに着目していく。

6つのライフロール

第1章でも紹介したキャリア理論の泰斗D.E.スーパーは、キャリアを人生のそれぞれの時期で果たす役割(ライフロール)の組み合わせであると考え、自分なりの価値観・興味関心・性格など(=自分らしさ)は、市民・労働者・家族の一員など複数の役割を並行して果たすなかで確立されてゆくと考えた。スーパーが提唱して以降、半世紀以上が経過し、ライフロールの研究はさまざまになされているが、ここでは、それらを整理したうえで、以下の6つのライフロールについて探索していく。

  1. 仕事(働くことを通じて、世の中に価値を提供し、貢献する)
  2. 学び(新たなことを学ぶ)
  3. 地域・社会(地域の一員、社会の一員として、なすべきことをする)
  4. 芸術・趣味・スポーツ(興味・関心のある芸術・趣味・スポーツ活動を行う)
  5. 個人(くつろぎ、友人との交流などを通して、安息や心の充実を図る)
  6. 家族(自身の家族の一員として、なすべきことをする)

図表1:6つのライフロール

*先行研究では、こうしたものと並列して、「消費者」という社会的役割が設定されている。商品、サービスを受容する消費者という役割は、人間の生活を語るうえではきわめて重要な側面である。しかし、この特集では、キャリア・仕事の側面を中心として、ひとの人生を見つめるという視座を置いているため、消費者という側面は外して考察していく。

ひとは、このようなライフロールそれぞれへとコミットしていく。限られた人生時間を、それぞれのロールに充てていく。自身にとってのそれぞれの役割の大切さ、重要度は、年齢やキャリアのステージ、そして個々人の志向や価値観に基づき、規定されていくことになる。では、それぞれの役割は、ひとの心の中で、どの程度のウェイトを占めているのだろう。どのようなマインドポートフォリオを形成しているのだろう。探索的に、約5000名への調査を試みた。

質問は、以下のような文章である。

「ひとは、人生において、たくさんの役割を持っているといわれています。
上記の6つの役割について、自身の心の中での重要度、大切にしている比率(%)をお答えください。足して100になるようにしてください」

男女で異なるマインドポートフォリオ

結果を男女別に集計してみると、以下のような数値となった。

出所)「100年ライフキャリア調査」リクルートワークス研究所、2018年
*働いている20~60代の男女を対象。サンプル数5176。

いかがだろうか。読者の皆様の実感、ご自身のマインドポートフォリオと比べて、どのように感じられただろうか。男性の「仕事」のマインドスコアは30.6、女性に比べて7ポイント強高く、また女性の「家族」のマインドスコアは25.5、男性に比べて4ポイント弱高い、といった傾向は、世の中一般の認識とずれはないだろう。しかし、平均値を見ても腑に落ちない人も多いだろう。そこで、「仕事」「家族」それぞれのマインドスコアの度数分布を見てみた。結果は以下のとおりである。

図表4:仕事のマインドスコア分布

図表5:「家族」のマインドスコア分布

「仕事」のマインドスコアを100と回答した2.5%を筆頭に、スコア50以上の人を足しあげると約2割存在する。一方で、スコアが20に満たない人も、全体の3分の1を占めている。緩やかな二極化状況を読み取ることができる。「家族」に関しても傾向は同様だが、スコア50以上の人は15%に満たず、スコアが20に満たない人は4割を占めている。つまり、個々人の回答結果は、平均像のようなバランスのとれたものが一定数ありつつも、「仕事」「家族」あるいはほかのロールに大きく偏ったポートフォリオも散見される。

全体を100と規定していることにも起因するが、「仕事」をとれば「家族」がとれず、といったことは、このスコア上も、実際の生活のうえでも起きる。また、平均像を見ると、男女ともに、「仕事」「家族」という2つのライフロールで約半分を占め、残りの半分を「学び」「地域・社会」「芸術・趣味・スポーツ活動」「個人」が分け合うという構図になっている。マインドポートフォリオは、個人の志向を表しつつも、直面する現実のなかでのせめぎあいという側面も表している。

コミュニティはライフロール実現の起点である

このようなライフロールを果たしていくうえで大切になるのは、コミュニティの存在だ。「仕事」においても、「地域・社会」においても、「芸術・趣味・スポーツ活動」においても、その役割を実行に移していくときに、自分ひとりで何かをするのは難しい。これらすべては、社会的役割である。自分以外の人たちとの接点があって初めて、役割は遂行される。そして、その中核になるのが、集団やチームといったコミュニティだ。ある部署に配属されたり、自分で選んで参加したり、自身が中心となって作ったりと、所属に至る経緯はさまざまあるが、ひとはそうしたコミュニティに所属し、仲間たちと活動することで役割を果たしていくことになる。

