Works Web Special

Vol.05 茂木健一郎氏

今回のGuest
茂木健一郎氏
脳科学者

環境変化の激しい時代にこそ、リーダーにはメンバーの自律性を支援するフォロワーシップが欠かせないと考える中竹竜二氏。脳科学的な知見から、フォロワーシップはチームマネジメントにおいて本当に有効か、次世代のチームを担うリーダーはどんな振る舞いが求められるのか、脳科学者、茂木健一郎氏に話を伺った。

Mogi Kenichiro_ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を経て現職。専門は脳科学、認知科学。

リーダーが弱さを開示し、ネットワークで最適解を導く

中竹 「心技体」と多くのリーダーが口にしますが、「心」で言うとメンタル面の強弱が強調されて、それを司る脳の機能を知ろうとする人はあまりいません。脳科学を理解すれば、マネジメントのより深い議論ができるのではないかと思いました。

茂木 フォロワーシップ型、つまり、メンバーを支援するタイプのリーダーは、認知科学的に見てとても理にかなっているんです。たとえばサッカーのワールドカップ。チームを引っぱるスター選手に、ほかのメンバーが頼り切って負けることがある。そういうとき、そのスター選手はたいてい調子が悪い。でも言い出せないから、周囲は気づかずに頼る。脳科学から見たときに大事なことは、弱さを開示し、メンバー全員のネットワークでその場の最適解を見つけることなのです。

中竹 1人のリーダーの指揮命令に頼らないほうがいいということは脳科学的にもいえるのですね。

茂木 今、ディスレクシア(失読症)が非常に注目を集めているんです。トム・クルーズやヴァージン アトランティック航空の社長、リチャード・ブランソンもディスレクシアだといいます。脳の情報処理の問題で、英語の場合には主にp、b、d、qといった文字の認識に混乱が起こるらしく、文章がうまく読めないから学生時代の成績はよくない。それでも特定の領域で大きな才能を発揮し、社会的に成功を収めています。

できない自覚が、任せる力を育む

中竹 実は、僕はディスレクシアなんです。

茂木 そうなんですか! でも、成績は悪くなかったですよね?

中竹 いつもギリギリ(笑)。テストでは、国語や英語の長文読解で、問題文を最後まで読めませんでした。

茂木 ディスレクシアの人たちが一様に言うのは、「読めないから、人の話をよく聞くようになった」。米国の著名な法廷弁護士にもディスレクシアだと開示している人がいます。彼は、読めないから一切メモを見ない。法廷で、一般的に弁護士は記録を見ながら話すので見落としや聞き逃しがあるものですが、彼は証人の証言を全部、完璧に聞く。そして緻密なロジックを組み立てて攻めるから強いのです。

中竹 僕も人の話はよく聞きます。いいな、と思う本があれば、自分では読めないので周囲の人に渡して、内容をプレゼンしてもらいます。

茂木 それも面白い。ブランソンはレコードショップを経営していたときからアウトソーシングがうまかったそうです。優等生は全部自分でやろうとする。世の中に自分より能力のある人、優れた人がいることが経験的にわからない。他者の強みや知のネットワークをもっと活用すればいいにもかかわらず、です。

中竹 読めないからほかの方法を考える。そして、自分ができないことを自覚しているから、人に任せることがうまくなるんですね。

茂木 同時に、これはこの人にならできる、と見極める力を持っています。これはAさん、あれはBさん、と。人の力を集めてゴールを達成する、という頭の使い方をするのでしょう。自分が優秀だと確信している人は、全部自分でやろうとするから、そういう頭の使い方をしていない。

中竹 僕は小学1年生で自覚しました。みんなの前で音読をさせられると、うまく読めない。くすくす笑われて、悔しくて。それで、どこを読まされてもいいように、徹夜で教科書の文章を覚えたんですね。すると、ちゃんと“読める”んですが、ほかの人にしてみれば当たり前のことだから別に褒められもしない。苦手なことを必死にやっても仕方がないな、と。

