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シンガポール Vol.01シンガポール人の雇用は増えるか。ビザ発給要件厳格化の影響を考える

シンガポール人の雇用創出のために設定された、新たな就労ビザ発給基準。それは現地に展開する日本企業にどのような影響をもたらすのか。現地の人材コンサルタント、米系企業の人事担当者などへのヒアリングをもとにレポートする。

新しい就労ビザ発給基準により、外国人雇用のコストが上昇

2013年9月、シンガポールの人的資源省(Ministry of Manpower)は”The Fair Consideration Framework(FCF)”と呼ぶ新たな就労ビザ(EP:Employment Pass)発給基準を発表した。

月 給1万2000シンガポールドル(約96万円)未満の専門職・管理職・経営職・技術職(Professionals, Managers, Executives and Techniciansの頭文字をとってPMETsといわれる)において、外国人を雇うためのビザ申請の前に、政府が新たに設置する人材バンクを通じてシ ンガポール人向け求人を実施しなければならないとする内容だ(2014年8月以降)。また、EP発給に必要な最低給与も月3000シンガポールドル(約 24万円)から3300シンガポールドル(約26万円)に引き上げられる(2014年1月以降)。企業からしてみれば、外国人を雇用するコストが上昇する ことを意味しており、波紋を呼んでいる。

ただし、以前から、実際のEP発給の可否は政府の裁量でより厳しい取り扱いがされているともいわ れている。シンガポールのある人材コンサルタントによると、最近では、月給3000シンガポールドルでは申請が却下されることも少なくなく、政府のセル フ・アセスメント・ツールを使ってシミュレーションしたところ、月給4000シンガポールドル(約32万円)であればEP申請が受理される、という結果が 出たということである。EP申請の受理または却下は通知されるだけで理由は説明されない。こうした意味でも、シンガポールで外国人を雇用することの難易度 は上昇しつつあるといえる。

新基準によって、シンガポール人の雇用創出を目指す

政府の狙いについて、シンガポール金融監督庁(MAS)は10月29日に発表したマクロ経済レビューで、以下のように説明している。

す なわち、PMETsを構成するのは、ポリテクニークや高等専門学校以上の教育を受けた高等教育修了者であるが、シンガポールではこの層のシンガポール人 (シンガポール国籍者及び永住権保持者。以下同)が近年増加しており、2013年4-6月期にはこの層と非高等教育修了者の労働力人口が初めてほぼ同数と なった。しかし、この層の失業率は2012年以降上昇傾向にあり、それはPMETsの雇用創出が少なかったからである。FCFは、こうした背景のもとに、 シンガポールの高等教育修了者層の雇用創出を狙ったものである。

MoMは、FCFの一環として、雇用慣行全般に関して差別的な行為が繰り 返し認められる企業は警告の対象となる、との見解を示している。採用段階のみならず、昇進・退職・解雇などでシンガポール人を差別的に扱った企業に対して 査察を実施する。その際、全従業員に占めるシンガポール人PMETsの比率などを考慮するという。

それでもシンガポール人の雇用は、緩やかにしか上昇しない?

ただし、このようにして外国人雇用の難易度が上がったからといって、政府が狙ったとおりに、シンガポール人のPMETsでの雇用が増加するとは限らない。そ もそも、上述のMASのレビューでも、こうした努力にもかかわらず、シンガポール人の労働参加は緩やかにしか上昇しないであろうと予測している。

現 在、シンガポール人を雇用することのインセンティブとして働いているWage Credit Scheme(WCS:月給4000シンガポールドルまでのシンガポール人の昇給分の40%の費用を政府が負担する)やSpecial Employment Credit Scheme(SEC:特別雇用還付金制度。高齢シンガポール人労働者の継続雇用を促すための助成金プログラム)といったシンガポール人の雇用促進策が 2015年と2016年に相次いで終了するため、シンガポール人の雇用を引き下げる要因になりうるという。

役付きポストのほとんどを日本人が占める日本企業には重荷

こうしたシンガポール政府の施策について、シンガポールで事業を展開している企業群はどのように考えているだろうか。ある米系企業の人事担当者によれば、 「シンガポール人を差別しているわけではなく、事業を推進するのに適した人材を適切な報酬水準で雇いたいだけだ。政府が来年開設するという人材バンクが、 適切なシンガポール人材と出会う機会になるならば、喜んで活用する」という。しかし、「現実には、現時点で職にありつけないシンガポール人のPMETs予 備軍に、素晴らしい人材が眠っているとは限らない。冷静な判断のもとで外国人を採用したのに、シンガポール人差別だ、排斥だと糾弾されるようではたまらな い」とも言う。

ある人材サーチ会社では、給与水準が高いから、という理由だけで雇用をシンガポール人に切り替えようという企業は多くはないはず、との見解を示しつつ、政府が開設する人材バンクが民間との協業もありうるのであれば、そこへの参入可能性を見極めたい、としている。

日 本企業のなかには、ほとんどの役付きポストが日本からの駐在員で占められている企業もある。こうした企業は、そのポストに就く人材がなぜ日本人でなければ ならないのかを説明する必要に迫られるであろうし、こうしたポストに実際にシンガポール人を活用することになった場合に、社内コミュニケーションや権限移 譲をどのように進めるのか、原点に返って考える機会となりそうだ。

主任研究員 石原直子