ライフロールごとに、どのような集団やチームに所属しているのか、500人をサンプルとしたプレ調査を行い、フリーアンサーで回答してもらったものをテキストマイニングした結果、各ロールには、主に以下のようなコミュニティが存在していた。

◎仕事......「同じ部署の同僚」「異なる部署の仕事仲間」「同期入社仲間」「プロジェクトチーム」「社外ネットワーク(同職種・同業者、取引先)」「副業仲間」

◎学び......「仕事に関する『同じ職場の』学び仲間」「仕事に関する『違う職場の』学び仲間」「仕事とは関係ない学び仲間」「社会人として通った、スクール・講座・大学などの学び仲間」

◎地域・社会......「地域の町内会・自治会」「ボランティア・NPO」「PTAなど子どもに関するもの」「マンション等の管理組合」

◎芸術・趣味・スポーツ活動......「芸術活動の仲間」「趣味の仲間」「スポーツ活動の仲間」

◎個人......「地元の仲間」「学生時代の友人」「社会人になってからの友人」

*「家族」は、既婚・未婚、構成員の違い、同居の有無などによって、その特性は大きく異なるが、多くの人が持っているひとつのコミュニティであると置き、このような分類は行わなかった。

では、こうしたコミュニティに、それぞれどれぐらいの人たちが所属しているのだろうか。回答結果は、以下のようなものであった。

図表6:仕事コミュニティへの参加状況

図表7:学びコミュニティへの参加状況

図表8:地域・コミュニティへの参加状況

図表9:芸術・趣味・スポーツコミュニティへの参加状況

図表10:個人交流コミュニティへの参加状況

閉じたコミュニティ、開かれたコミュニティ

まず、仕事コミュニティを概観しよう。回答者のうち、企業・団体に勤務している就業者が9割を占めることもあり、「同じ部署の同僚(64.1%)」「異なる部署の仕事仲間(41.3%)」と、同じ会社内のコミュニティへの参加率が高くなっているのは当然の結果である。しかし、この数字は低い、ともとれる。職場で一緒に働いている人がいても、その人たちと表面的にしか交流していない、自身にとってはコミュニティになっていない、という人たちが多く存在することを浮き上がらせている。「同期入社仲間(25.9%)」は、新卒採用文化が根付いている日本らしいコミュニティといえるだろう。「社外ネットワーク(25.8%)」「副業仲間(7.4%)」は、外に開かれたコミュニティだ。副業の数字が小さいのは頷けるが、社外ネットワークの数字には考えさせられる。4分の3の人たちは、勤務している会社内にしかコミュニティがないか、所属コミュニティがない人ということになる。

学びコミュニティに目を転じよう。「仕事に関する『同じ職場の』学び仲間(42.7%)」「仕事に関する『違う職場の』学び仲間(27.9%)」という、勤めている会社内のコミュニティへの参加度合は、仕事コミュニティの「同じ部署の同僚(64.1%)」「異なる部署の仕事仲間(41.3%)」という数字と比較すると十分に高いものだといえるだろう。仕事コミュニティの過半が、学びコミュニティとしても機能しているものと考えられる。第4章において、ステージシフトにつながる学びは、オン・ザ・ジョブで発生しているとお伝えしたが、そのようなステージシフトにつながる機会は、社内の学びコミュニティから生まれているのだろう。「仕事とは関係ない学び仲間(27.4%)」「社会人として通った、スクール・講座・大学などの学び仲間(9.7%)」というコミュニティは、社外の場だ。社内の学びコミュニティへの参加率に比べると大きいものではない。しかし、会社外の学びコミュニティは、第4章で指摘したとおり、サイクルシフトを生み出す可能性を持った場である。機会は、社会に埋め込まれつつある。

地域・社会コミュニティとなると、スコアはぐんと低くなる。その中心は「地域の町内会・自治会(22.1%)」「PTAなど子どもに関するもの(10.7%)」「マンション等の管理組合(6.3%)」といった、地域・社会からの要請を受けて参加する場であることも影響しているだろう。しかし、自ら主体的に参加しているであろう「ボランティア・NPO(9.2%)」も、決して高いスコアとはいえない。

芸術・趣味・スポーツコミュニティはどうだろう。地域・社会のように社会からの要請による役割ではなく、自らの志向によって選択されるコミュニティだが、「趣味の仲間(27.7%)」「スポーツ活動の仲間(16.2%)」「芸術活動の仲間(7.7%)」と、その参加率はさほど高くはない。過半の人たちは、こうした活動とは無縁のようだ。

最後に個人交流コミュニティを見てみよう。「社会人になってからの友人(43.8%)」「学生時代の友人(40.4%)」「地元の仲間(27.8%)」と、多くの人たちが何らかの個人交流コミュニティに所属している。

キャリア展望を高めるコミュニティとは?

