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マレーシア Vol.01ようやく最低賃金令施行なるも混乱は続く

2013年1月に初めての最低賃金令が施行されたマレーシア。アジアのなかでは人口規模が小さく、労働力不足が顕著な同国において、低賃金の外国人労働者に頼らない経済成長モデルへの脱却は可能なのか――。

「2020年先進国入り」という国民との公約

マレーシアでは、2013年1月に初めての最低賃金令が施行された。金額は半島地域で月額900リンギット(約2万7000円)、サバ州とサラワク 州で月額800リンギット(約2万4000円)。2年に一度見直され、マレーシア人・外国人ともに適用される。同国のナジブ首相は2020年までにマレー シアを先進国入りさせるとしており、最低賃金制の導入はその第一歩であるとしているが、現場では混乱が続いている。

なぜ最低賃金制の導入が、2020年までにマレーシアを先進国入りさせることにつながるのだろうか。

マレーシアのナジブ政権は2011年にNew Economic Model(NEM:新経済モデル)を発表し、2020年までの長期経済政策をまとめている。NEMにおける2020年の最終的な目標は「先進国となるこ と」である。これはNEMで新たに決定されたというよりは、それまでに発表されてきた長期経済計画を踏襲したものである。マハティール首相時代の1990 年代以降、マレーシアでは「2020年先進国入り」は国民との公約として生きている。NEMでは、具体的に先進国とは高所得国であると定義し、高所得の指 標として「1人当たり国民総所得(GDI )1万5000ドル以上」と定めた。労働分野における各種政策も、この目標を達成するための一環として読み解く必要がある。

低賃金の外国人労働者に頼ったモデルからの脱却を目指す

マレーシアの労働市場には大きな特徴がある。まずは、ブルーカラーとホワイトカラーがほぼ完全に二分されていること。そして、ブルーカラー職種には 近隣諸国から大量の外国人労働者が流入していることである。マレーシアの人口は、建国の初期に人口抑制政策をとっていたこともあり、ほかの東南アジア諸国 と違って、人口増加が比較的緩やかであり、絶対数も2012年時点で約3000万人と多くはない。基本的に人口が不足しているのである。

80年代に工業化がスタートしたとき、それまでの主要産業であったゴムプランテーションや鉱山などの労働力として外国人が流入してきたのを皮切りに、その後、経済の発展とともに、製造業の工場における単純労働や港湾・建設の現場にも外国人労働者が投入された。

こうした外国人労働力を原動力に、90年代にはマレーシアは中所得国入りを果たしているのだが、これ以降に発生するのが「中所得国の罠」である。す なわち、外国人労働者の流入がほぼ無尽蔵であり、彼らは賃金も安く、また不況期に雇用の調整弁として機能している。これによって工業化を成し遂げたわけだ が、一方で、中進国から先進国にさらなる発展を遂げるためには、生産性を向上させ、労働集約型から知識集約型へと移行するイノベーションが必要である。し かし、ほぼ無尽蔵に供給される低賃金の外国人労働者がいるかぎり、企業は労働集約型の利益追求をやめようとは考えないため、生産性が上がるとしても設備投 資やインフラの整備に投資しなくなる。ゆえに、その企業(産業)はいつまでも知識集約型への転換が図れない、という構図が「中所得国の罠」である。

NEMでは、低賃金で働いてくれる外国人労働者に頼った経済構造から抜け出さなければ、これ以上の飛躍的経済発展は見込めないとはっきり打ち出して いる。さらには、外国人労働者の存在が、マレーシア人労働者の賃金を低く抑える要素にもなっているというのがNEMの見解である。

最低賃金制は、こうした労働市場の構造を打ち破るための諸施策のうちの1つである。外国人労働者も含めて、過度な低賃金労働を改めることにより、企 業が生産性を向上させることを真剣に考える契機としたい、という考えがある。もちろん、労働者に適切な賃金を支払うことによる、労働者(=国民)の生活水 準の押し上げと消費の促進をも狙っている。

企業にとってはコスト増。生産性の向上につなげられるかがカギ

こうして2013年1月に施行された最低賃金制度であるが、その後、産業界には大きな混乱が生じている。

中小企業の多くは、1月以降も外国人に対する最低賃金適用を実施しておらず、当初7月まで実施を見送られていた従業員5人以下の零細企業とともに、 政府に制度の見直しを迫っている。企業側の主張は以下のとおりである。既にマレーシア人の雇用を保護する目的で外国人労働者に対しては人頭税(レビー、年 額410~1250リンギット〈約1万2300円~3万7500円〉。業種によって異なる)の支払いが企業には義務づけられている。最低賃金を外国人に適 用したうえで人頭税を支払うと外国人を雇用するメリットはなくなる。にもかかわらず、マレーシア人労働者の需給は逼迫しており、直ちに、企業経営が困難に 直面することになる。レビーを企業負担から個人負担に変えるべきだ。

こうした企業の動きを察知して、いくつかの工場や作業現場では、賃金引き上げを期待していた外国人によるストライキなどの現実的な問題も発生した。

政府はこれを受けて、2013年3月には、(1)中小・零細企業の外国人への最低賃金適用を2013年末まで延期する、(2)既に外国人に最低賃金 を適用した中小・零細企業は、レビー相当額を50リンギット(約1500円)まで外国人労働者の賃金から差し引くことができる(実質的に労働者負担とす る)、という対応を発表した。

マレーシア華人商工会議所(馬来西亜中華聰商会、ACCCIM)の「2013年中小企業サーベイレポート」によれば、最低賃金を「完全導入してい る」のは68%、「マレーシア人従業員のみ」が10%、「未導入」も22%にのぼる。また、約7割の企業が施行後に事業コストが上昇したと答え、そのうち の約2割は25%以上のコスト増加につながったとしている。

政府が狙う、低賃金外国人労働者に頼る経済構造からの脱却が、今後順調に進むかどうかは、最低賃金導入によるコスト増を上回る生産性向上を企業が実現できるかにかかっている。

主任研究員 石原直子

*資料出所

ACCCIM(2013)
http://www.acccim.org.my/file/file/2013%20SME%20Survey%20Report_EN.pdf

JILPT(2013)
マレーシアの労働政策――中長期経済政策と労働市場の実態――