どう変わる? 21世紀のライフキャリア・デザイン第4章【萌芽事例】サイクルシフトを実現している人たちに共通するもの

サイクルシフトの話に入る前に、トランジションの全体像を俯瞰しよう。この連載で使用している「広げる」「絞る」という概念を用いて、整理してみたい。

ある会社に入る、ある職業に就く。何らかの形で、ひとは働きはじめる。そして、さまざまな経験を重ねていく。多様な仕事を経験し自己を「広げる」ステージ、ある特定領域を定め、「絞る」ステージのいずれかに身を置くことになる。「広げる」から「絞る」へのステージの変化=ステージシフトも起きるだろう。異動、昇進や、これまでの経験を生かした転職などにより、「広げる」「絞る」を繰り返す人もいるだろう。このような一連の「連続的なトランジション」は、同じサイクル内のステージシフトである。
あるとき、何らかのきっかけにより、そのサイクルとは別のサイクルをスタートする。人がいる。それまでの仕事とはまったくかけ離れた領域への転身、結婚、出産や介護などのライフイベントに伴う働き方の激変など、要因、背景は様々だろう。この「不連続なトランジション」が、サイクルシフトである。

図表1:ステージシフトとサイクルシフト

キャリア初期の2つのステージシフト

まずは、ステージシフトを概観していこう。社会人として仕事を始めるキャリア初期には、典型的なトランジションが2つ存在する。ひとつは、「『働く』との付き合い方」を見つけるトランジションだ。学生として教育を享受する立場から、仕事をする、働くことを通して、何らかの価値を社会に提供していく立場へと大きく変わる中で、ひとは、仕事とはいかなるものであるのか、自分にとっていかほどの価値のあるものかを探り当てていく。卒業したら働くもの、と義務的、受動的に働きはじめた人が、顧客とのやり取りの中で仕事というものに、働くということに手応えを感じ、主体的に働きはじめるようなトランジションもあるし、大きな夢を抱いて働きはじめたが、想像と大きく異なる現実に突き当たり、迷走したり幻滅したりしながらも、自身の中で折り合いをつけていくようなトランジションもある。

「『働く』との付き合い方」を見つけるトランジションは、働きはじめたひとすべてが経験するものだ。そして、その中身は実に多様である。「他人に使われちゃダメだ。サラリーマン的に生きるのではなくいつかは会社を作ろう」というような前向きな変容もあるし、「ただ真面目にやっていてもしょうがない。もっと楽に、やりたいことをやろう」「無理して働いても体力が持たない。何を大切にするかのバランスが大切だ」と、適度にチューニングすることもあるし、「『働く』なんて、ただの時間の切り売りにすぎないのか」と、後ろ向きに変容してしまうこともある。つまり、このトランジションは、アップばかりではなく、ダウンすることもある。

もうひとつは、自身の「仕事の型」を習得するトランジションだ。仕事における「見習い」の状態から、自分の考えや独自のやり方で仕事ができるようになる「一人前」へのトランジションだ。先輩の教えやマニュアルなどの習得により、担当業務ができるようになる、というレベルのものとはまったく違う。指示命令のもとで当該業務ができるようになっても、次なる仕事もまた一から指示命令されないと動けないのであれば、それは「一人前」とはいえない。ある業務に就き、試行錯誤を繰り返し、挫折したり悩んだりしながら、自分の頭で考え、それが一通りできるようになる中で、その担当業務以外の仕事をする上でも適応できる能力、態度、姿勢を身につけるのが、自身の「仕事の型」を習得するということだ。1人の例を紹介したい。

「人生で二度と戻りたくない時期」に得たもの

Eさんは、とある食品メーカーに就職。営業を数年間経験した後、総務へと異動。仕事は一通りできるようになっていたが、当時の仕事に飽きたらず、30を過ぎたときに最初の転職に踏み切った。希望した経理職での転職は、未経験のため叶わず、営業経理への配属だった。そのときのことを、Eさんは「人生で二度と戻りたくない時期」と表現する。

「それまでとまったく違う職場で、まったく違う仕事をすることになったわけです。新人でも何でもありませんから、すぐに結果を求められる。誰も教えてくれない。うまくいくはずもなく、挫折からのスタートでした」

何を期待されているのか、何をすればいいのか、いろいろな人からいろいろな情報を仕入れ、わからないことはとにかく人に聞いて、相手の考えていることを察しながらアドバイスするなどしながら、何とか人間関係を構築していった。

「わからなくても自分で何とかするしかない。自分の頭で考えるようになりました。考える力を一から鍛えられました。自分をゼロから作り上げた感じです。前の会社にいたままだったら、人間関係もできていたし楽に仕事ができたので、そういう力は身につかなかったと思います。何となく仕事はできていましたから、そのままずっと適当にやっていたんだと思います。思い出したくないですが、貴重な経験でした」