このようなコミュニティへの所属は、ライフキャリアにどのような影響を及ぼすのだろうか。ここでは、キャリア展望との関係を見てみたい。これからのキャリアや人生について「前向きに取り組んでいける」「自分で切り開いていける」「明るいと思う」と考えている度合いを調査結果から抽出し、キャリア展望スコアを作成した。そして、各コミュニティに所属している人たちのキャリア展望スコア(因子得点。平均=0)を算出してみた。結果は以下のとおりだ。

図表11:所属コミュニティとキャリア展望の関係

キャリア展望スコアが最も高いのは「ボランティア・NPO(0.413)」。以下、「社外ネットワーク(0.358)」「スクール・講座・大学(0.342)」「『違う職場』の学び仲間(0.319)」「芸術活動の仲間(0.311)」と続く。参加率の高い仕事コミュニティ、個人交流コミュニティのスコアは総じて低くなっている。

いずれのキャリア展望スコアもプラスであることから、コミュニティへの参加は、キャリア展望を高めるという傾向があるといえるだろう。もちろん、このデータから因果関係があると断定することはできないが、コミュニティへの所属は調査回答以前からであり、キャリア展望は調査回答時点の意識であることから、「コミュニティへの参加⇒キャリア展望の上昇」という図式が一般的には成り立つものと考えられる。

また、キャリア展望を高めるコミュニティは、いずれかのライフロールに偏ったものではない。「仕事」「学び」「地域・社会」「芸術・趣味・スポーツ」いずれのライフロールにおいても、スコアの高いコミュニティが存在する。

さらに、仕事コミュニティ、学びコミュニティのなかで、キャリア展望スコアの高いものには、「社外ネットワーク」「スクール・講座・大学などの学び仲間」といった会社外のコミュニティがあがる。第2章、第3章で、社外との接点を持ち、自身の立ち位置や個性を認識することがトランジションの起点になると指摘したが、それは、キャリア展望が開けることから始まるのだろう。

コミュニティデザインの時代

キャリアデザインという言葉が日本で使われるようになって、20年近い月日が経とうとしている。キャリア選択権を会社側が握る日本の正社員システムが機能不全に陥り始めたのを契機に、「自分のキャリアは自分でデザインする」という考え方が社会に根付いたのだ。多くの会社においては、今も正社員システムが温存され、「自分のキャリアは自分でデザインする」ことを実践できているワーキングパーソンは限られるが、若年者を中心に、こうした考え方を持つ個人は増えている。

しかし、人生100年時代は、キャリアデザインが難しい時代だ。変化の激しい時代に、自らのライフキャリアを周到に計画し、実行するといった行動様式はフィットしない。しかし、その一方で、キャリア・オーナーシップの必要性はさらに増していく。自分が自らのキャリアの主人公であることを明確に自覚し、自身のコンディションを常に認識し、望ましい状況を維持するために行動することが問われる。

図表12:コミュニティデザイン
では、どうすればいいのか。そのひとつの解が、こうしたコミュニティへの参加という行動だ。ステージシフト、サイクルシフトを起動させる可能性を持ったコミュニティに、意識的に参加していくという行動だ。こうした行動を、コミュニティデザインと呼ぼう。

社会人としてデビューしたときには、コミュニティへの参加は限られたものだろう。それまでの家族、個人交流コミュニティに、入社した会社の職場が加わるところからスタートすることになるだろう。仕事に習熟していくためには、仕事コミュニティの数を増やすことが効果的だ。また、学びコミュニティへの参加もそれを促す。結婚、出産といったライフイベントの発生により、コミュニティへのコミットメントレベルは変わることがあるだろう。また、異動、転職などで仕事が変わるのに応じて、仕事コミュニティも変遷していくことになる。地域・社会コミュニティへのコミットメントも求められる。さらに、芸術・趣味・スポーツコミュニティへの参加を果たすことにもなるかもしれない。

このようなコミュニティは、それぞれに独立しながらも、ときには緩やかに、ときには大きく交錯していく。家族コミュニティが起点となって参加した地域・社会コミュニティが、やがては副業としての仕事コミュニティへの参加の発火点となったり、芸術・趣味・スポーツコミュニティのなかで身につけた行動様式が、仕事コミュニティでの行動様式の変容を生んだり、個人交流コミュニティから派生した学びコミュニティが、やがては仕事コミュニティへと変貌をとげたりしていく。

何が起きるかはわからない。計画はできない。しかし、コミュニティに参加する、という行動はコントロールすることができる。そして、コミュニティに参加しない限り、そうした変容は生まれないのだ。

ここまで、5回にわたって、ライフキャリアの近未来を探索してきた。次回は、今回その一部をご紹介した「100年ライフキャリア調査」の分析を中心に、これまで見てきた視点をさらに掘り下げていく。

次回は「第6章 【実証分析】マルチサイクル展望をもたらす5つの導線」をお届けします。4/20(金)配信の予定です。