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タイ Vol.01「タイには優秀な男性がいない」という理由

日系企業の駐在員の多くが、「タイには優秀な男性がいない」と言う。その理由を、タイと日系それぞれの企業と現地にある有名大学の関係者や大学卒業者などへの取材から探ってみた。

大学の専攻が卒業後の職種に直結

労働市場調査のために訪れたタイで気になることがあった。タイ企業と比べて、日系企業のオフィスには、男性社員が少ないのだ。取材中、「優秀な人材を採用していたら女性ばかりになった」「男性は仕事意欲が低く、頼りにならない」という日系企業の駐在員の言葉を何度も耳にした。

優秀な男性社員がオフィスにいない理由の1つとして、まず、男女の職種の偏りがある。たとえば、社会科学系に強くタイの東大ともいわれるチュラーロンコーン大学や、法学・政治学で有名なタマサート大学では、学生の6割強が女性である。タイでは、会計学部出身者は経理へ、法学部出身者は法務へといったように、大学での専攻が卒業後の職種に直結するので、オフィス内には自然と女性が多くなるのである。とはいえ、先述の有名大学の4割弱を占める男性は、いったいどこへいってしまったのだろうか。

エリート教育を受けた人材は日系企業を選ばない

「能力を活かして挑戦したいという優秀な人材が、どうして日系企業に就職しますか?」という、タイの有名大学教授の言葉がその答えだ。

日系企業のタイ進出の歴史は既に50年を迎えた。その長さにもかかわらず、未だに組織のトップは日本人、タイ人の多くは昇進しても部長留まりだ。また、表向きは組織運営をタイ人に任せ、現地化が進んでいるように見える企業でも、実は日本人が伴走し、決裁過程をコントロールしている場合が多い。現地進出当初には目立たなかった日系企業の「ガラスの天井」の存在が、進出から長い時間を経た今、就職先を検討する際の材料の1つとして、わかりやすく露呈してしまった。同じ年に大学を卒業し、タイ企業に入社した先輩は、今ボードメンバーに名前を連ねているが、日系企業に入社した先輩は、やっと部長職を任されたようだ、と。

日系企業の現地化が進まない理由として、マネジメントを任せられるような人材がタイには不足しているという声も聞く。これについて、教育の側面から見てみると、タイでは、1980年代後半から1990年代にかけて大学の新設が相次ぎ、高等教育進学率は2012年で51.4%(1990年は15.8%)(UNESCO Institute for Statistics) に達するなど、全体的な人材の質は向上傾向にあるといえる。また、トップ校においては、国際競争力をあげるべく、国が威信をかけてエリート教育に力を入れており、語学はもちろん、経営的視点を備え、入社後間もなくマネジャーとしても通用する人材を輩出しているという。

しかし、「本校でインターンシップ生を募集する日系企業もありますが、そこに手を挙げる学生はめったにいません」と、同大学の教授は言う。優秀な人材は、自身の能力を活かせるところへの就職を希望するのだ。そのあたりまえの構図が、タイの御三家(チュラーロンコーン大学、タマサート大学、カセサート大学)を含む9校の大学生を対象にした就職希望ランキング調査結果に示されている。ランキング1位にPTT、2位にサイアムセメントグループ、3位にCPオール、4位にタイ国際航空など、上位にはタイの大手企業が並び、日系企業では5位のトヨタと8位のホンダが健闘しているくらいで、トップ100に入る日系企業の数は、2013年調査で10社しかない(Info Biz THAILAND(2013)2013年学生が就職したい企業トップ100)。

キャリアパスを示さないことで優秀な人材が離職

また、せっかく優秀な人材を採用できたとしても、すぐに離職されてしまうケースも多い。取材のなかでは、その背景を、「優秀なタイ人ほどお金で動く」と解釈する日系企業の駐在員が多かった。これに対して、日系企業で働いた経験を持つタイ人の経営者はこう反論する。「問題はお金だけじゃない。日系企業の単発的な人事施策と、日本人管理者のコミュニケーション不足が大きな要因だ」と。

たとえば、日系企業には、数年間日本本社で研修を受けさせるという選抜型の人事施策がよくある。しかし、研修から帰国した後も昇進、昇格することなく同じ仕事を続けさせる場合が多い。「日本で研修を受けられてよかったでしょと言われる。でも、タイ人からすると、数年間も家族と離れて暮らさなければならないのに、その代償として、なぜ、次のキャリアが用意されていないのか。まったく理解できない」(タイ人経営者)ということだ。その結果、将来を期待して選抜した人材が離職する。

研修に選抜した人全員に次のポストを約束できないという、日系企業の事情もあると思うが、これに日本人管理者のコミュニケーション不足が追い打ちをかける。「たとえ、ポストを提示することができないのだとしても、せめて、将来のあなたにとても期待している、だから研修に選抜したのだということをなぜ言わないのか。それを言うだけで、随分と離職率は下がるはずです」(同タイ人経営者)。

キャリアパスが見えない日系企業には、結果的に「挑戦的」ではなく、責任もそれほど求められない、サバイサバイ(気楽)が好きな人材が集まる。つまり、「タイ」にではなく、「タイの日系企業」には、優秀な男性がいないのである。

ちなみに、日系企業はタイの女性にとっては魅力的な職場のようだ。「タイでは、少し前までは男性が働いて家計を支えていました。今は、経済が急発展して物価が高騰しているので、女性も働かざるを得なくなった。でも、女性は、男性に比べると、きっちりと仕事をして、長く安定的に働きたいという人が多いと思います」と日系企業で働くタイの女性は言う。

TPP問題も絡んで、タイプラスワンといわれるように、日系企業にとってのタイの位置づけは、生産拠点だけでなく、ASEAN市場を攻略するハブ拠点の役割を増した。「求める人材の質は変わってきている。これからは、タイから新しいものを生み出すために、現地化を進めることが必要です。それなのに、コスト重視でアジアに進出してきたときの人事制度や処遇制度を維持している。これでは、優秀な人材は来ないはずです」。日系企業の駐在員のこの問題意識は、日系企業のタイにおける人材活用の在り方が転換期を迎えていることを示唆している。

研究員 萩原 牧子