下位にいる人の過信を示すダニング・クルーガー効果

茂木 ディスレクシアは「障害」だといわれてきましたが、脳科学的には情報処理の個性にすぎないんですよ。しかも、人より苦手なことがある人は、ディザイアブル・ディフィカルティ(望まれる困難)に恵まれている、という考え方があります。たとえば、両親が揃っていて、高年収の家庭のほうが教育環境として有利だと思われがちです。でも、実際には逆もある。米国大統領や英国首相の経歴を調べると、両親のどちらかを早くに亡くしていることが多いのです。ディスレクシアも困難であることは間違いありませんが、そういう困難があると、越えようとすることで人間力が育ち、能力を育むうえでプラスになることがあるのです。

中竹 ビジネスの世界では特に、優等生的にバランスの取れた人材をリーダーにする傾向があります。

茂木 その課題は2つ。1つは、能力が低い人ほど自分の能力を過大評価しやすいということ。試験後に自分がどの程度の成績か評価させる実験で、下位4分の1にいる人は、自分が上位だと答え、上位にいる人ほど謙虚でした。これを「ダニング・クルーガー効果」といいます。

中竹 弱みを自覚することは、結局、自分の能力を高めようとすることにつながっているのですね。

茂木 もう1つは、ディスレクシアのような名前のついた困難でなくても、人は皆、それぞれ困難を抱えている。ミラーニューロンといって、他者の行動を見て我がことのように思える共感を司る脳細胞が人にもあるといわれています。リーダーが自らの弱みを開示できなければ、フォロワーも開示できず、伸びるチャンスを逸することになるのです。

「ピンチをチャンスだ」と認知を変える

中竹 ところで、茂木さんはご著書のなかでよく、「ピンチとチャンスはとらえ方の問題」とおっしゃっています。僕も、経験的に実感しています。

茂木 ピンチは、ピンチであるのと同時にチャンスです。先の望ましい困難という視点で言うと、ピンチは望ましい困難ですよね。頑張るきっかけになります。グローバリズムをいいなと思うか。チャンスだと思えるか。どちらのとらえ方を選択するかによって、結果は大きく変わるはずです。そういう意味で言うと、ラグビーの日本代表はどうですか?

中竹 日本代表はだんだん強くなってきています。IRB世界ランキングで10位(2014年7月現在)。ニュージーランドやフランスといった強豪国にはなかなか勝てないけれど、中堅国には勝てるようになってきました。

茂木 2019年にはラグビーワールドカップの日本開催を控えていますよね。強豪国に勝つにはどのようにしたらいいでしょうか。

中竹 茂木さんのおっしゃる通りで、ピンチをチャンスととらえる認知の転換が必要だと思っています。絶対勝てるんだ、と。確かに今、ちょっとずつ勝てるようになっていますが、このまま強化するだけでは、強豪国には勝てません。他国も同時に強化しているのですから。

茂木 だから認知を変える、と。

中竹 そうです。茂木さんの本を読んで、より整理されたと思います。たとえば練習のときに、ゴール前数メートルで相手から攻められている状態。これは、ピンチか、チャンスか。そう聞くと、たいていの選手はピンチだと言います。そこで僕は、「ピンチだと思っているならば、この議論を進めない」と切り返す。すると、そのうち選手の1人が、「相手はチャンスだと思っているから守備の態勢を一切取っていない。だからここで攻めれば大チャンスに転じる」と言い始める。「ということは、大ピンチの裏には大チャンスだよね。だったら、どっちのマインドで戦う?」。こんな議論を1時間くらい繰り返すと、チームのなかでのコンセンサスは、「ゴール前5メートルのエリアに攻め込まれたときこそ、大チャンスが待っている」ということになって、大ピンチをディフェンスできるようになる。リーダーが認知をいかに変えていけるかが、勝負の分かれ目なんです。

「個人面談」はなぜ有効か

茂木 そういう風に、脳の回路をつなぎ変えるのは、実際にはなかなか難しいんです。メンタルトレーニングというけれど、やる気がない社員をやる気にさせるのはハードルが高い。その手法として、脳科学的には定説はありませんが、至近距離でのフェイス・トゥ・フェイスが効果的だといわれています。松下村塾の吉田松陰も、ものすごく近い距離でコミュニケーションを取っていたそうです。それはさっき言ったミラーニューロンに関係していると考えられています。Eメールでの指導とか、スカイプの指導ではダメ。脳が本気にならないんですね。

中竹 僕の指導の基盤は、個人面談です。今でもそうですが、早稲田の監督時代は、120人の選手に徹底してやっていました。春と秋、毎日5時間。超至近距離で(笑)。

茂木 それは理にかなっていますね。でも、大変でしょ?

