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シンガポール Vol.0244年ぶりに発生した暴動とシンガポールの外国人労働者

シンガポールで44年ぶりに発生した外国人労働者の暴動。この事件は、多くの外国人労働者を抱えるシンガポールの、今後の経済発展の進め方を問うものとなった。

暴動は、外国人労働者の不満の表れか

2013年12月8日夜、リトルインディア地区で、シンガポールで44年ぶりという暴動が発生した。
きっかけはインド人労働者がバスに轢かれ死亡するという事故。リトルインディア地区から郊外の外国人労働者向けの寮に向かう満員のバスに無理に乗り込もうとしたインド人労働者が、それを止められたため車掌と小競り合いになった。
運転手がバスから降ろしてドアを閉めたその直後、発進したバスにそのインド人労働者が轢かれて死亡した。バスの乗客と周囲にいた人々が中国系シンガポール人の運転手と車掌を責め、それが暴徒化した。最終的には400人以上が集まり、バスなどを壊したり放火したりした。日曜の夜とあって、死亡した男性や暴動に参加した人々の大半が酔っていたという。

事態はすぐに鎮静化されたが、28名が逮捕され、53名が国外退去処分となった。暴動や言論集会などに厳しい同国政府らしい厳罰だ。バスの運転手も自動車運転過失致死傷罪で逮捕されのちに保釈された。
また、リトルインディア地区では日曜の夜ともなれば、インド系の外国人労働者が集まって道端や公園で酒を酌み交わす姿が見られたが、暴動を機に戸外での飲酒は禁じられることになった。街を警備する警察官も増加投入されて、一時期リトルインディア地区はものものしい雰囲気に包まれ、観光客も激減した。ただし、この厳戒態勢は2014年1月には一部解除され、また屋外での飲酒の禁止や20時以降の酒類販売の禁止といった規制も2014年6月には解除される。リトルインディア地区では、以前の活況が戻っているという。

外国人労働者にとってはメリットの多い国

この事件を伝える海外メディアには、建設業や製造業などを中心に低賃金で働く外国人労働者を多く抱えるシンガポールの、ひずみの表面化と断じるものが少なくなかった。たとえば米ニューヨークタイムズ紙は2013年12月27日付のWebコラムで、「不当に低い賃金で働いている外国人労働者の不満に政府が対応できていない」と述べている。
http://www.nytimes.com/2013/12/28/opinion/singapores-angry-migrant-workers.html?_r=0

これに対し、シンガポール政府は直ちに「暴動が賃金や生活水準に不満を持つ人々によるものだとする記事は論拠をあげておらず、多くの外国人労働者は引き続きシンガポールでの就労を希望しているなか、事実とは言えない」と反論している。
http://www.todayonline.com/singapore/govt-responds-nyt-editorial-little-india-riot?singlepage=true
筆者もまた、このことをもってシンガポールにおける低賃金で働く外国人非熟練労働者の不満が蓄積している、と結論づけるのは間違っていると考える。確かに建設現場や工場などで働く外国人労働者の賃金は安いが、彼らは、自国で働くよりも高い賃金で就労することができている。
たとえば隣国のマレーシアからシンガポールに出稼ぎに来れば、同じ仕事でも約3倍の収入を得ることができる。シンガポールでの生活コストをなるべく低くおさえ母国へ送金すれば、その金額で家族はより良い暮らしを享受することが可能になる。また、何よりもシンガポールは安全な国である。多くの外国人労働者にとって、シンガポールで働くことはデメリットよりもメリットのほうが多いといえる状況だ。

シンガポールの経済成長を外国人労働者が支える

一方で、シンガポール国民の間に、労働力の36% をも占める外国人労働者に対する不満の声があるのも事実ではある。
主張の内容は、外国人労働者がシンガポール人の雇用を奪っており、また、不動産価格の高騰化や公共機関の混雑などの原因になっている、というものであるが、実際には、低賃金外国人労働者が就いているような建設現場や工場での厳しい仕事に、シンガポール人は就きたがらない。こうした環境下では、外国人労働者の流入を減らすことは即、経済成長の停滞につながりかねない。

実際に、シンガポール政府は2010年以降外国人労働者の流入を制限する施策を講じてきたが、バンク・オブ・アメリカ・メリルリンチグループの2012年の調査では、その結果として同国の経済成長は鈍化し、期待とは逆に3万5000人分もの職が失われたとする。
http://news.asiaone.com/News/Latest%2BNews/Singapore/Story/A1Story20121026-379869.html
経済成長率が下がったのは外国人労働者が増えすぎたためではなく、むしろ実態はその逆で、経済基盤である都市整備や建築を担ってくれる外国人労働者が減ると、シンガポールの経済成長が鈍化する、というのだ。
国民感情としては、外国人労働者が増えていることに対するそこはかとない苛立ちがあるかもしれないが、実際にはシンガポール経済は外国人労働力に支えられているという側面がある。

したがって、この事件が浮き彫りにしたのは、外国人労働者の不満が鬱積している、ということではなく、むしろ、これからのシンガポール政府の外国人労働者政策と経済成長の舵取りの難しさである、と考えるべきであろう。
シンガポール政府は、これまでも自国の経済成長を最優先の課題として、きめ細かく規制緩和と規制強化を繰り返す迅速な対応で、ここまで存在感のある国として発展を成し遂げてきた実績を持つ。今後も、土木や建築の基盤部分を外国人労働者に依存する政策は当面変化しないようだが、一方で、増える外国人労働者をどうするのか、外国人労働力に頼らない経済発展をどのように実現していくのか。こうした難局面を迎えた政府の動きにいっそう注目する必要がある。

主任研究員 石原直子