「見習い」から「一人前」へと移行するうえで重要な、この「仕事の型」を習得するトランジションは、初期の「広げる」経験と位置づけられる。すべてのワーキングパーソンに期待されるステージシフトだが、実は多くの人が、このステージシフトを経験していない。Eさんも、転職せずに最初の会社に留まっていれば、このトランジションを経験しないままだったかもしれない。

つまり、キャリア初期においては、「仕事の型」を身につけるトランジションが生まれずに、「『働く』との付き合い方」を見つけるトランジションだけが生まれるケースが多数派ということになる。そして、そのときの「『働く』との付き合い方」は、往々にして前向きなものにならない。自身のキャリア展望が見えない中で、目の前の仕事に注力できずに迷走している若手社員は少なからず存在する。「指示待ち」のままだったり、「リスク回避志向」が強く、新たなことに取り組むことを尻込みするような若手社員は、能力がないのではなく、「仕事の型」を身につけるトランジションが欠如しているのだ。

「自分の軸」を発見するトランジション

このようなキャリア初期のトランジションを経た人がつぎに経験するのは、「この仕事に就こう」「これこそが、自分がやりたい仕事だ」「この仕事を、自分の専門としていこう」という意思決定に至る、「自分の軸」を発見するトランジションだ。2人のケースを紹介したい。

英語が好きで、高校時代の模試では英語の成績が全国で一番になったこともあるFさん。大学卒業後も、英語を使った仕事がしたいと、外国人客もよく訪れるホテルへと就職。フロントなどで数年働いたが、「やりたい仕事ではない」という漠然とした想いから、成長も感じない日々が続いた。思い切って異分野へ転職し、外資系のIT系企業のテクニカルサポートに就き、電話やメールで対応していた。英語の力は伸びているという実感はあったが、「これもやりたい仕事ではない」という想いに駆られ、満たされない時間が続いた。
その後、派遣として働いていたときに、別の外資系IT系企業の翻訳の仕事が舞い込んだ。手がけてすぐにわかった。「これがやりたい仕事だったんだ!」。悶々としていた時間は、この仕事に出合うまでの助走期間だったのだ。

Gさんが起業するに至るまでの6社のキャリアの中で、最も大きな経験は、ある小売店でのさまざまな仕事の経験だという。それまでの4社とは業態も何もかもまったく違う会社であったが、店舗開発、バイヤー、経理財務、法務などなど、多彩な仕事を経験したことで、どのような経営が一番いいのか、よくわかったのだ。「大事なことは全部この会社で学びました。経営の勉強を、リアルな現場でしたようなものです」。その後幹部として別の会社に引き抜かれるが、そこでも新たなビジネスモデルを開発、それをもとに起業にこぎつけた。

2人の経験は随分と異なるが、仕事での経験を通して、自身のキャリアの軸を確立したり、発見したりしているという点では同質のものだ。これは「広げる」から「絞る」へとシフトするトランジションと位置づけられる。

ステージシフトの学びはオン・ザ・ジョブ型

ここまで、「『働く』との付き合い方」を見つけるトランジション、「仕事の型」を身につけるトランジション、「自分の軸」を見つけるトランジションという3つのステージシフトパターンを見てきた。これ以降も、再度広げたり、再度絞ったりするステージシフトは存在するが、この3つの応用版、発展系だ。そして、紹介した事例に共通しているのは、それがすべて仕事での経験によってもたらされている点だ。それぞれのプロセスにおいて、ひとはたくさんのことを学び、気づき、自身のものとしている。こうした学習はすべて、仕事の場で、仕事経験を通じてなされている。第2章において、成人学習理論の泰斗M.ノウルズの研究に触れた。ノウルズは、成人の学びを探索し、「成人は発達上の移行期に進んで学習する」という特徴を指摘している。移行期、つまりトランジションの過程で、ひとはそれまでになく大きく学ぶ。そして、ステージシフトにおいては、その学びの中心はオン・ザ・ジョブである。

サイクルシフトした4人の共通点とは?

では、サイクルシフトはどうなのだろう。サイクルシフトにおいても、もちろん学びは誘発される。しかし、その経路は大きく異なる。4人のショートストーリーを見ていきたい。

学生時代にバックパッカーとして海外を3年間放浪し、日系の証券会社、外資系銀行で働いていたHさん。バブル崩壊を目の当たりにし、この業界からの転身を図るにあたっての選択は、ロシアへの留学だった。ある人から「特殊語を取得すれば、人生何かしら生きていけるよ」と言われたのがきっかけだ。それも、短期の語学留学ではない。大学院まで進み、修士論文を書き上げたのだ。その後、語学力を生かし、教育機関などで働き、現在は合弁企業を立ち上げている。