中竹 大変ですが、コーチングがうまくなかったので。僕がグラウンドで2時間指導するより、1人30分、4人を本気で面談したほうが、結果的にはうまくいくんじゃないかと思っていました。実際にだんだん効果が出てくると、選手も生意気になって、「中竹さんは個人面談だけやっていたほうがいい」とまで言うようになりました。

茂木 僕の友人のMITメディアラボの所長、伊藤穣一さんが、所長になったとき、まずは全員と2日かけて個人面談したといいます。アメリカの、そんな世界の最先端を行くところで、どろくさいことをやるんだなと驚きました。

中竹 脳は、人と人との距離感をきちんとわかっているということでしょうか。

茂木 至近距離で、フェイス・トゥ・フェイスでコミュニケーションを取ることが効果的だということはわかっています。至近距離、フェイス・トゥ・フェイスだと、脳の回路の活動の仕方が変わるんです。外国語の習得も、生身の人間とフェイス・トゥ・フェイスでやらないと上達しない。でも、なぜそうなのかはわかっていません。

振り返りによって、意思決定モデルを変えていく

茂木 最近、中竹さんが日本の組織の課題だと感じることはなんでしょうか。

中竹 一番は、失敗させないことですね。僕は「成長」と「成功」の定義をはっきり分けています。いい組織は、人もチームも成長し続けます。短期的な成功に頼ることがありません。成長は、失敗を許容して、どう挑戦させていくかにかかっています。残念ながら今、日本の社会全体が人に失敗させないように、よってたかって入れ知恵をするし、チャレンジさせなくなっています。失敗OKの環境作りが、急務だと考えています。

茂木 子どもたちがそういう環境で育ったために、失敗を異常に恐れるようになっています。失敗して、振り返りをしないと成長しません。人は後悔や振り返りを眼窩前頭皮質(Orbitofrontal Cortex:OFC)というところでやっています。将棋の感想戦(*)が、ここを使っているいい例です。プロ将棋と素人将棋の大きな違いは、素人将棋は打ったら終わり。でもプロは、終局の後、対局以上の時間をかけて棋符を振り返る。自分はこの手を打ったけれど、このときにこの打ち手にすれば流れは変わっていた、とか。人生の感想戦を、人はあまりやりませんよね。

*感想戦(かんそうせん):囲碁、将棋、チェスなどのゲームで、対局後に開始から終局まで、あるいはその一部を再現し、対局中の着手の善し悪しや、それぞれの局面での最善手などを検討すること。

中竹 仕事も同じですよね。

茂木 あのときこうやっておくべきだった、ということを振り返らないから成長しない。現実に取った行動と、取ったかもしれない行動、実際の結果とあったかもしれない結果を比較する。そうやって振り返ることで脳の価値観や意思決定のモデルを、更新していくことができるのです。

中竹 僕も指導のなかで、振り返りをとても大事にしています。

茂木 振り返りをどれだけやっているかによって、成長の度合いが決まるのは間違いありません。問題の1つは、振り返りにはとてもエネルギーがいることです。過去に向き合うのは、それほど簡単なことではありません。もう1つは、反省ばかりしていても意味がないこと。1年前の対局の感想戦を、ひたすらやっていても仕方ない。

中竹 どういうことでしょう?

