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ミャンマー Vol.01安価な労働力を求めた、安易な進出はもう難しい

今、新たな投資国として注目を集めるミャンマー。企業にとっては、潤沢な労働力と低い賃金が魅力であるが、最近、その求人と人件費に看過できない動きが出てきている。

アジア最後のフロンティアは、急速な変化を遂げている

ミャンマー連邦共和国。かつてはインドシナ半島の経済優等生であったが、26年間続いた社会主義政権が1988年に崩壊し、民主化運動の鎮圧の目 的で軍事政権が成立。その圧政に対する欧米の経済制裁や国内のインフラ不足などが影響し、工業化に遅れて今やアジアの最貧国の1つに転落した。

し かし、2011年3月、軍事政権が「民主化」へ舵を切り始め、翌2012年6月には、政治の改革に加え、経済発展に取り組む方針をテイン・セイン大統領が 表明した。最大都市ヤンゴンを筆頭に、一部の都市は、流入する外国資本の影響で、急速に変化を遂げている。「アジア最後のフロンティア」と呼ばれるミャン マー情勢から、まだまだ目が離せない。

日本の約1.8倍(67万6578平方キロメートル)の国土とほぼ半分の人口(6367万人)を擁 する同国への世界からの注目度は高く、各国が虎視眈々とその市場を狙っている。そのポテンシャルの高まりには、日本政府の貢献が小さくない。約5000億 円の延滞債務問題を解消し、新たな円借款500億円の供与を表明したのだ。

ミャンマーでは、企業誘致の要となる工業団地の開発も盛んで、 1998年に開設された同国初の国際水準の工業団地であるミンガラドン工業団地を筆頭に、国内に18 カ所の工業団地、34 カ所の準工業団地、7カ所の新工業団地を擁する。これらの工業団地を支える潤沢な労働力がミャンマーの魅力の1つでもあるのだが、民主化の一連の開発の流 れのなかで、求人と人件費に変化が起き始めている。

工業団地の開発に、人材の供給が追い付かない

まず、求人の変化を見てみよう。ミャンマーにおける求人は、5人以上の現地人を雇用する場合、地方労働事務所(Township Labour Office: TLO)に雇用条件を通知し、同事務所が推薦する応募者のリストのなかから面接して決定することが原則とされていた。しかし、現在では労働局の許可を受け ることで新聞に募集広告を載せる公募も許されるようになった。手続きは簡易になったが今度は人がいなくなったのだ。というのは、急激な工業団地の開発に近 隣の人材だけでは供給が追いつかなくなり、人手不足が起こり始めている。たとえばミンガラドン工業団地の周辺では、すでに求人難の状況になっており、工業 団地から車で1時間ぐらいかかるバゴーという町から集めざるをえない。ここで新たな問題が生まれる。インフラが未整備なために、就労者たちがそのままでは パゴーの町から工場まで通うことができないのだ。したがって、移動手段を持たない彼ら彼女らを、工場まで送り迎えしなければならないのである。

基本給は高騰。それが労働運動に発展する可能性も

そして人件費における変化は、その高騰以外の何ものでもない。残念なことだが、今、内外から成長の期待が高まっているミャンマーという国の低い賃金水準が、 諸外国から投資を集める大きな魅力となっていることは自明だ。事実、軍事政権下の労働者の基本給は月額68ドル程度で、近隣諸国のなかで最低水準にあっ た。ところが現在、先の求人難とも相まって、賃金水準は上がり続けている。今年はおそらく100ドル程度までは上がらざるをえない流れにあるという。

さ らに、この100ドルの内訳にも問題がある。この金額は平日数時間の時間外労働と、土日の休日労働の割増金額を含んだ額であるという点だ。かつての軍事政 権の圧政は、予想に違わず労働運動も弾圧してきたが、ミャンマーの民主化の流れは労働運動にもおよび、近年制定された労働組織法(2011年)、労働紛争 和解法(2012年)を筆頭に、新設・改正の動きが活発である。近く労働法制の主要な法律となる労働法が連邦議会に提出され、成立する見込みである。加え て、軍政の弾圧のもとで亡命していた労働組合幹部の一部が帰国し始めており、ミャンマー国内における労働組合の数は着実に増えつつある。低い賃金水準は、 もはや進出企業にとって魅力ではなくリスク要因だといえよう。

長期的な国づくり、人材育成への貢献を

このような決して良好とはいえない労働環境のなかで、日本企業は給与も高く長く雇用してくれると、比較的よい印象を持たれているそうだ。ミャンマー政府が日本に強い期待を寄せる背景には、そういった「良心的な」日本企業の姿があるからに違いない。

で は、ミャンマーの工業化が順調に進んでいるかというと答えはノーである。たとえばティラワの工業団地はSEZ(経済特区)として注目を集めているが、実 は、ティラワ地区に行くための橋の老朽化が激しくて大型のトレーラーを走らせることができない、工業用水として海水しか使えないといった実態が現地には存 在している。

インフラの整備と産業振興が相互作用として前進していくことと同様に、産業の拡大とともに労働力の需要は増加する。労働力の 提供元である労働者が、賃金を筆頭にした労働条件について交渉力を持ち始めるのも必然といえよう。繰り返しになるが、安価な労働力のみを求めた安易な進出 は既に厳しい状況になっている。産業を興し、目の前の雇用を生むだけにとどまらず、長期的な国づくりのマスタープランへの貢献や、それを支える人材の育成 にまで踏み込む覚悟が求められている。

白石久喜(主任研究員)