父の死というショッキングな出来事を機に、高校進学をあきらめて働きだしたIさん。勉強はできたが人間関係はあまり得意ではなかったので、あえて不得意なものをやろうと販売の仕事に就いた。接客の仕事は思いのほか面白く、なじみの顧客もできた。働きながら通信制の高校にも通い、4年で卒業。その卒業資格を生かし、次は公務員としてサービス業を究めようと思ったが、働いていて手ごたえがない。つまらないと思ったときに、それまでは余裕もなく考えてもいなかったことを毎日考えるようになった。「自分は本当に何がやりたいんだろう」「自分は何に向いているのだろう」。昔からものを作るのが好きだった、立体を作るのが好きだった。思いついたのは、建築の仕事。小さな設計事務所で働きはじめ、夜は専門学校で建築を学んだ。専門学校卒業と同時に、規模の大きい会社へと転職。さらに夜間の大学にも通いはじめ、建築学士の資格も取得した。

大学卒業後、金融機関に勤めたJさん。あまりに長時間の激務と保守的な組織体質に嫌気がさし、結婚を機に退職。外資系企業へと転職し、良好な環境で働いていたが、出産を機に退職した。子育て期間中に夫がアメリカへと赴任することになり、子どもとともに渡米。そこに待っていたのは、180度文化の違う空間だった。ものを言わないと無視される。「そこにいない人のように扱われて、ショックを受けました」。だったらやってやろう、と決意したJさんは、コミュニティカレッジに通いはじめ、教養科目や語学を学び、周囲にもどんどん働きかけた。帰国後、海外での学びを生かして働きたいと考えたが、正社員となって会社の都合に振り回されるのは、子育て中でもあり、避けたかった。試行錯誤の末、自宅で翻訳業を開始。通信教育で翻訳の資格も取得。今は法人化している。

エレベーターガール、アパレルの販売員、スキーのインストラクターなどを経験し、結婚、二人の子供を出産し、専業主婦となったKさん。しかし、夫の身勝手に耐えられず離婚。事務職経験がなく、職探しは難航。単発のアルバイトをしながら職安でパソコンを習い、派遣社員としてデータ入力の仕事などもするようになった。あるとき、小学校の図書館の学校司書の仕事を紹介される。Kさんは、以前は子どもが嫌いだった。しかし、出産とともに、価値観が一変。自身の子どもだけではなく、子ども全体がいとおしく思えてきていた。その仕事は、最初はパートでの採用だったが、自身の仕事にしたいと思い聞いてみると、教員免許がなければ就けないという。そこで、Kさんは通信教育で、教員免許と司書教諭の資格を取得。今は、小学校の教員として、一番手がかかるといわれる低学年を主に担当している。

学びが自己を変容させていく

何を言いたいかは、もう明白だろう。4人とも、サイクルシフトにおいて、スクールや通信教育などの制度化された学習機会を活用しているのだ。

同じサイクルの中でのステージシフトは、類似した仕事であったり、同じ会社の中での異動であることが多い。学ぶ素材や機会は、仕事や会社の中に埋め込まれている。しかし、サイクルシフトでは、そのようなケースは多くはない。これまで未経験であり、また、今働いている場では学ぶことができない領域へのシフトになる。必然的に、外部の学習機会、学習環境を活かすケースが増えるのだ。そして、その学びは、知識の注入にとどまらない。学んでいるプロセスを通じて、自身のそれまでのものの考え方をリセットし、変容させていく。

学習は、形式化された知識を学ぶ「形成的学習(Formative Learning)」と、自己の認識の変容を伴う「変容学習(Transformative Learning)」とに分けられる(J. Mezirow)。資格取得やスクールなどでの制度化された学びは、形成的学習としての機能をもちろん持っているわけだが、サイクルシフトを模索する人は、こうした機会を通して、自身のライフテーマを内在化し、自己を変容させていくのだ。第3章において「サイクルシフトとキャリア・オーナーシップは、車の両輪のようなものであり、その両輪をつなぐものが、ライフテーマなのだ」と記したが、このメカニズムを稼働、促進させるトリガーが、学びなのだ。

図表2:サイクルシフトのメカニズム

こうした学習機会は、日本ではあまり整備されていないといわれる。学習経験が職業選択につながらない、とも指摘される。確かにそうした側面はあるたろう。しかし、サイクルシフトは既にたくさん生まれている。学習機会がないことばかりが、サイクルシフトの阻害要因とはいえない。紹介したHさん、Iさん、Jさん、Kさんともに、自身が置かれた状況でのゆらぎを放置せず、自身のコンディションをよりよいものにするために主体的に動いている。キャリア・オーナーシップを持った個人であれば、サイクルシフトは実現できるのだ。

ここまで、11名のショートストーリーを紹介してきた。何名かのトランジションの中には、家族や子どもの話が登場する。仕事以外の要因が、働くことに大きな影響を及ぼすことが顕著に表れている。そうした面は、家庭での時間、家族との関係以外にもあるのではないだろうか。ひとは、人生において、多様な場で多様な顔を持っている。そうした生活全般での行動、ふるまいに、次章では着目していこう。

次週は、「第5章 【仮説創造】コミュニティの多様性が育むキャリア展望」をお届けします。