茂木 結局、人は行動を通してしか、脳のOSは塗り替えられません。感覚が入ってきて、運動として出て行く。このとき、変換の機能を果たすのが脳。つまり、我々が紡ぎだす世界観の母体なのです。行動してフィードバックがあって、また振り返る。そのループが、脳のOSに変化をもたらしていきます。

ノーサイドの精神で、会議のあとにしこりを残さない

中竹 確かに、どれだけ自分が行動したかということでしか、振り返りはできません。今、僕のポジションはコーチのコーチで、コーチはどんなプランでどんな指導をしたかをチェックすることがあります。何をやるかというと、まずはコーチがコーチしている様子をビデオに録画します。「俺はこんな哲学を持っている」というコーチに、ビデオを見てもらって「その哲学は出ているか」と問いかけるんです。相手にとっては相当いやですよね(笑)。

茂木 個人の成長のためだけでなく、組織作りのためにも、日本でもっとそれをやったほうがいい。話がもとに戻ってしまうようですが、リーダーが自らの弱みを認識し、開示できなければ、お互い言いたいことが言い合えないダメな組織になっていきます。僕はラグビーのノーサイドの精神に、組織は学ぶべきことが多いと思う。意見を戦わせるべきだけれど、試合が終わったら、すべてリセット。何を言い合っても、会議が終わったらしこりを残さない、というように。

中竹 イギリスのラグビー場のすごいところは、ロッカールームは2つあるのに、シャワールームは1つだけしかないこと。試合が始まる前、対戦チームが別のロッカールームから出ていく。でも、試合が終わった後は同じシャワールームで汗を流す。殴り合いに近いほど激しく戦って、最後は握手する。

茂木 組織のなかでどんなに激しく意見を戦わせても、最後は「For Team」だと皆が納得している。そんな組織に活力があるのだと思います。

「リーダーらしさ」の呪縛からいかに逃れるか

中竹竜二氏
日本ラグビーフットボール協会
コーチングディレクター

一般に、リーダー教育で求められる「リーダーらしさ」とは、チームを率いるための模範的かつ隙のない立ち居振る舞いです。茂木氏の知見から学べることは、フォロワーたちの力を引き出すには、リーダーが積極的に弱みを開示することが、脳科学的にも重要だということ。リーダーが開示すれば、メンバーも開示できるようになります。

企業の人事の方、あるいはスポーツの指導者から、「育成のためには修羅場体験が必要」と聞くことがあります。確かに、厳しい体験のなかで、自分の限界を乗り越えて頑張ることは必要かもしれません。

しかし、外から見えていなくても、多くの人がその度合いこそあれ、困難や弱みを抱え、苦しんでいます。茂木さんのおっしゃった「ディザイアブル・ディフィカルティ」は、決して仕込んだ修羅場ではなく、本人にはどうにもしがたい、生まれながらの困難、というニュアンスが強いようです。困難や弱みを抱え、1人苦しむことは、人のパフォーマンスを大きく下げる可能性があります。

修羅場をわざわざ仕込むよりは、まずは誰もがそもそも困難や弱みを持っているという前提に立って、それを開示できるチームを作ることが重要です。それによって、それぞれが強みを差し出し合い、弱いところはフォローし合うようになる。それぞれの弱みをそれぞれの強みで補って、最適解を導き出せる組織になり得るのです。

Nakatake Ryuji_1993年早稲田大学人間科学部入学。4年時にラグビー蹴球部の主将を務め、全国大学選手権準優勝。97年卒業後、単身渡英。レスタ―大学大学院社会学修士課程修了。2001年三菱総合研究所入社。2006年早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。2007年度から2年連続で、全国大学選手権制覇。2010年2月退任。同年4月、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任し、指導者の育成、一貫指導体制構築に努める。2012年度はラグビーU20日本代表監督を兼任。主な著書に『判断と決断』(東洋経済新報社)、『人を育てる期待のかけ方』(ディスカヴァー・トゥエンティワ ン)、『リーダーシップからフォロワーシップへ』(阪急コミュニケーションズ)、『挫折と挑戦』(PHP研究所)、『部下を育てるリーダーのレトリック』(日経BP社)など多数。日本におけるフォロワーシップ論の提唱者の1人。

Text=入倉由理子 Photo=刑部友康